第百二回 羅承たちは閻式を害す
その後、
二人はそれぞれに軍勢を率いて成都を発し、李譲は涪城に到って城攻めにかかる。涪城の守将である
▼『
洛城には
李譲たちが涪城に攻めかかったと知り、守将の
「流民の賊徒ども、何ゆえに吾が城を侵そうとするか。早く馬を下りて投降すれば、死罪だけは免じてやろう」
陣頭の李堪はそれを聞いてせせら
「自ら死を求める豚めが。命乞いをしたところでお前は殺す。しかも妄言を放つとは呆れて言葉もない。誰か出てあの豚を擒とせよ。屍の血糊で軍神の旗を祀るとしよう」
▼『
その言葉が終わるを待たず、馬につけた鈴を鳴り響かせた
顔経の死を見て官兵たちは戦意を失い、李堪は軍勢を率いて攻めかかる。
官兵たちは我先に逃げ出して陣を棄て、厳楡は勝勢を駆って斬り乱した。大いに慌てて洛城に入ることもできず、官兵たちは
厳楡は敗兵を追わず城に攻め入り、李堪もその後につづいてついに洛城を陥れた。
城内の民は道に並んで軍勢を迎え、伏して命乞いをするばかり、李堪は高札を掲げて無用の殺生を禁じ、静寧のうちに洛城は李雄の有に帰したのであった。
※
使者が成都に走って
新たに漢中に赴任した太守は姓名を
李國が言う。
「吾らの糧道は長く伸びて断たれやすい。そのうえ、晋兵の守りは堅くにわかに破れぬ。ここで日を送っては糧道を断たれて窮地に陥る懸念がある。どうしたものか」
諸将の意見は紛々として決着せず、副将たちには李雲に軍を返すよう勧める者もあった。李雲はその意見の一理を汲み取って李國の意見を問うた。李國は言う。
「軍勢を進めて難局に直面すれば成都に引き返すという意見が出るのは当然のこと、しかし、これにも懸念がある。張殷が吾が軍勢に間諜を入れて動静を探っていることは疑いなく、軍を返そうとすれば、必ずや背後より襲ってくる。それに乗じて敵を破るのが上策であろう」
そう言うと、
「お前たちは剛勇の士であるゆえ、特に命じる。八千の精鋭を率いて
それぞれの伏処を定めると、李國は自ら一万五千の軍勢を率いて軍を退きはじめる。軍勢が減った分は
※
晋将の張殷は李國が軍を返したと聞くと、全軍を率いて跡を追う。張殷が追撃に出たと知り、李國は軍勢の足を速めて先を急ぐ。張殷は疑いを持たず、追い討ちに討つべく軍勢を急がせた。
李國は張殷が伏処に入ったと見て号砲を放つ。
砲声の響きを合図に張殷の背後より李雲と上官琦が兵を発し、李國は軍勢を返して挟み撃った。張殷は山道の狭さに動きを阻まれ、平野を目指して軍を返す。この時、遥か先の軍営のあたりから
張殷が馬上より叫ぶ。
「吾が軍営が襲われている。引き返して漢中を守り抜くのだ。全軍、力を尽くして帰路を切り拓け。伏兵がまだ潜んでいると思って油断をするな」
晋兵たちは必死の勇を奮って帰路を奪い、山道より逃れ出た。
そこに毛植、襄珍の二将が襲いかかり、張殷の軍勢は散り散りに散じて半数を失った。張殷はいよいよ漢中に退くことだけを思い、定軍山を目指して馬を奔らせる。
二十里(約11.2km)も行かないうちに再び砲声が響くと、山北に伏せた王角と李棋の軍勢が現れ、帰路を阻んで口々に言う。
「
李國の
その先に一将が現れて抜き身の大刀を手に名乗りを上げる。
「お前は
よくよく見れば、その威風はこれまで見た将にも及ぶ者がない。張殷は上官晶と漢中に向かう道を争うのを避け、
李國は勝勢に乗じて漢中の地に攻め入った。
李國はそれを知ると上官晶、羅承、張金苟に追撃を命じ、張演は懸命に戦ったもののついに梓橦を棄てて同じく長安に逃れ去った。李國は漢中の鎮守を上官晶に命じて毛植をその輔佐とし、李棋と襄珍に梓橦の鎮守を命じて成都に軍勢を返した。
※
漢中からの捷報を受けた成都の李雄は閻式に命じ、漢中、梓橦の戦の論功行賞をおこなわせた。この時、閻式は羅承と張金苟の軍功を評価せず、二人は何らの賞も与えられなかった。
それを不満として訴え出ると、閻式が叱って言う。
