第百二十一回 劉曜は再び沙麓関を撃つ
晋軍は
陸機は漢軍が寡兵であることから一計を案じ、諸王侯に命じて軍勢を輪番として六門に攻めかかる時間を定め、車輪のように廻らせて漢兵に休息の暇を与えない攻勢に出た。
晋軍はそれぞれの部隊が一日に一刻(約半時間)を戦うばかりであったが、寡兵の漢軍は休む間もなく攻め立てられ、疲労が日々積み重なっていく。
一方の
「どのように攻めたてても堅城が相手では徒に兵を損なうばかり、味方の死傷者は毎日数え切れぬほどです。これでは士気が上がりません。元帥におかれてはそろそろ別に良策を案じて頂きたいものです」
諸王侯にそう言われては、陸機を
※
軍議の席では衆議紛々として方策は一決を見ず、その間に早馬があって
「漢将の
諸王侯は互いに目を見交わすだけで誰も言葉を発さない。ようやく
「すみやかに救援を送るべきです。遅らせてはなりません。臣の麾下に
▼「無欄悪虎」の「欄」は「檻」を意味し、「檻から出た悪虎」を意味する綽名と思えばよい。
▼「斑手虎」は「前足が斑になった虎」の意、見た目からの綽名であろう。
成都王はその言を
成都王は使者を迎え入れて事の次第を問い、使者が答えて言う。
「漢の歩将の
▼「霊昌道」は霊昌河の渡しから魏縣に向かう大道を指すと考えるのがよい。
成都王は半刻(一時間)ほども無言であった。
「討ち取られた上将たちは千人万人の軍勢に対しても易々とは討ち取られぬ勇将でしたが、それを討ち取るほどの賊徒であるならば、もはや味方に敵し得る将帥はおりますまい」
それを聞いた
「
ついで諸王侯に向き直る。
「臣が麾下に
諸王侯はその言葉を聞いて
「ただ戦を避けて過ちを犯さぬように慎め」
夏雲と雷霈は成都王の幕舎を退くと副将の
時はすでに
▼「深更」は真夜中の意。
※
それに先んじて出発した馮奕と包廷は沙麓山に到着していた。姫澹は額の傷を布で包んで二将を出迎え、
「漢将の劉曜はまだ弱冠に過ぎぬが万夫不当の勇があり、老練の将帥であっても
姫澹の方策を聞いて包廷がいきり立つ。
「卿は劉曜、曹嶷を虎のように畏れておるな。吾より見れば漢賊など犬羊にも等しい。生きながら擒とせずにおくものか」
「そうではない。吾らは軍営を出ぬ間は過ちを犯さなかったが、野戦に遅れを取って敗北を喫した。野戦は漢賊どもの得手、敵の長所と競ってはならぬ」
馮奕もついに口を開いた。
「このように賊を畏れてただ守勢に回ってばかりでは、大国の将帥たるものの戦とは言えぬ。それでは、どのようにして国のために軍功を立てるというのか。吾らには吾らの遣り様がある。卿の指南はしばらく無用、重ねての助言は煩わさぬ」
そう言い切ると、馮奕と包廷はそれぞれの軍勢に還って休息を取った。
※
翌日、劉曜は早朝より晋の軍営に攻め寄せた。漢兵の挙げる鬨の声が沙麓山の木々を揺らすなか、先頭に立つ
山道に入って一里(約560m)もせぬ間に砲声が天に響いて
晋軍の先頭に立つ二将のうち、包廷が叫んで言う。
「無知の逆賊、
劉曜はそれを聞いて
「晋の
馮奕はその言葉を聞いて怒り心頭に達し、長鎗を捻って馬を
斧刃が轟とともに往けば鎗先が風を
包廷は馮奕の失を懼れ、大刀を抜きつれると馬に鞭して加勢に向かう。漢陣の劉曜はそれを見て怒りを発し、
二人の戦は三十合を過ぎてなおつづき、互いに一手の
「
▼「拖刀法」の拖は「引きずる」の意、刀を引いて退き逃れ、跡を追う敵の不意を突く計略を言う。
そこで振りかぶった一刀の狙いを外し、馬とともに逃れ往くかの如く装った。劉曜は逃がすまいとその背について追いすがる。包廷は肩越しに劉曜を見ると、急に馬を停めてその到来を待ち構える。
劉曜は包廷が計略を企てていると知るがゆえ、銅鞭を握り直して馬を寄せる。包廷は狙いすまして身を翻し、一刀を下から斬り上げた。
劉曜が大喝する。
「狗めの詭計如きで吾を討ち取れようか」
一打を振るって刀を止め、つづく二打目で打ち落とす。
包廷は刀を取り落とすや馬を返して逃げ去らんと図り、銅鞭の三打目がその背に落ちかかる。切っ先が背をかすめれば、衝撃に口より血を吐きながらもそれを堪えて走り去る。
劉曜は山上の軍営に逃げ戻った包廷を追わず、馬を返して馮奕と戦う曹嶷の加勢に向かった。
※
この時、包廷が逃げ去ったと見るや、加勢に駆けつけた晋の副将の
関心が叫んで言う。
「賊が後より狙っていますぞ。注意されよ」
叫んだものの声は届かず、関心は
▼原文では関心が大刀で章龍を斬り殺したこととなっているが、明らかに関心より章龍の方が劉曜に近く理に合わない。よって、矢で射止めたことに改めた。
章龍が射殺されて劉曜と関心が加勢に駆けつけてくるのを見ると、馮奕はついに曹嶷を打ち捨てて馬を返した。
劉曜がその背に叫んで言う。
「賊徒よ逃げるな。お前が天に昇れず地を走る身である限り、どこまでも追ってやる」
劉曜は馬に鞭して追いすがり、近づく姿を顧みた馮奕は馬頭を返して迎え撃つ。五合にならぬうちに曹嶷が駆けつけ、逃れようとした馮奕は銅鞭を頭上に受け、満面を血に染めて馬下に事切れた。
馮奕の戦死に、踏み止まっていた晋兵も総崩れとなり、漢兵は逃げるを追って軍営に攻め上る。軍営では姫澹が指示して敗兵を収め、木石を打ち落として道を阻んだ。
漢兵たちもこれには手もなく軍を返し、山道を下ったことであった。
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