1966年 6月 30日

ダンデライオン 1

 イム重根ジュングンは跳んだ。空中で身体を捻る。

相手へ背を向ける。回転。刹那、彼の踵が顎を弾いた。

警官の男がのけぞるのを見る。足払いをかけ、体軸を揺らす。アスファルトに頭蓋を打ちつける。

警官は目をしばたたかせつつ立ち上がり、警棒を右手に掴んだ。同時、彼はジャケットのポケットから半分に欠けたレンガを取り出し、しゃがむ。

 空を薙いだ警棒が風を切る鋭い音を頭上に感じつつ、斜め上を睨む。喉仏が見えた。地面を蹴り、膝を伸ばす。

レンガを握った拳で、彼の喉を打つ。角が皮膚を抉った。

そのまま警官にえづく間も与えず、鳩尾にアッパーをねじ込んだのち、高速で前頭部をその顔面へぶつける。頭突きパッチギ。鼻柱を砕く。力を失った手から警棒が落ちる音を聞いた。


 ジュングンは伸びた彼の制服をまさぐり、ニューナンブM60を抜き取った。

グリップの感触を右手に確かめたのち、即座にその場を走り去る。


 僕はこの国で一番強いチンピラになる。

ヤクザだろうが警察だろうが、天皇だろうが金日成ショーグンサマだろうが僕らの敵じゃねえ。

未来は僕たちのものだぜ。

そうだろ? 親友。



 1966年6月30日。

ホープ・アンダーソンという惨めな異邦人の命日である今日からちょうど十日後のその日は、なんといってもビートルズ来日の日。日本武道館が世界一のコンサートホールになる日!


 ジュングンはカトリック式の慣れない葬儀に、遠慮がちに肩を縮こませつつ参列した。

彼は室内をぐるりと眺める。彼の親族である黒人の一家と、詳しいことは知るよしもないが、彼らの関係者であろう数名の白人たち。


 幼少期から父親によってマルクス主義をその身体に彫り込まれた彼にとって、このような宗教的儀式など一笑に付するものに過ぎなかったが、筆記体の上にカタカナでルビの振られた賛美歌の歌詞の書かれた藁半紙を手渡されて、それを断る理由はない。


 キリスト教の葬式では、お悔やみを申し上げたりはしないらしい。

死とはすなわち永遠の命の始まりであるのだ。だから、悔やむものではない。

ホープ・アンダーソンは、無限の命を手に入れた。おめでとう。



 朝鮮に籍を持ち、根っからのマルキストを自称する父が伊藤博文を殺した安重根あんじゅうこんと同じ名をおのれに付けたのは思想的な意図を込めたものであるのか、そうでないのか。彼にとってはどうでもいいことだった。

ジュングンはジーンズのポケットからしわくちゃになった煙草のパッケージを取り出した。

ショートホープ。短い希望。

尻のポケットにおさまるほどの、あまりにも小さな望み。

希望ホープ。一週間前に無惨にくたばった親友もその名を有していた。

 煙を吸い込みつつ、先ほど警官から奪った拳銃を取り出し、眺める。

僕は誰を撃てばいい? 

佐藤栄作? 天皇ヒロヒト? 皇太子アキヒト

 とりあえず、お前を殺した奴らへ復讐を果たすことにするよ、ホープ。

お前のためじゃないぞ。僕が、僕に落とし前をつけるためさ。


 河川敷にタンポポが咲いていた。

セイヨウタンポポ。その名の通り、西洋から渡ってきた外来種である。

もっとも在来種であるカントウタンポポとの違いは微々たるもので、花の裏側、の部分が閉じているのが後者、反り返るように開いているのが前者。たったそれだけの相違だ。いつ読んだのかも思い出せない子供向けの植物図鑑で見知った知識を思い出す。

このセイヨウタンポポが増殖した結果、在来種であるカントウタンポポを駆逐したのではないかという一説も議論なされているそうだ。

ウシガエルなんかもそうだが――元はといえば外来種の繁殖は人間が食用として外部から持ち込んだのが原因であるのだから、彼ら(?)が侵略者呼ばわりされるいわれはないじゃないか。

無理矢理連れてこられた挙げ句、ことが過ぎれば邪見に扱われる惨めな連中。

それってまるで、どっかで聞いた話だな!

 ジュングンは自身の思考に失笑した。僕に故郷なんてないし、同胞なんていない。

自身を外来種だなどと思ったことなどない。僕はここにいる。ここにしかいない。

蒲公英タンポポ민들레ミンドゥルレDandelionダンデライオン

僕は三カ国語を自在に操るインテリだぜ。安重根みたいに、たかが国のために自分の手を汚すようなイカれたマネをする必要はない。僕は僕のために生きる。


 河川敷を尻目に彼は歩き出す。

警官を殴り倒したことによる、突発的な高揚感によるものか。

中古で買った安いレコードのナンバーを口ずさむ。笠置かさぎシヅ子の、東京ブギウギ。


東京ブギウギ リズムウキウキ

心ズキズキ ワクワク

海を渡り響くは 東京ブギウギ

ブギの踊りは 世界の踊り

二人の夢の あの歌

口笛吹こう 恋とブギのメロディ


 あまりに小っ恥ずかしくて誰の一人にも口外したことはないが、ジュングンは笠置シヅ子が好きだった。

敗戦、そして米軍の占領を前にした日本人たちは、なけなしの希望を掴みとるために――無理矢理にでも笑うために――ラジオに耳を傾けた。

戦争は終わった。何も残らなかった。ブギを踊れば世界はひとつ。

なんとも哀れで愛おしいじゃないか。


 煙草を捨て、靴で踏みにじって火を消す。


 そもそも、なにもかもいい加減なのだ。

親父は共産主義者のくせにパチンコ屋のオーナーだし(ギャンブルは資本主義的不平等を生むんじゃなかったのかよ? しかもそれなりに稼いでやがる)、三歳年上の姉は高校にも行かずフーテンになって好き放題だ。それも、正式なはやしという通名を使わず、猿田さるた 鳥枝とりえなどという名前を名乗って、もう完全に日本人であるかのように振る舞っているらしい。どういう見解でイム 泰希テヒがサルタトリエになるんだ?

 僕だって、名前こそ朝鮮風であるが、日本生まれ日本育ちなのだ。当然、ハングルよりも日本語のほうが上手く書ける。

朝鮮にも韓国にも、一度たりとも足を踏み入れたことはない(この島国から一歩も出たことがない!)。だが純血の日本人からしてみれば僕の分類は在日、すなわちあくまで一時的に日本にいるに過ぎないのだ。


 本当に、矛盾だらけだよ。

デモ隊も右翼もただのバカ騒ぎするだけのチンドン屋さ。なんであれ、思想家なんてものはロクなものじゃない。

なーんてね。

良識ぶってそんなことをほざいて中立を気取る奴が、この世で一番信用できないのさ。


 ジュングンは独白ののち、空になったホープのパッケージを握り締め、その場に投げ捨てた。

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