第百二十五回 朱伺と呉寄は重ねて霊昌に到る

 廣州こうしゅう刺史の陶侃とうかん麾下の朱伺しゅし呉寄ごきは軍勢を率いて霊昌道れいしょうどうに布陣する皮初ひしょの軍営に到着した。二人を迎えた皮初が開口一番に言う。

「漢賊の将兵は予想よりも強く、野戦で勝利は得がたい。それゆえ、吾らは軍営を守ってその進軍を阻むのみ、なお陣を破られはせぬか懸念している。観るところ、漢賊どもは魏縣ぎけんの城に籠もる劉聰りゅうそうを救うべく無数の糧秣を携えており、遮二しゃに無二むに進もうとはしない。これは有利な点だろう。両将軍は漢賊を退ける良策をお持ちだろうか」

 呉寄より年嵩としかさの朱伺が言う。

「この霊昌道は険隘の地が多い。兵を置いて防げば漢賊とて易々とは進軍できまい。しかし、進軍を妨げるだけではどのような変事が起こるやも知れぬ。敵を斬り破る策を案じるべきであろう。これには一計がある。精兵五千を率いて夜陰に乗じ、漢賊の糧秣を焼き払えばよい。これだけで漢賊は窮地に陥る。明日には一戦して強弱虚実を測り、その後にふたたび軍議を開いて方策を定めるのがよかろう」

 先に霊昌道の加勢に加わった、滎陽けいよう太守の李矩りく麾下の夏雲かうんが言う。

「両将軍の加勢により明日の戦に勝利を収めれば、漢賊どもが警戒して計略がおこないにくくなる。これまで漢賊は野戦の勝利を重ねており、内心に驕りを生じて吾らを歯牙にもかけておらぬ。吾が五千の軍勢を率いてその背後に向かい、三更さんこう(午前零時)になる頃に火をかけよう。両将軍は敵陣に火が起こるのを見て夜襲をかけられるがよい。この計略が当たれば漢賊を退けられよう」

 朱伺が軍議を切り上げるように言う。

「まずは明日になるのを待ち、軍議の後にいずれかの策をおこなおう」

 その言葉をしおにそれぞれの幕舎に戻り、その夜は休息をとった。


 ※


 翌日、石勒せきろくは常と変わらず軍勢を率いて攻め寄せる。

 朱伺と呉寄は戎装じゅうそうを整えて副将僚佐とともに軍営を発する。布陣した軍勢は黄金の甲冑を着込んで士気は高く、朱伺と呉寄が陣頭にあって石勒の軍勢を待ち受ける。

 石勒の左に夔安きあん、右に桃豹とうひょうが並び、後ろに姜飛きょうひ汲桑きゅうそうが従う。新手の朱伺と呉寄を見ると言う。

霊昌河れいしょうかよりここに到るまで、吾らに抗う晋の将士は漏れなく死ぬか傷を負って再起せぬ。お前たちはそれを省みず、虎の傍らに身を投げ出したいか」

 朱伺が進み出て応じる。

「妄言を吐くにも程があるというもの、廣州の軍勢の威名を聞き及んでおらんのか。先の諸将は侮って敗れただけのこと、吾が来た以上はすみやかに馬より下りて投降し、生きながらとりことされるのを免れるがよい」

 石勒が馬を出す前に背後の汲桑が大斧を振るって晋の軍列に斬り込み、狂風が木の葉をくように晋兵を斬り崩していく。

 呉寄はげきを振るって汲桑の猛威を止めるべく突きかかる。汲桑は怯まず迎え撃ち、いつものように大斧で馬の脚を狙う。呉寄も狙いを覚って馬を返し、汲桑の大斧から逃れる。

 汲桑は逃がさず馬よりはやく駆け寄って後脚に大斧を振り下ろした。

 たまらず呉寄が落馬すれば、朱伺が馬を馳せて汲桑に鎗先を繰り込む。跳びすさって鎗先を架け外す間に、呉寄は鎗を手に晋の軍列に逃れ去った。

 そこに石勒が駆けつけて朱伺を相手に刃を交わし、汲桑は朱伺を石勒に任せ、呉寄をとらえるべく飛ぶように後を追う。呉寄は汲桑の敏捷さに逃れがたきを覚り、向き直って戟を構える。

 歩戦ほせん練達れんたつの汲桑に敵し得ず、呉寄は十合に及ばず右腿に大斧を受けて地に倒れ、返す斧刃を頭蓋に受けて落命した。

 夏雲は加勢に向かおうとしていたものの、桃豹に前を阻まれて行き着けず、一鎗を肩骨に受けると馬を返して逃げ戻る。

 朱伺は石勒を討ち取ろうと奮戦するも、姜飛と夔安が馬を馳せて加勢に駆けつけるのを見ると、戦を捨てて逃げ奔った。

 郭黒略かくこくりゃくたちも一斉に軍勢を進めて攻めかかり、総崩れとなった晋軍は一戦でほぼ半数を喪うに至った。軍営に逃げ込んだ朱伺は皮初とともに柵に拠り、騎兵の突撃を防ぐ鹿角ろくかくを並べて漢軍の猛攻を退ける。

 日が暮れかかったこともあり、寄せ手の石勒もついに軍勢を収めて引き上げたことであった。

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