第19話  テレビ局の取材

 季節は十月、神無月である。神無月の謂れは諸説あるが、神を祭る月として『無』を『の』と解釈することから『神の月』とする説や、逆に全国の神々が十月に出雲大社に集まって、諸国に神が居なくなることから神無月とする説もある。

 それはさておき、ようやく少しは秋風も感じられるようになったころ、例のCMがテレビで放送されることになった。撮影からは約一週間たっていた。

 ドッグスの売り上げは、グランドオープンしてからの勢いは少し収まったものの、一応想定内の範囲で落ち着いている。

 ナンシーはCMが放送されれば、又オープンの時のように沢山のお客様が来店されるものと期待していた。

 しかし、CMが実際に放送されだしても、ドッグスの客数にも売上にも何の変化もみられなかった。親子鳥はいったい、何時になれば羽ばたけるのだろうか?

「キャサリンさん。折角CMに出たのに、客数が増えませんね」

「そりゃあそうよ。あのCMでは、ドッグスのことについて一言も触れていないし、私たちのことを知っている人も居ないのだから」

「でも、ちょっぴり寂しいですね」

 そこに、いつものフレーズが飛び込んできた。

「やあ、諸君、元気かね。元気があればなんでもできる」

「トムさんは、いつもお気楽でいいですね」

 キャサリンが冷やかな視線をトムに向けながら、少し嫌味を込めて言う。これも、いつものことである。

「何がお気楽なものか。今日は、良い知らせを持ってきたんだぞ」

「えっ、どんな知らせですか?」、

 さっきまで落ち込んでいたナンシーは、トムの撒いた餌に、早速喰らいついてきた。

「実は、このまえCM撮影に行った南北テレビが、トムズキャットとドッグスについて、キャサリンとナンシーに取材したいということなんだ」

「えー、本当ですか?」

「キャサリンさんもナンシーさんも、すご~い。まるで芸能人みたいですね」

 ジェニファーとアリスは、二人に羨望の眼差しを向ける。もう同情をするようなことはなかった。

「でも、どうしてなんですか?」

 突然の取材依頼に、キャサリンは戸惑いながら訊ねる。

「どうやら、今回のCMが大成功だったみたいで、イオンヨーカドーや南北テレビに、『トムズキャット』や『世界平和PR大使』についての問い合わせや、『出演していた二人の可愛い人について教えて』という問い合わせが、多数寄せられたらしい。それで急遽南北テレビが、インタビューに乗り出したというわけだ」

「えっ、本当ですか? じゃあ、又、東京に行けるのですか?]

 キャサリンは、みんなで再びあの楽しい旅行ができるのかと期待していた。

「う――――――――――――ん、残念」

 トムは、またもや昔のクイズ番組の司会者の真似なのか、思いっきり引き伸ばしてそう言った。しかし、みんな何のまねをしているのか分らず、うんざりしている。

「今回は、君たちがドッグスで働く絵も写したいということで、向こうからこっちに、来てくれることになったんだ」

「な~んだ。又、東京に行けるのかと思ったのに」

 期待はあっさりと裏切られてしまった。

「俺は、向こうから来てくれるので助かるよ。あの地獄のようなドライブは、もう懲り懲りだからな」

「地獄ですって? 失礼しちゃう」

 トムとキャサリンの会話は、結局こうなってしまうのである。



 先日の台風の後、少し秋も深まったようだ。多分、今年最後の台風になると思われる。先週、運動会や体育祭をしたところには、お気の毒様と言っておこう。

 そんな中、南北テレビがトムズキャットとドッグスについて、キャサリンとナンシーに取材・インタビューをするという。

 取材当日はテレビクルーがお昼前に到着し、お店が一番忙しい時を見計らって撮影を開始した。

 キャサリンもナンシーもあまりの忙しさに、テレビで撮影されていることに神経を割くことができず、自然体を撮影されてしまうのである。

『変なふうに映ってなかったかしら?』

 二人はそんな心配をしていたが、ジェニファーとアリスは逆に『私達も映っていたかしら?』と、映像に映っていることを期待していた。しかし世の中、期待通りにいかないのが通例である。

