第百回 李流は病に死して李雄が嗣ぐ

 李雄りゆう廣漢こうかんに戻り、李流りりゅうに進退を諮って言う。

「叔父上(李譲りじょう)は郫城びじょうを離れて犍爲けんいの鎮守に向かわれました。孤城となった郫城を守り抜けるかは分かりません。そのため、まずは少城しょうじょうを抜いて掎角きかくせいをなし、郫城を援護するべきです」

 李流はその言に従って上官晶じょうかんしょう任回じんかい任道じんどう王辛おうしんと一万の軍勢を少城に向かわせた。

 少城の守将である洪蕃こうばん常深じょうしんはそれを知ると出戦して防ごうとしたが、いざ戦となれば上官晶の一刀が洪蕃の乗馬の頭を打ち、馬は愕いて狂奔した。

 馬から落ちた洪蕃を討ち取ろうと上官晶が大刀を振り上げると、洪蕃は地に伏したまま命乞いをする。

「降伏する。命だけは助けてくれ」

 上官晶は一つ笑うと洪蕃を引き起こし、陣に引き立てていく。常深は戦意を失い、成都を指して落ち延びていった。少城は戦いらしい戦いもなく落城したのであった。


 ※


 羅尚らしょうは軍馬を引き出して軍士に洗わせていたが、そこに常深が駆け込んで言う。

「少城を賊徒に奪われました」

 羅尚は怒って軍勢を整えるように命じ、自ら少城を取り返すべく軍を発した。上官晶は任蔵じんぞうと合流して掎角の勢をなし、羅尚の軍勢を防ごうとする。羅尚は連戦してこれを破り、少城を奪い返した。

 その後、羅尚は軍勢を十日ばかり少城に留めていたが、兵糧の供給源である犍爲けんいを李雄に奪われたために糧秣が尽き、やむなく少城を棄てて成都に軍を返したのであった。

 羅尚が去った後、上官晶たちはふたたび少城に入り、任道と王辛を留めて鎮守を委ね、自らは任蔵、任回、それに降伏した洪蕃とともに廣漢に軍を返した。

 李雄は少城の奪取を聞いて勇みたち、勝勢を駆って涪城ふじょうを奪うべく軍議を重ねる。その折から李流が病の床につき、出兵は沙汰止みとなった。


 ※


 李雄が叔父の李流の看護に尽くしたものの、十日を過ぎても回復する気配がない。その面貌は日々憔悴していくばかり、死病と悟った李流は李雄を召して言う。

「もう看病するに及ばぬ。この病は寿命の終わりなのだ。早く人を遣わして犍爲の李譲、緜竹めんちく李堪りかん巴西はせい李離りり李國りこく汶山ぶんさん李遠りえんを呼び寄せよ。吾が命は終わりを迎えようとしている。お前たちに言い遺すことがあるのだ」

 李雄は火急の使者を遣わし、数日のうちに各地に鎮守する一族の者たちが集まってきた。一同を前に李流は言う。

「一族や数多の友人の推戴を受け、みなと同心協力して兄(李特)の仇に報いて吾が家を再興せんと志してきた。しかし、今や不幸にも重い病を得て心身ともに日々衰えるばかり、この命も永くはあるまい。軍師、諸将も呼び寄せよ。みなに言うべきことがある」

 閻式、上官晶、任臧、任回、王角、趙粛たちが枕頭に並ぶと、李流は語を継いで言う。

「諸君と吾はともに冕冠べんかんを頭に戴き珠を身にはいする高貴の身となり、軍勢を率い民を治めるに至った。これはみな、吾が兄弟、それに戦死した甥の李蕩りとう李始りしらの奮戦によるもの、彼らの死は吾が痛恨事であった。思うに、李雄もまた吾が兄の子、英武の才は国土を広げ、諸軍を御して強敵を防ぐに余りある。諸君がこの軍勢を保全して先祖の祭祀を絶やさず、子孫を永く保ちたいと思うのであれば、吾の死後は李雄を推戴せよ。この言に違えなければ、諸君の幸いともなろう」

 さらに、閻式と楊褒を顧みて言う。

「吾ら李益州(李特)の兄弟では、兄の堪も甥の雄の輔佐に尽力すると約してくれた。両君も旧情を忘れず、誠心を尽くして約を違えないで欲しい」

 みなはその言葉を諾い、涕を流して李雄を推戴すると誓った。李流も涙を浮かべて言う。

「一日たりとも主なくしては戦乱の世に身を立てがたい。吾が死ねば即日に李雄を立てて主となし、軍勢を統率させよ」

 言い終わると意識を失い、夜半に世を去った。


 ※


 翌日、李堪、李譲は諸将とともに李雄を推戴し、李流の葬儀を終えると哀悼して喪を発する。李流は青城山の麓に葬られた。

 葬礼を終えた後、上官晶、任臧たちは李雄に王号を薦めんと諮ったが、閻式と楊褒が反対して言う。

「時機尚早です。まだ東に軍勢を向ければ西の地を失い、民心は両端を持しております。蜀の民心がこのようであっては、妄りに尊号を称えても憎まれるだけでしょう。民の憎しみを受けては、いつ変事が起こるやも知れません」

 上官晶が食い下がる。

「王号を称えれば号令するにも易かろう。富家、大姓たちは自らをたっとしとして余人をさげすむ輩、官位を与えれば人心をるにも都合がよい。吾が主公に可否を伺おうと思う」

 李雄の前に出て王号を薦めると、李雄は言う。

「吾が才は線のように頼りなく、徳はないようなものだ。推戴を蒙ったことさえも身に過ぎたことと懼れている。どうして妄りに王号を称し、人を欺くことができようか。そのうえ叔父上の喪も明けておらず、外には羅尚という強敵がある。吾が継いだと聞けば、晋朝に上奏して四方の軍勢を駆り集め、攻めかかってくるであろう。自ら滅びを取るような道を選ぶわけにはいくまい」

 閻式が勧めて言う。

「しかし、諸人の心をまったく無視するわけにも参りません。けん益州牧えきしゅうぼく行大将軍事こうだいしょうぐんじを名乗って命令の威儀を重くされるのがよろしいでしょう」

 李雄もその言葉に納得して従ったことであった。

▼「権益州牧、行大将軍事」は仮の益州牧、大将軍の職務を執り行うの意、通常は正式な官職ではないことを意味する。

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