ウルトラ・ライト・ビーム 2

 ジュングンの視界から、一瞬にして丹内の姿が消える。それは光の屈折を利用したものだ。

 声だけが聞こえる。

「あとは、病気だ。光を当てて、お前を病気にすることもできる」


「病気?」

 ジュングンが小首をかしげてみせると、再び彼の姿は実体を帯びる。そのような超常現象を前にしても、彼は驚きもしなかったし、感動も覚えなかった。ネコも杓子もヤクザも姉貴も超能力者! むしろ呆れて仕方がなかった。

「うん。俺の光は、毒でもある」

 毒の光。おそらく紫外線であろうとジュングンは考える。その能力は、『光を操る』というもの。その口ぶりから判断するに丹内は紫外線の概念をいまいち理解していないようだが、とにかく、彼はそれを使えるだけの力を持っている。栓抜きを使うのにテコの原理を理解する必要はないように、無邪気にその力を、ただ、扱っている。ジュングンはそう解釈した。

「お前は? 身体が鉄みたいになるってのは?」

「そのままです。自分の身体とか、触ったものとか。正直、僕もあまり仕組みを理解していません。鉄を司る能力である、ということには間違いないですが」

 自分でもこいつ何言ってんだ、って感じだけど。ジュングンは気恥しさを感じながら答える。息を止める必要がある、という弱点はあえて口にしなかった。


はやしはさ、人殺したことある?」

「えっ?」

 突拍子もない話題の飛躍に、ジュングンは狼狽えた。この男はちょっと、一般的な文法に準じることが苦手なのかもしれないな、と態度には出さずに思う。

「俺はあるよ」

 いいえ、と口を開こうとしたそのとき、丹内は返事を待たずに言った。

 そのまま語り始める。

「俺ね、ガキの頃沖縄……琉球にいたんだ。家族も、ダチも、みんな死んじゃった。俺はたまたま兵隊にならないですんだんだけど……でも、その代わり軍人にいじめられてさ。林、シジャー……あ、ダツか。ダツって知ってる?」

「だつ?」

 彼の言葉はさながら落丁した書籍のように不可解な繋がり方をする。ダツ、とは何を指すのだろうか。正直に疑問を抱く。

「知らない? 細長くてでっかくて、槍みたいな魚。刺身が美味いんだけどさ」

「へぇ」魚? なんで今、魚の話?

「ダツってな、光に反応する習性があるんだ。ダツは先っぽがとんがってて……それこそ、ダーツの矢みたいにね。夜釣りに来たとかが持ってるライト目がけて、ダツがすごいスピードで水面から飛んでくることがあって。釣り人はダツが首に突き刺さって死んじゃう。そういう事故があったりするんだ」

 ダツダツダツ……と、過去を回想するのに夢中になって代名詞を使うのを忘れた丹内の言葉を、ジュングンは頷きながら反芻する。


 ダツ。


「俺がまだ十二か三くらいのとき……いや、もっと前だったかな。忘れた。で、海にいたんだよ。夜中。なんでかは覚えてない。ちょうど波打ち際でさ、俺は兵隊に首根っこ掴まれてた。なんであいつが怒ってたか、思い出せないけど。頭に血がたまって、顔はすごく熱いのに、足は海水が当たって冷たかったんだ」

 ジュングンは固唾をのんだ。なんとなく、彼の真髄が見えてきた気がする。

「もう死ぬーっ! て、思ったんだよね。そしたらさ、ビガーってさぁ、光ったんだよ。目の前が。爆弾が爆発したのかと思ったけど、違った。。俺の身体が。軍人のやつは目が潰れちゃって、俺から手を離した。で、次の瞬間、ってやつだ」