 インタビューは、南北テレビで一番人気の女子アナ狭山由梨が、閉店後のドッグス店内ですることとなった。

「こちら南北テレビです。本日は、イオンヨーカドーのテレビCMで、大変話題になっているトムズキャットについて、インタビューをするため神戸にきています」

 由梨のこの言葉から、撮影が開始された。キャサリンとナンシーは、由梨の向かい側に並んで座っている。両方がカメラに映るように、八の字に開いての対面である。

「只今、神戸は三ノ宮のホットドッグのお店、『ドッグス』の店内ですが、こちらに、トムズキャットのメンバーであるキャサリンさんとナンシーさんが、いらっしゃいます」

 由梨がそう言って二人を紹介すると、カメラは二人の顔をそれぞれ順番に、アップで捉え始めた。

「それでは早速インタビューさせていただきたいのですが。キャサリンさん、そもそも『トムズキャット』という秘密結社について教えて下さい」

「トムズキャットは、国籍・年齢・本名等不詳とする、自称トムさんが創設した秘密結社で、その目的は国家・人種・民族・宗教・イデオロギー・性別・年齢に関係なく、世界平和を願う心と、その大切さを広く世界に訴えていく活動、所謂PR活動をしていくという任意団体です」

「そのメンバーが、貴女達なんですね?」

「そうです。現在は、001である私キャサリンと、002であるナンシーの二人がメンバーとなっています。そして、秘密結社トムズキャット公認の『世界平和PR大使』ということで、世界平和の精神を広くPRしていく活動を始めました」

「その秘密結社であるトムズキャットが、この『ドッグス』という、ホットドッグ店を開業しているということですが、これはどういうことですか?」

「本来の『世界平和を願う心と、その大切さを広く世界に訴える活動』のみで、成り立つのであれば良いのですが、世の中そういう訳にはいかないので、本来の目的を達成するための活動費を、別途捻出できればということで、仮の姿であるこのホットドッグ店を開業することになりました」

「ホットドッグ店だから、ドッグスなんですね?」

「いえ、実は逆なんです」

「逆っていうと?」

「私達の会社名がオフィスドッグスなのですが、トムさんの駄洒落好きから、会社名をもじってホットドッグ店を始めることになったのです」

「そうですか。トムさんって、とってもお茶目なんですね」

「いえ、お茶目というよりは、いい加減なだけだと思います」

 キャサリンの答えに、由梨も苦笑いをしながらインタビューを続ける。

「ところで、そのトムさんて、どういう人なんですか?」

「それが……先ほども話したように、国籍・年齢・本名不詳と言ってミステリアスを気取っているので、私たちもよく知らないんです」

「ミステリアスな人物ということですか?」

「そう装っているだけだと思いますが、そのせいで表面にはあまり出たがらないみたいです」

「そうですか……」

 由梨は、まだ何か訊きたい素振りを少し見せながらも、インタビューを続けることを優先させた。

「では、次にドッグスの名物となっている、犬型鯛焼きの、『ドッグス焼き』について、教えて下さい」

「基本鯛焼きなのですが、ドッグス独自のオリジナルにしたくて、形を鯛ではなく、犬(ドッグ)型にいたしました。更に、トムさんの工夫で、外はパリパリで香ばしい薄皮で、その内側はモチモチとした食感の二重の皮にしています」

 ドッグス焼きの特徴である犬型ということと、この二重の皮の説明ははずせない。

「その中に、北海道産の上質小豆を使用した、甘さ控えめの高級餡子を使用しています。敢えて北海道の十勝産としなかったのは、十勝産でもピンからキリまであって、十勝産だけで揃えたからといって、上質な小豆とは限らないからです。それなら十勝産を含む北海道産ということで、上質な小豆を揃える方が、より美味しい餡子になるからです」

