第四十五回 楚王司馬瑋は汝南王司馬亮を殺す
晋帝の
「これはほんの
▼禁衛大将軍は晋代の官職にない。禁衛兵の総指揮官というほどの意味であろう。
さらに、賈后は親党として族弟の
それゆえ、一朝にして中書令に任じられた際の外聞を
「楊駿を
「それなら、どうすればよいか」
「天下を統治して功績を挙げるには、賢臣能臣を抜擢してその輔佐を受け、陛下は朝廷の大綱を統べるに止めるのがよろしいでしょう」
「朝臣から賢才を登用しようにも見当たらぬ。政事を委ねるに足る者はどこにおる」
「陛下が心から賢才を抜擢せんと欲されるのであれば、親疎を論じるには及びますまい。
賈后は賈模の言を納れて詔を発し、汝南王、衛瓘、張華の三人に
※
「妾は二卿に才ありと知るがゆえ、ともに政事を執って治世の功を挙げたいと望んでおる。平生の力量を揮って統治に尽くし、妾の知遇の意に応えよ」
二人は謙退したものの、賈后はそれを許さず慰労して送り出した。
数日後、汝南王の司馬亮が鎮所の
▼周代の三公は
朝政を専らにした司馬亮は幾月も経ずに
「汝南王は専権してその私党が賄賂を貪っている。無事にその身を終えることは難しいだろう。吾はかねてより汝南王の知遇を受けており、失脚を傍観するわけにはいかぬ。一度はお諌めせねばならぬだろう」
「外より聞くところ、傅中丞は大王の失敗を予見して惜しんでいるといいます。いささか威名を抑えて輿論の欲するところに従われるのがよろしいかと存じます」
「
汝南王は華忠を叱りつけて退かせ、いよいよ専権して諫言を納れない。ただ衛瓘だけが忌憚なく諌めたため、汝南王はそれを疎ましく思いはじめた。
張華は汝南王が諫言を納れる人ではないと察し、
また、汝南王と
「東安王は兵権を握っておるゆえにその権威は重く、追従する者が増えて威勢を張っております。万一異心を抱けば
「それなら、どうすればよいか」
賈后の問いに汝南王が答える。
「威名が内外に知れ渡った東安王を罪すれば、諸将は疑惑を生じて異望を抱き、かえって大事となる
賈后は汝南王の言を納れ、詔を矯めて東安王の官職を剥奪し、楚王の司馬暐をもって代えることを宣した。東安王は汝南王の仕業であると覚ったものの、汝南王が専権を振るう朝廷では駁しても無益と知るがゆえ、一言の抗言もなく私邸に還った。
※
洛陽に駐屯する六軍の衛士はすべて楚王に委ねられ、その威勢は日に日に盛んとなった。楚王は年若く、性格は軽率で深謀遠慮を欠き、もっぱら好悪によって百官を遇し、忌憚することなく
ついに、汝南王の上奏に楚王が反対する事態にまで到った。二人は決裂し、汝南王は楚王をも斥けんと思うに至ったが、兵権を握る楚王の党与は多く、皇弟ということもあって軽々しく事をおこなえない。
汝南王は密かに太保の衛瓘に相談した。
「司馬暐は職責を越えて威名を誇り、法を破っても皇弟という理由で罪を負わず、かえって宗室の者を
「年若く、まだ落ち着いておられないのです。それゆえにこのような有様なのでしょう。大王はどう処されるおつもりですか」
「聖上に奏上して兵権を削り、鎮所に戻らせるのがよかろうとは思うが、推薦した身としては言い出しにくい。それゆえに公に相談しているのだ」
衛瓘はしばらく思案してから口を開いた。
「楚王の私党は多く、怨みを持つ者はおりません。にわかに動かすことは難しいでしょう。それでも洛陽から外に出されたいのであれば、封爵と賞を与えて関西に赴任させるのがよろしいかと思います。群盗の鎮圧を命じれば、賊徒は畏れて逃げ出すでしょう。その時には官を進めて賞を与え、殊勲を顕彰してやればよいのです。当人と外からは大王が楚王を重用しているように見えるでしょう。しかし、実際には退けて朝廷での権威を奪っているのです。楚王が外任に出れば、あとは大王の意のままになりましょう」
これを聞いて汝南王も同じ、楚王を外任に出す準備に手を着けた。
楚王は胡牛児に重賞を与えたものの、心中は憤懣やる方なく二人を罵って言った。
▼『後傳』に胡牛児は「
「老賊どもめ、嫉妬に狂いおって。先に東平王が罪過なくして兵権を奪われたのも、この老賊どもの仕業であろう。ついに孤を害そうとするとは、許すわけにはいかん」
楚王は汝南王と衛瓘に報復する術を考える。
「老賊どもが相手とはいえ、やりようはある。東安王は知識に優れているが、老賊どもに兵権を奪われている。心中に恨みを抱えておろう。彼を巻き込むのが良策というものだ」
夜陰に乗じて東安王の私邸を訪い、来意を告げるとすぐに王が応接した。