「はい」

「ダツが水面からビョーンって飛んできて、そいつの胸にぶっ刺さった。軍服貫いて、そいつ、標本みたいになっちゃった。……これが、俺がはじめてやった人殺しだよ」

 なるほど。長々とした語りだが、腑に落ちた。ジュングンは彼の語った断片的なイメージから情景を浮かべ、魚ごときにトドメを刺された滑稽な日本軍の姿を想像する。

「そのときが、組長の能力が開眼した瞬間、という訳ですね。光を操る能力を使ってダツを誘導して……」

 声を上げて丹内は笑った。綺麗に揃った歯並びが見える。

「組長って。さっそくヤクザ気取りだなぁ、林」

「すみません」

「いいんだよ。ははは……」

 強く肩を叩かれ、ジュングンは下唇を噛んだ。

 顔色を伺いがながら、話題の転換を試みる。


「あの、質問、してもいいですか。……御厨さんやほかの組員の方も、そういった、超能力を持ってたりするのでしょうか」

 超能力……その子どもじみた単語を大真面目に口にするたびに情けなくなる。それはさておき、もしかしたら、この丹内組は誰もが能力を持った、超能力者の結社なのかもしれないという予想が脳裏に浮かぶ。エスパー・ヤクザ・アソシエイション。

「いや。俺とほしいぬい……とお前。それだけだな。ほんとはもっといるかもしんないけど」

「そうですか」少なくとも、二人はいるのか。あの御厨ももしかしたら、そうかのかもしれない。

「組の中ではね。あと、俺の娘もそうだ」

「娘」

 また、思わず復唱してしまった。

「娘さん、いらっしゃるのですね」

「そう。砂岸さがんっていうんだ。砂の岸って書いて、砂岸。あいつの力はちょっと怖いな」

 超能力は遺伝する。姉の言葉を思い出す。


「あ、あとは犬だな」

 犬。ジュングンは、今度という今度こそはわざわざ口に出して繰り返したりしないことを意識した。発言と同時、何を思ってか、丹内は唐突に右手の親指と中指を擦り合わせて音を鳴らした。

「そうだ。林にはさっそく、犬退治をやってもらおうかな」

「犬退治……」

 さすがにこれはわかる。ヤクザ世界における『犬』、実にわかりやすいメタファーじゃないか。そいつを始末しろ、と彼は言っているのだ。

「そう。今日はもう寝てさ、明日あたり、星と乾と御厨と一緒にね。……部屋あるから、御厨に案内してもらえよ」


 一礼をかまし、ジュングンは部屋を出た。


 外の廊下で御厨がタバコをふかしながら待っているのが見える。

「お待たせしました」

「遅かったな。丹内さん、話、長かっただろ。こっち来いよ。ブタ箱のほうがまだマシなタコ部屋に連れてってやる」

 二人は丹内の部屋から離れ、階段を降りる。この小さなアパート全体が構成員の住居らしい。


「あの、御厨さん」

 軽く息を吐き、足を止める。

「なんだよ」

「あなたの能力は、なんなんですか」

「はぁ? ……まぁ、強いて言うなら、テニスとか得意だぞ」

「テニス? ラケットとかを使うわけですか」

「当たり前だろ。テニスなんだから」

「こう、ラケットを操る、みたいな?」

「なんだその言い回しは。そりゃあ操るでしょ」

「それで、どうやって戦うんですか」

「え? お前、俺をからかってんのか? 知らねぇのかテニス。ボールを打ち返して、相手のコートに入れるんだよ」

「なるほど。つまり、『反射』ってことですね。物理的な力を跳ね返して、ぶつける……」

「うん? まぁ、跳ね返す、といっちゃあ、跳ね返すけど」

「それって、どのくらいの力までなら可能なんですか? たとえば、ピストルの弾をはじき返したりとか……」

「はぁ? お前、頭湧いてんのか!?」

「え? あ、ああ。すいません……」


 しばらく歩き、ここだ、と御厨は爪先でドアを指す。二階の部屋のうちのひとつ、錆びた鉄製のドアを開ける。

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