第20話  対策会議と苦情

 日曜日。いよいよトムズキャットへのインタビューが、テレビで実際にオンエアされるという日がきた。

 ドッグスのスタッフは、その日朝から緊張していた。いつから客数が増えるのだろうかと、疑心暗鬼となっていたのだ。放送は夕方と夜なので、実際には通常の日曜日とほとんど大差がなかったのだが。

 分かってはいたものの、もしかしてという期待感というか不安感というものが全員にあり、何故かドキドキと落ち着かない日を過ごしてしまったのである。

 結局、取り越し苦労に終わった日曜日だった。

 翌日の月曜日、本来ならメンバーであるキャサリンとナンシーだけの招集会議なのだが、ジェニファーもアリスも、好奇心から参加していた。

 二人には机がないので、応接セットの方に陣取っている。図らずも、事務所全体が会議室となった。

「諸君。それでは、『お客様殺到対応対策会議』を開催する」

 いつもながらトムの宣言は大仰である。それに『諸君』というところで、いつもより特に力が込められていた。

 どうやら、キャサリンから指摘されることなく言えることの喜びを感じているようだ。

「お客様が殺到した場合、まず対応する人員を増やさなければならないという問題が、一番に思い起こされるが、これについてはもう少しきめ細かく検討する必要があるので、後から集中討議することにしよう。ということでそのことは置いておくとして、何か他に検討課題はないかね、キャサリン企画部長」

「えっ、キャサリンさんって、部長なんですか?」

 アリスが驚いたように呟いた。ジェニファーも同じように驚いている。

「そうですね。人員以外のことといえば、食材や資材の量ですね。現在の手配量は通常通りですが、これが二倍三倍の客数になるということでしたら見直しをして、どれだけ増やすのかという対策を検討する必要があると思います」

「よし、わかった。これについては、通常の二倍の量を確保することにしよう。ナンシー管理部長。その線で検討して、手配するように」

「ナンシーさんも、部長なんだ……」

 すでに、一流商社に内々定しているアリスだけれど、結局最初はお茶くみのような仕事をさせられて、将来も管理職になるなどというのは到底叶わないことと思っている。ジェニファーも地方局のアナウンサーとして内定はしていても、アリスと同じ気持ちだった。

 キャサリンもナンシーも失業を経てオフィスドッグスに入社してから、まだ半年あまりである。それなのにすでに部長という肩書と、CM出演という実績と、テレビのインタビューという栄誉まで受けていて、更には『世界平和PR大使』という大層な称号まで手に入れているのだ。

 アリスとジェニファーは、人から羨まれるほどの自分たちの立場にも関わらず、二人のことを逆に羨ましく思った。どんなに一流企業に入ろうとも、到底為し得ないことと思ったのである。

 アリスは場合によっては、内々定している商社を辞退してでもトムズキャットに入りたいという衝動が湧いてくるのだった。

 トムは二人のそんな思いを関知することもなく、粛々と対策会議を進めていく。

「他に、何かないかね?」

「そうですね。お客様が殺到したとき、順番を整理する整理券のような番号札も、必要じゃないですか?」

「なるほど。良いところに気が付いたね、ナンシー。それじゃあ、これは、ジェニファーとアリスにお願いすることにしよう。いいかな?」

 キャサリンとナンシーのことを羨ましく思っていた二人に、思いがけずトムから声がかかった。

「分りました。で、どの位の数量を作成すれば良いですか?」

 ジェニファーとアリスは、自分達にも役割を与えられて嬉しそうに返事をする。

 いつのまにか二人とも、トムズキャットという訳のわからない組織に魅せられていた。自分達もそれに参加しているという、喜びを感じていたのである。

「そうだな。いくらなんでも、百枚もあれば足りないということは無いだろう。念のため百枚の番号札を少し大きめなもので、作成しておいてくれるかな?」

 トムはここで少し間を置いてから、次に移ることにした。

「他になければ、最大の問題である人員について検討しようか」

「でも、トムさん。何も分からない人を人数だけ増やしても、仕方がないと思うんですけど」

 キャサリンが鋭く指摘する。

「それはそうさ。まず、オペレーションを熟知しているという点では、美由紀さん以外にはいないだろうから、美由紀さんに応援依頼をしようと思う」

「また、美由紀さんに来てもらえるのですか?」

 美由紀が来ると聞いて、四人はとても喜んだ。四人にとって美由紀は、それほど頼りになる存在だった。上司にしたい女性ナンバーワンなのである。

「それから、君たちがオペレーション研修を受けたとき、美由紀さん以外に先生はいたかい?」

「ええ、美由紀さん以外に一人いました」

「それじゃあ、その人も応援してもらえるように、お願いしよう。後オペレーション以外にレジや接客研修は、多分別の人が先生だったと思うのだけれど、どうだった?」

「ええ、こちらも美由紀さん以外に、別の先生が一人いました」

「OK。これで分かる人が、三名増員できるだろう」

 キャサリンもナンシーも、美由紀や研修時の先生方が応援してくれるのであれば、文句はない。

「他に何か、気にかかる点はないかね?」

「あのう……先ほどの整理券とも関係するのですが、お客様を整理・誘導する係りも必要ではないでしょうか?」

 意外性のナンシーならではの意見だった。

「さすがナンシー。良いところに気が付くね。これも美由紀さんに頼んで、お客様整理のプロを呼んでもらおう。何か、美由紀さんのところへの依頼ばっかりになってしまったな」

