七章 齊王司馬冏の台頭
第五十八回 趙王司馬倫は政を秉りて位を簒う
洛陽にはその旨を伝える飛報が矢継ぎ早に奏上された。
この時、朝権はすべて
「陛下が自ら万機を統べられねばなりません。天下を治めるとは器を用いるようなもの、一度傾いてしまえば、正すのは難しうございます。今の世を考えますと、政は臣下の手によっておこなわれ、法において正しいとは申せません」
朝臣はすべて趙王への
※
孫秀は朝廷より趙王に逆らう者がいなくなったと観て、蜀の平定を勧めなかった。
一党の
「昔、漢の天下が滅びようとした際には
それを聞いた張林は怒って言う。
「今や趙王は賈后一党を平定して朝廷を再興した功績がおありになる。お前たちが
そう罵ると、二人を法によって処断しようとした。それを孫秀が押し止める。
「蜀の叛乱も大臣を誅殺しようとしたことに始まる。まして劉頌と傅咸の二人は朝廷の重鎮、妄りに殺せば
張林もそれを聞いて思い止まった。しかし、余事に託して二人を地方官に任じて洛陽から逐い出してしまった。朝臣はその有様を見て懼れ、何事につけてもただ賛同するのみ、朝廷にはついに一人の忠諫を呈する者もいなくなった。
「趙王の功績は漢の周勃、
孫秀がそのように上奏すると晋帝の
「
勅使を迎えて趙王はそのように願い、晋帝はその願いも許すよりない。これは、孫秀が趙王に功績があり、それに報いるためであった。吉日を選んで孫會は宮城に上り、ついに公主の夫に許される
※
趙王に与えられることとなった九錫とは、次の九つの品を言う。
天子の
天子の
朝廷の台階を昇降する際に奏楽を伴う
邸宅の大門を朱漆で塗ることを許す
朝廷の台階を自由に昇り降りすることを許す
天子の護衛にあたる
軍権の所在を示す
征伐の専断を許された証の弓矢
黒黍で醸造した香酒である
これらはいずれも天子にしか許されないものであり、その使用を許すことは天子と等しい権威を認められることに他ならない。
「賈后はすでに罪を受けて陛下には皇后がおられず、不在のままにはできません」
孫秀はそのように上奏し、その一党である
孫秀は生来狡猾であっても士大夫の行いを欠いた小人に過ぎず、それゆえに
当然のようにその党与は時勢に迎合して権勢を求め、目指すところは私利を追うばかり、深謀遠慮をもって国政を
※
この時、
「趙王は宣帝の庶子の家柄、
齊王が言うと、孫洵が進み出て答える。
「奪おうとするのであればまずはそれを与え、凌ごうとするのであればまずは相手を驕らせるのがよいと申します。趙王は生来凡庸、孫秀もその志は驕っております。みな富貴を求めるのみ、理を思う心はございません。悪事を積んで久しく、
齊王はその言葉に同じ、葛旟に礼物を持たせて使者に任じ、洛陽に入って趙王府に献上させた。
趙王が書状を見れば、齊王はその威徳を褒め称えるばかり。
「朝野は心を寄せて人民は望みを趙王に懸けております。周公が成王を輔佐した故実とて、猶お及ぶところではございません。九錫の榮であってもまだその大功を顕すに十分ではありますまい」
齊王の書状を読んだ趙王は大いに悦び、葛旟に重賞を与えて齊王府の将士に至るまで官職を進め、その歓心の篤さを示したのであった。
※
「孤が懼れる者はただ齊王のみ、今やその齊王もこのように孤を
趙王が言うと、孫秀が応じる。
「齊王さえ抑えられれば、その余は慮るに足りません。大事をおこなう時機です」
趙王と孫秀は内々に議を定め、吉日を選んで公卿百官に趙王府での宴会に出席するように命じた。一人として何のための宴会であるかを知る者はないが、趙王の召集であれば拒む者はいない。宴会に参じた者たちはいずれも内に入って謁見し、礼が終わった者は序列に従って坐を定める。
孫秀は
趙王は孫秀に命じて盃を執り、酒が一座を数巡した後に起ち上がって口を開いた。
「卿らに足労願ったのは他でもない、国家の大事に欠けるところがあればこそである」
上座に居並ぶ
「どのような大事でございましょうか。その旨を伺った後に議論したいと存じます」