 キャサリンは餡子についてのうんちくもつい熱弁してしまった。

「あっ、すみません……これは、提携の餡子屋さんの受売りです。このような工夫で、二重の皮の新食感と、上質餡子のバランスが抜群となり、今までにない、ドッグスオリジナルのスイーツになっています。更にプレーン以外に、クルミ入りや、抹茶入りのバリエーションがあります」

 餡子やバリエーションの説明をした後、気まぐれの由来についても説明をする。

「但し、トムさんのスケジュールが空いている時だけの販売となるため、特に『気まぐれドッグス焼き』ということにしています。販売日も販売時間も、どの種類を販売するかも、どれ位の数量を販売するかも、不確定。つまり、トムさんの都合による所謂気まぐれで、前日までに店頭及びホームページにて、それらの詳細を発表することになります」

「販売日時も販売品目も販売数量も『気まぐれ』ということですね。なかなか面白い企画ですね」

「いえ、特に企画ということじゃないんです。二重の皮にして焼くのがとても難しくて、トムさんだけしか焼くことができないのですが、トムさんも忙しくてどうしようもないための、苦肉の策ということです」

「ご丁寧なご説明、ありがとうございます。ところでキャサリンさんやナンシーさんは、いつどうしてトムズキャットのメンバーになったのですか?」

「私たち、約半年前までは失業していました。就職活動しているとき、ハローワーク神戸の求人票の中に、『オフィスドッグス』の求人を見つけて、『なんか面白そう』と思って応募したのですが、まさかトムズキャットのメンバーになるとは、夢にも思ってもいませんでした。でも、トムさんから『君はトムズキャットのメンバーに選ばれたんだよ』と言われたら、なんだかそんな気になってしまって。気が付いたらすっかりトムさんに洗脳されてしまっていました。もちろん、悪い意味じゃなく良い意味で、ですけど」

「それで『世界平和PR大使』というのは?」

「トムズキャットのメンバーとして世界平和を訴えていくのに、トムさんが『何か肩書をつけてあげよう』ということで、トムズキャット公認の『世界平和PR大使』ということになりました」

「ということは、秘密結社『トムズキャット』公認の『世界平和PR大使』としては、世界平和の精神を広く世界にPRしていく活動を行い、ホットドッグ店『ドッグス』のスタッフとしては、ホットドッグや気まぐれドッグス焼きの販売をするという、二つの顔を持つということですね」

「そういうことになりますね。私達にとってはどちらも大切なことで、どちらが軽くてどちらが重いということはないのです」

「ありがとうございます。でも、こういう形態って、とても珍しいと思うのですがどうですか?」

「そうですね。でも、他にないことだからこそ余計に、遣り甲斐のあることだと私達は思っています」

「ありがとうございます。本日は、イオンヨーカドーのCMで大人気の、トムズキャットのメンバーで、『世界平和PR大使』でもあり、ホットドッグ店『ドッグス』のスタッフでもある、キャサリンさんとナンシーさんを、ご紹介いたしました。世界平和のPR活動をしていく『トムズキャット』の、今後ますますの活躍を期待したいと思います」