「お前たち二人の任は裨将に過ぎず、また挙げるべき軍功もない。張殷の帰路を断ち、張演を追撃するよう命じられても首級を挙げておらんではないか。この期に及んで軍功を言い立てて大臣の前で賞を争うとは無礼であろう。賞を欲するのであれば戦場で尽力して抜群の功績を挙げよ。さすれば吾も喜んでお前たちに賞を授けられる。今は口を
二人は賞に預からないばかりか叱責されて面目を失い、閻式への遺恨を深く残したのであった。
羅承の妹婿は名を
羅承と張金苟の二人はこの文碩に事情を述べて意見を問うた。文碩が言う。
「それなら殺してしまえばいいではないか」
「閻式は参謀の地位にある重臣、それほど容易く殺せようはずもない」
「閻式を殺すなど容易いことよ。出兵の機を見計らって独りになった隙を窺えば一人の壮士で事足りよう。何を畏れることなどあるものか」
二人は文碩の言に深く頷いて帰っていった。
※
この時、
「李雄は成都を陥れてそこに拠り、漢中を襲って奪い取りました。さらに梓橦をも落としてその軍勢は破竹の勢い、容易く打ち破れそうもありません」
羅尚はついに上奏文を認めて
朝廷の大臣たちは数日に渡って議論したものの、一人として議論を決する者がない。異論百出する中にあって、ひとり
「漢を自称する胡賊の
この時、
王戎の進言は渡りに船であり、即座にその意見が用いられて勅使が夔州に遣わされた。
「その意のままに便宜に従って事をおこなえ」
要するに、巴東と夷陵の軍勢の指揮を委ねる代わりに万事みずからで対処せよ、ということである。討伐の軍勢が発されることを期待していた羅尚は宣旨を受けて愕然とし、思い悩んでついに病に臥した。
※
羅尚は単独では李雄に敵し得ないと思い知り、救援を乞う書状を認めると、
「羅益州より救援の求めがあった。援軍を遣わさなければ必ず敗れるだろう。そうなると蜀の禍はこの荊州にも及ぶ
僚属たちは口を揃えて言う。
「李雄が大望を持っていれば、長江の流れに従って東に下り、荊州を襲うであろうことは
ついに劉弘の意は決した。部将の
劉弘は張興を私室に呼んで言う。
「この兵糧を羅益州に給して軍勢を養わせよ。吾も日ならず大軍とともに加勢に向かう」
張興は恩を謝したものの、あわせて羅尚の判断が当を失している旨を述べて荊州に残りたいと頼み込んだ。張興さえ永くつづく蜀の戦乱に
劉弘は張興を諭して言う。
「今や羅益州は孤軍となって
張興は正論を聞いて恥じ入り、意を決して向奮とともに軍勢と糧秣を引いて長江の流れに逆らい、蜀に向かった。
※
羅尚が荊州刺史の劉弘の救援を仰いで成都奪回を企図しているとの風説は、すぐさま李雄の耳に伝えられた。李雄は諸将を集めて対策を諮る。
「羅尚は荊州から援軍を得て成都奪回を企て、荊州の軍勢は長江を遡って
「荊州の軍勢が蜀に入ろうとするのであれば、精鋭を涪城に遣わして州境で迎え撃つのがよろしいでしょう。州内に敵を入れては民が憂えて騒ぎ出します」
「それならば、誰を遣わすのがよいか」
「涪城は蜀の関門、この任は重責となります。
李雄はその意見に従って
軍令が発せられたと聞き、張金苟は羅承に言う。
「先の漢中攻めにあって吾らは死力を尽くして張殷を阻み、漢中に還らせなかった。これは大功であろうに、閻式は功を録して賞をおこなわず、かえって衆人の前で叱責して吾らは面目を失った。思い出すだに忌々しい。先の文碩の言によれば、今こそ閻式に復讐する好機というものだ。しかし、軍中にあっては李離がつねに閻式とともにある。これをどうすべきであろうか」
「吾ら二人が利刀を帯びて中軍に忍び込み、それぞれ一人を刺し殺せばよいだけのことよ」
二人は夜半に李離と閻式がともに居する幕舎に忍び込むと、羅承は閻式を、張金苟は李離を刺し殺した。深夜のことでもあり、軍中でそれに気づいた者はない。
二人は軍を抜け出して首級を手土産として羅尚の軍勢に投降したことであった。
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