第百二十四回 曹嶷は来たりて劉曜を救う

 劉曜りゅうようは南口から退いて北口に向かい、谷口を塞ぐ周并しゅうへいに攻めかかる。

 未の刻(午後二時)までの間に五回に渡る斬り込みを繰り返したものの、矢箭やせんを射尽くした晋兵は決死の抵抗で前を阻む。なおも諦めず、劉曜は陣頭に立つと六度目の斬り込みをかけるべく馬に鞭を入れた。


 ※


 漢の軍営では関心かんしんがともに糧秣の警備にあたる諸将に言う。

「未の刻(午後二時)を過ぎたにも関わらず、劉都督りゅうととく(劉曜、都督は官名)が戻る様子はない。敵の計略に陥ったのではないか。お前たちは糧秣を守ってくれ。吾は都督の後を追う」

 そう言って軍門に向かおうとしたところ、曹嶷そうぎょくが止めて言う。

「将軍は警備をやってくんな。劉都督は谷中に取り込められているかも知れねえ。そうだとすりゃあ事は急だぜ。東路に向かった支雄しゆう刁膺ちょうようを呼び戻して西谷口に向かい、晋兵が谷口を塞いでんなら蹴散らしてやらあ」

 支雄と刁膺の許に騎兵を走らせると、曹嶷は蕃将の普魯ふろ古禄烏ころくうとともに一万の軍勢を率いて西谷口に馳せ向かった。

 西谷口に到れば夏庠かしょうが谷に向いて布陣しており、曹嶷を見ると陣をそちらに向けた。曹嶷は谷中に劉曜がいると確信し、谷中まで響く鬨の声を上げると先陣を切って夏庠の陣に攻めかかる。

 この鬨の声は谷中に響き渡り、援軍の到来を知った劉曜が大音声で叫ぶ。

「援軍が来たとはいえ、谷口で阻まれて谷中までは来れぬ。事はここに窮まった。全軍死力を尽くして吾に随い、晋兵を斬り破れ。大丈夫だいじょうふたる者がいつまでも敵の包囲に甘んじるものではない」

 言い捨てると、先陣を切って晋の軍列に突入していく。銅鞭どうべんが風をいて振るわれ、馬に当たっては馬を倒し、人に当たっては人を斃していく。その猛勢に晋兵は怖気づいて軍列を乱し、いよいよ崩れたつ。

 そこに晋の副将の毛申もうしん成業せいぎょうが飛び込んで建て直す。劉曜は馬を毛申に向けるや一鞭で頭蓋を叩き割った。

 その時、晋将の成業に挑んだ漢将の岐顔ぎがんは返り討ちに遭って馬下に落命していた。劉曜は怒り心頭に達し、成業目がけて馬を馳せる。成業はくみし易しと侮って長鎗を突き込んだ。槍先が銅鞭で架け外され、返す一撃を頭蓋に打ち落とされて成業は戦場の露と消えた。

 周并は外甥がいせいの成業を討ち取られ、仇に報いるべく刀を抜きつれ斬りかかる。その勢いは凄まじく、刃は寸刻も留まることなく往っては還して首級を狙う。

▼「外甥」は母方の従兄弟。

 劉曜はおくさず受けて隙を待ち、狙いすました一鞭を右肘に撃ち込む。周并は刀を取り落として逃げ奔った。その背に追いすがる劉曜に晋の副将の蔡義さいぎが脇より突きかかり、周并に代わって前を阻む。

 それも束の間、数合を過ぎず一鞭を受けた蔡義は毛申、成業を追って馬下に落命した。

 劉曜が休むことなく周并を追うところ、南口より姫澹きたんの軍勢が攻め寄せてくる。それを見た劉曜は周并を捨てて谷口を抜けるべく馬頭を返した。


 ※


 谷外の夏庠は谷中より響く鬨の声を聞き、よもや劉曜が囲みを破ったかと一軍を率いて向かう途次、谷道で劉曜と行き遭った。

 両将は無言で刃を交わし、悪戦すること数十合、馬蹄ばていの蹴立てる塵埃じんあい滾々こんこんと揚がって視界を遮り、折から日も沈んで山霧が周囲を朦朧もうろうとさせつつあった。

 にわかに夏庠の軍勢の後ろが崩れ、晋兵を蹴散らして曹嶷が飛び込んでくる。

 夏庠麾下の晋兵は一斉に矢箭を乱発し、矢を受けた蕃将の古禄烏がもんどりを打って馬下に倒れ伏す。怒った曹嶷は弓兵を率いる晋将の胡才こさいを生きながら擒にし、忿怒に任せて殴り殺した。

 漢兵に前後を挟まれた夏庠はひたすらに劉曜を討ち取るべく鎗を振るい、その一突きが劉曜の脇下に入る。

 夏庠が劉曜を討ち取ったと喜ぶのも束の間、劉曜は突き込まれた穂先を小脇にむと、柄を握って引き付ける。その剛力に夏庠は体を引き寄せられ、打ち頃の間合いに入ると劉曜は一鞭を背中に振り下ろした。

 銅鞭の一撃を受けた夏庠は血を吐くや鎗を放って逃げ奔る。

 劉曜が逃げ行く夏庠を追うところ、ふたたび姫澹が前を阻む。谷口を前に両軍の睨み合いとなる。日はすでに没して辺りは夜闇に包まれており、双方兵を収めて軍営に引き上げた。

 姫澹が軍営に戻って兵馬を点検してみれば、夏庠と周并が傷を負い、副将五人と兵卒七千を喪った上に傷を負っていない者の方が少ない有様であった。

 姫澹をはじめとする晋将に野戦を挑もうとする者はもはやなく、恥を忍んで魏縣ぎけんの本陣に使いを出してさらなる救援を求めたことであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る