 狭山由梨は、最後にこう言って締めくくった。

「由梨パン、お疲れ様」

 撮影が終了し、クルーの一人が由梨に声を掛けた。 

「お疲れ様。でも、インタビューしていてつくづく思ったんだけど、『トムズキャット』って、他に類の無い、とっても貴重でユニークで面白い存在ね」

「本当ですね」

 クルーのメンバーも、由梨に同意する。

「何か、このままにしておくのは勿体ないわ。うちの社で何か特集とか企画とか、できないかしら?」

「あれ、狭山さんは知らないのですか? 上の方では、すでにいろいろ検討しているみたいですよ」

「えっ、そうなんだ……」

 そんな会話が、キャサリンやナンシーの知らないところで交わされていた。どうやら南北テレビでは、トムズキャットに関して、良く分からない動きがあるようだ。



「キャサリンとナンシー、よくやった。二人共、本当にご苦労さん」

 テレビクルーが引き揚げた後、トムは二人にねぎらいの声をかけた。

「トムさん。あんなので、良かったのでしょうか?」

「とっても素敵でした。キャサリンさんもナンシーさんも」

 アリスは、二人に対してリスペクトしている。

「うん、完璧だったな。トムズキャットの説明や、その目的についての説明、それにドッグスについての宣伝も良かった」

「トムさん。私は別に宣伝しようとしたんじゃなくて、きちんと実態を説明しようとしただけなんです」

「分かった、分かった。いずれにしても、このインタビューが放送されたら、ドッグスは忙しくなるぞ」

 キャサリンの真面目な性格に対して、トムの発言は、やっぱりどこかいい加減だった。

「ところで、トムさん。このインタビューは、いつ放送されるのですか?」

 二人の不毛なやり取りを他所に、いつもながらナンシーは、核心部分を質問してくる。

「確か、今度の日曜の夕方と夜に、それぞれ一回づつ、『特集インタビュー・トムズキャットと世界平和PR大使とドッグスと』として、全国ネットで放送されるっていってたな」

「えっ、そんなに仰々しく、放送されるのですか?」

「何か南北テレビ、すごく力を入れてますね」

「そうだなあ。もう話しても良いだろう。実は……」

「どうしたのですか? トムさん?」

「実は……ステルススポンサーについてだが……」

「ステルススポンサーが、どうかしたのですか?」

「その南北テレビが、ステルススポンサーなんだ」

「……」

 キャサリンもナンシーもジェニファーもアリスも、みんな一瞬絶句してしまった。

 南北テレビは、東京のキー局の中でも一・二を争う、最大手である。CM撮影の時は、単にスタジオを借りているだけと思っていたのだが、それが実はステルススポンサーだったとは。

 トムは、更に驚愕の裏話を始めた。

「実は、この前のイオンヨーカドーのCMも、南北テレビが強力に後押しをしてくれた結果なんだ。とにかく最初は、インパクトのある大手企業を持ってこようということで、大いに尽力してくてたんだよ」

 トムの衝撃の告白に、四人は口をアングリとあけたまま固まってしまい、一言も発することができない。

「そういうことで、南北テレビも力を入れざるを得ないんだよ」

「そうだったのですか。それで、日曜の夕方と夜のそれぞれのゴールデンタイムに、全国ネットで放送されるのですか?」

「それじゃあ、本当に来週から、大変なことになっちゃうじゃないですか?」

「だから、忙しくなるぞって、言ったじゃないか」

「どうしよう。そんなに忙しくなったら、私達対応できなくなっちゃう」

 ナンシーは早くもネガティブバージョンに変身して、そんな心配をしていた。雛鳥の心臓は打たれ弱いのである。

 キャサリンも同じ気持ちだった。お客様が殺到したら今の体制では、とても対応できないと思った。

「それで、どうするのですか? 忙しさからの不手際で、不祥事にならないようにするためには」

 キャサリンがトムを追及する。

「だから、それを今から言おうとしていたのに、話の腰を折るから」

「でも、南北テレビが本腰を入れているということは、生半可な対策では追い付かないと思いますが」

 ナンシーも、自分達の力量に対して自信がなく、不安を隠せない。

「それなんだけど、今度の月・火は一応休業に設定しておいたので、月曜の午前中に対策会議をしようと思う。そこで、通常の二倍・三倍のお客様が殺到ても対応できるようにするには、どうすれば良いかをみんなで話し合いたいと思うんだ」

 二人には、南北テレビが実はスポンサーであったという喜ぶべき事実よりも、現実的に対応しきれないくらいの客数が殺到するかも知れないという、恐怖の方が勝ってしまっていた。

 今まさに、大空に飛び立たんとする親子鳥は、どこかに潜んでいるハンターに撃ち落とされるのではないかと、震え慄いているのである。

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