「ところで、『トムズキャット』や『世界平和PR大使』のことについて、問い合わせや取材依頼が来たらどうすれば良いのですか?」

 キャサリンもナンシーに負けず、良い質問をする。

「そうだなあ……」

 トムは、少し思案した。キャサリンやナンシーが、それに対応して時間をとられていると、折角二人を目当てにきてくださるお客様への対応が手薄になってしまう。それに、自分達のことを質問されると、客観的な回答がしにくいものである。そこで、ジェニファーとアリスを起用することを思い立った。

「キャサリンとナンシーは、君たち目当てのお客様対応に専念してくれ。問い合わせや取材については、ジェニファーとアリスにお願いしようと思う。問い合わせが来た時だけ、特別に持場を離れても良いから対応してくれるかな?」

「えっ、でも私たち、『トムズキャット』のことも、『世界平和PR大使』のことも、人に説明できるほどにはなっていませんが」

「それについてはこの後、キャサリンとナンシーに十分レクチャーしてもらえばいいよ。やはり、このことについては君たちにも、人に説明できる位には知っておいてほしいからね」

 ここまで話しながら、トムはあることを思いついた。

「そうだ。この際、ジェニファーとアリスを臨時広報部長に任命しよう」

「えっ、私たちも、部長にしてくれるのですか?」

 二人は、思いがけず部長に任命されて、大喜びである。

「まあ、臨時ではあるけれど、『トムズキャット』ならびに、『ドッグス』の広報部長として、がんばってくれたまえ」

 トムは、これでほぼ、対応の目途は立ったと思った。

「他に検討課題がなければ、取敢えず、一旦会議は終了することにしよう。美由紀さんの方への依頼は、俺からしておくから、それ以外はそれぞれ、今話し合った対策を実施するように」

 ようやくトムズキャットの親子鳥が、秋晴れの大空に、安心して大きく羽ばたける時がきたのである。

 会議が終了して、それぞれが自分に与えられた仕事をやり始めた時、事務所の電話がけたたましく鳴った。

 一番近かったナンシーが電話を取る。

「もしもし、オフィスドッグスです…………えっ、あっ、はい……はい……はい……そうですね……大変申し訳ありません……はい……はい……少々お待ちください」

 ナンシーは受話器を外したあとに、送話口を片手で押さえながら目を泳がせて、困ったような表情でトムの顔を見る。

「ナンシー。どうした?」

 トムはナンシーの様子から、何か不吉なものを感じ取っていた。

「トムさん……苦情の電話です」

「何? どういうこと?」

 キャサリンも驚いて、前に身を乗り出しながら思わずその場で立ち上がった。

「ハローワーク神戸からの苦情です」

「えっ、ハローワーク神戸? いったい何があったんだ?」

「私たちのせいで、仕事にならないって」

「えっ?」

「ハローワーク神戸に、『トムズキャットの募集はしていないのですか?』とか、『トムズキャットのメンバーになるにはどうすれば良いのですか?』っていう問い合わせ電話が殺到して、本来の業務に支障をきたしているので、お願いだから何とかしてほしいという苦情です」

「なんだ……そういうことだったのか」

 トムもキャサリンも、自分たちの恐れていた種類の苦情ではなかったことで、ひとまず胸を撫で下ろす。

 昨日のテレビ放送を見た女性達が、キャサリンのインタビューでの発言から、トムズキャットのメンバーになるには、ハローワーク神戸を通さなければならないと思いこんだのだろう。苦情というよりは、寧ろ嬉しい悲鳴だった。

「それならいっそうのこと、ハローワーク神戸を通して、オーディションでもしてみるか? そうすれば四十八人くらい、一挙に揃うかもね」

 安堵したトムは、そんなくだらないジョークを交えながら顔をほころばせている。

 キャサリンは今まで、トムから聞かされていた夢のような法螺話を、ばかばかしく思いながら聞いていた。しかしその法螺話が、ここにきてことごとく叶っていくのを目の当たりにすると、まるで少女マンガの主人公のように、目からはみ出さんばかりに無数の星をきらめかせ始める。そして両手の指を胸の前に組み、うっとりとした表情でトムの顔を見つめている。

「トムさん……夢は、叶うものなんですね」

 そう言ってキャサリンは、初めてトムに尊敬の眼差しを向けるのだった。

「違うよ、キャサリン……夢は、叶わないこともあるよ」

 トムは、どこか遠くを見るように横を向いて少し寂しそうに呟く。どこか憂いを帯びた声音だった。過去の苦い経験を思い出しているのだろうか。

「でも、叶う可能性のあるのが夢なんだ。それなら大きな夢を見た方が楽しいじゃないか」

 一転キャサリンの方を振り返ると、ニッコリと微笑みながら力強くそう言った。

 一度失敗し、挫折を味わったことのあるトムならではの言葉だった。


 世界平和を目指すという壮大な夢を追いながら、トムズキャットの活躍はまだまだ続く………………かも?


                              END

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トムズキャットストーリー 大木 奈夢 @ooki-nayume

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