「楊駿を除いた後、賢兄が六軍を差配されると聞き、衛士たちも忠を尽くす甲斐があろうと弟も喜んだものです。これで朝廷も安寧になるかと思った矢先、兵権が弟に与えられるとは思いもよりませんでした。どうにも納得できず朝な夕なに探ったところ、実は汝南王と衛瓘の企てであったと知りました。昨日も皇后陛下に謁見した際、賢兄が罪なく讒言を受けたことを訴えた折から、老賊どもは弟を外任に出そうと企てていると聞き及びます。無念に憤ってはみたものの、如何ともしようがありません。それゆえ、特に賢兄に御相談して良策を授けて頂こうと
東安王も心中に兵権を奪われた恨みを抱いていたものの、それを晴らす術がない。楚王の言葉を聞くと策を按じて言う。
「先んじれば人を制すという。汝南王が密かに悪心を抱き、殷の
楚王は東安王の策に同じ、翌早朝には後宮を訪れて賈后に謁見を求めた。
「このような早朝に謁見を求めるとは、どのような大事か」
「臣は知るところがあり、そのことを上奏すべく参上いたしました」
そう言うと、楚王は東安王が捏造した汝南王の謀叛を上奏し、次のように言う。
「これは、陛下には婦道に欠けるところがおありになり、醜聞が朝廷内外に知れ渡っているがため、汝南王は憤って聖上の
賈后には思い当たるところがあり、大いに愕いて言う。
「妾は衷心より汝南王と衛瓘に政事を委ねたというのに、かえって妾の行いを誹謗するというのか。このような事を卿はどこで聞いてきたのか」
「腹心と頼む者がその耳で聞いたところです。陛下の聡明を欺くことができようなどとは思っておりません」
それを聞いて賈后の怒りが増す。
「妾は老賊どもを厚く遇したにも関わらず、このように悪言するとは。しかし、汝南王に與する者は多く、朝廷を
「臣に李肇という腹心の将がおり、禁軍を
楚王の言葉により賈后は勅書を起草して与え、汝南王と衛瓘の拘束を命じた。楚王は勅書を受けると、
※
朝臣の中に事態を知る者があり、すぐさま晋帝に上奏した。晋帝は汝南王と衛瓘の冤罪を覚って親王の
榮晦は以前より衛瓘との折り合いが悪い。遺恨をこの機に晴らそうと図り、ただちに衛瓘が詰める府に向かうと声高に呼ばわった。
▼京衛提督は晋代の官にない。洛陽の治安維持にあたる軍の指揮官と考えるのがよい。
「詔を奉じて太保を拘束し、廷尉の獄に下しに参った」
衛瓘はその子の
あわせて衛瓘の一族は孫の
盛岐と公孫宏の二人は汝南王の府を囲んだものの、兵たちを中に入れられずにいた。府内では汝南王の部将の
「朝廷はゆえなく兵を遣わしました。これは内にある奸人が変事を起こしたに相違ありません。
「孤に二心はない。この包囲は自ずから解けよう」
汝南王はそう言って李龍の進言を退けた。
それでも、李龍は正門を閉ざして包囲する兵の侵入を許さない。ついに楚王の兵は塀をよじ登って瓦を踏み崩し、門上から瓦を投げつけはじめた。
汝南王はその有様に怒って言う。
「何ゆえにこれほどの
「詔を奉じて汝南王を捕らえに来たのだ」
包囲する兵は口々にそう言い、それを聞いた汝南王が言い返す。
「詔があるならば、それを孤に見せてみよ」
それを聞いた公孫宏が懐中から詔を取り出して読み上げる。
「それならば、孤が陛下に謁見して弁明すればよいこと、府を包囲するには及ぶまい」
「聖詔はすでに下った。今さら弁明など許されるはずもあるまい」
汝南王の言葉に公孫宏が罵り返す。それを聞いて汝南王の
「盛岐と公孫宏の二人はかねてから楚王と
汝南王は劉準の言葉も納れない。ついに盛岐と公孫宏の兵は府内に侵入して汝南王を捕らえ、汝南王の軍勢はなすこともなく散じていった。
「孤の忠心は天日に明らかである。なぜ
天を仰いでそう叫んだものの、聞く者はない。首枷を加えられると刑場がある東市へと牽かれて行く。沿道でその姿を見る民は、誰もが涙を流して見送った。
刑場で執刀する者たちは、日中に衛瓘一族の処刑を終えたが、汝南王を殺すに忍びず日没に至るまで処刑をおこなわなかった。しかし、楚王をはじめとする首謀者たちに汝南王を許すつもりはなく、公孫宏を東市に遣わして催促させる。
「詔が下ったにも関わらず、なにゆえに申の刻(午後四時)になっても罪人の首級を献じないのか。異議がある者は諸共に斬られると思え」
「己が首を斬られましょうとも、無辜の御方の首を斬るのは忍びません」
執刀する者たちが強く拒否したため、公孫宏は兵士を呼んで下知し、ついに鎗でもって汝南王を刺殺させた。
張華はそれを聞くと、晋帝に上奏して朝服で屍を覆い、葬儀を整えたことであった。
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