「天子は万民の主である。至尊の地位にあって天下に令する人は、天下を
樂廣はさらに問う。
「
「先帝の遺詔がここにある。『後日、太子の司馬衷が昏庸にして天下を治められないようであれば、卿らは別に賢明なる主を擁して
「大王のお考えには誤りがあります。昔、
趙王は諫言を聞くと怒りの色を表して言う。
「お前たちは聖上に過ちがないと思っているのか。母を
趙王が怒気に任せてそう
「臣子として君父の過ちを指弾することはできません。大王の裁定に一任いたします」
ようやくそのように言うと、後ずさってそれぞれに散じ、眉を
※
翌日、趙王は
「一人でも参集しない者があれば、斬首する」
号令は峻厳を極め、百官は一人残らず序列のとおり朝堂に立ち並んだ。その班列を前にした趙王は、剣を按じて群臣に宣言する。
「司馬衷は昏愚にして大位に堪えず、孤はまさに先帝の遺旨を奉じて太廟に報告し、
晋帝の不徳を数える詔を「
司馬衷は
趙王は左右の武士に命じて司馬衷を
司馬衷を乗せた輦輿が動き出した時、
「大位は一日も空位であってはならぬ。公卿は有徳者を挙げて天位を継ぐ者を定めよ」
孫秀が宣言すると、
「天下は一日として君主を欠くわけには参りません。大王は昏庸の君を易えようと思し召されたとあれば、予め
「これは国家の大事であり、予め定めることなど許されようか」
孫秀の答えを聞くと、傅祇は嘆いて言った。
「何事であっても為さんと思ったことを為されればよろしかろう。為さんとして口実を求めるなど、聖人には偽りの言はないものです」
言い終わると、傅祇は後ろを顧みることもなくその場を去っていった。
孫秀が重ねて群臣に問う。孫秀の内心は誰にも見え透いており、口を揃えて言う。
「趙王は皇室の近親、徳は高く人望は重く、誰もがその決定に服しましょう。群臣が議論するのは僭越というもの、天下が安んじるようにお取り計らい下さい」
群臣の言葉を聞くと、趙王の与党である張林、
「徳望の高下を論じるのであれば、諸王ありとはいえ、大王に勝る者はおりません」
その言葉にも群臣は誰一人として応じない。孫秀が進み出て言う。
「諸公、大臣が決断しないのであれば、吾が定めるより他にあるまい。それでは、天位を継ぐ者を定めるまでは趙王を摂政の任に充て、議論が定まるのを待つこととする」
すぐさま張林と
「孤は皇叔であり、今や九錫をも受けて富貴は満たされておる。お前たちは孤の位をさらに進めて陥れようとするのか」
趙王が叱りつけると、孫秀は勧めて言う。
「天下は令主を欠き、長らくつづけば変事を生じないとも限りません。大王が仮に摂政の位に就かれれば朝野は安心いたしましょう。その後、衆議の定まるのを待って身を処されればよろしいのです。その時に謙退されたとしても遅くはございません」
それでも趙王は再三に辞退し、与党の者たちは重ねて勧め、ついに趙王は摂政の位に就いた。群臣は孫秀に害されることを怖れて拝賀する。
百官にはそれぞれ秩禄が加えられ、
※
この頃から災異が現れはじめ、河水が干上がって舟船が通じず、天体の運行は乱れて彗星が天を掃き、千里に被害が及ぶ
「天下の混乱はこれより始まるでしょう」
ある時、一羽の
その数日後、正殿で怪しい鳥が捕らえられた。趙王が群臣にその名を問うたが、一人として知る者がない。しばらく捕らえておいたがついに名が分からない。ある日、宮の西から忽然と白衣の幼童が現れ、その鳥の前に立って言った。
「この鳥の名は
趙王はこの幼童がどこから来たのかを調べさせたが、誰も分からなかった。しばらく幼童と鳥を密室に入れて出入りを禁じる。翌朝になって部屋を見ると、幼童も鳥も姿がない。内側に逃げ出す穴もなく、不思議なこともあるものだとみな眉を顰めたことであった。
後より考えてみれば、服劉、つまり劉に服するとは、晋がついに
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