第四十四回 孟観は楊駿を殺す
楚王は詔書を得ると軍勢を率いて宮城の正門にあたる
一切の準備を終えた後、
※
この時、楊駿は自らの府にあって二弟と
「昨日の夜に夢を見て、今日もまた同じ夢を見た。愕いて目覚めてから動悸が激しい。この夢が吉凶いずれであるかはまだ調べていないのだが」
そう言った折から、董猛が詔書を奉じて現れた。参内して議論に加わるようにとの詔命だという。楊駿は官服に改めて参内しようとするが、弟の
「先に長兄は
「君命にて召されれば、
「先ほど楚王が軍勢とともに入朝したと聞きます。必ずや何か企てがあり、それは賈后によるものでしょう。さらに、孟観が禁衛の兵を統率しておりますが、これも長兄に怨みを含んでおり、最近はしばしば
二人の弟に反対された楊駿は進退を定められず、下僚の
「吾は忠心により政事をおこない、大過を犯してはおらぬ。今、聖上より宮中に赴くよう宣旨を受けたものの、二弟は陰謀を疑っている。それぞれの存念を述べよ」
「楚王が軍勢を率いて入朝するにあたって孟観が出迎え、ついで東安王とともに宮掖に入ったところを観るに、賈后とその意を受けた宦者が関わっていると考えて誤りはありますまい。
「それならば、どのような策でもって処するべきか」
楊駿の問いに左将軍の
「
▼洛陽の内城にあたる宮城に北門はなく、西には北から
その策に朱振が反駁する。
「それは身を安んじる策に反します。愚見によれば、軍勢を整えて雲龍門を外から囲み、皇太子を擁した後に門を焼き払うのです。それから宮人たちに
▼「伊尹、霍光の故事」は皇帝の廃立を言い、「伊霍の事」と慣用される。伊尹は殷の
献策を受けたところで、決断を欠く楊駿は大事を決し得ない。
「雲龍門は魏の明帝(
そう言うところに、
「宮中に変事が待ち構えております。騎兵を率いて雲龍門に入り、動静を窺って参りましょう」
楊駿は傅祇の言葉にも従わない。失望した傅祇は一座に言う。
「宮中での変事が心配です。久しく離れるわけには参りませんので、宮中に戻ります」
言い終わると、
※
楊駿の娘の
「楊駿が反撃に出ては面倒です。事がここに至っては速やかに事を行なうよりありません。先んじれば人を制します。遅れをとって人に制されてはなりません」
賈后は手ずから詔書を発し、先の詔に背いた罪で楊駿を捕らえるよう命じ、李肇と孟観の軍勢を差し向ける。
「事を行なうにはまず
晋帝がそう言って考えていると、楊駿の使者の段廣が参内した。事態の急を観るや進み出て上奏する。
「楊駿は先帝より
晋帝が答える前に、賈后は左右に命じて段廣を取り押さえ、獄に繋いだ。
※
孟観の軍勢は楊駿の邸宅に向かい、四方から取り囲んだ。
楊駿は怖れて邸内に籠もり、孟観は軍士に命じて火をかけさせる。愕いた楊駿は
ついに楊駿とその弟の楊珧たちもあわせて捕らえられた。
「吾は兄を諌めていたが、兄は聞き入れなかった。それで官職を捨てて閑居しているのだ。
軍士たちを前に楊珧はそう叫んだものの、聞き入れられるはずもない。ただ、朝臣には楊珧、楊濟に同情する者が多かった。
「子の
そう言って二人の助命を願う者もいたが、賈后は己を怨む者を野に放つことを懼れ、ついに楊濟も獄に繋いだ。
※
これより以前、楊濟も兄の専権をたびたび諌めたものの納れられず、
楊濟は平生より義を重んじて施しを好んだため、多くの者が喜んでその用をなした。朝廷より身を退いていたが、久しく壮士を養ってその数は四百人を越え、すべて関西の精鋭たちであった。楊濟が官職を辞した後、彼らは軍に留まることを願わず、それぞれの生業をもって洛陽に暮らしていた。
朝廷より楊濟を獄に繋ぐ命が下ったと聞くや、彼らは方々より集まって申し出る。
「吾らが身を捨てて城外に救い出します。落ち着いてから身の潔白を弁じられるのがよろしいでしょう」
楊濟はそれを聞いて
「理としては、宮中に入って弁じるべきであろう」
その言に従って朝廷に出頭しようと邸宅を出たところ、捕縛に向かった兵士たちに捕らえられ、楊珧とともに賈后に害された。このことを聞いて
※
その余の楊駿の親党、張劭、段廣などの十餘家はことごとく族滅され、左将軍の楊邈、
▼楊駿の党与の官職については、先に述べたとおり、左将軍と右将軍は楊駿の将軍府の左右の軍勢を率いる軍号と考えられる。河南尹は洛陽周辺の行政長官、中書令は詔勅の起草に関わり、宰相に相当する。「東尉」は『後傳』では「東夷尉」、『晋書』では「東夷校尉」となっており、後者に従う。尚書令も宰相に相当するが、こちらは行政に関わる。
楊太后は後宮で賈后を罵って言った。
「かつて、先帝は敢えてお前を太子妃に
「晋家の天下の半ばは吾が父(
賈后と楊太后は互いに
※
賈后はついに楊駿を誅殺し、楊皇后を罵って後宮に入ったものの、この一事を怨みに思う者の存在を懼れ、孟観と董猛を召し出して言った。
「楊太后はいまだ西宮にあり、妾を深く怨んでおる。その親族の
「今や大権はことごとく陛下の手中にあります。詔を宣して董猛に命じ、太后を
▼金墉城は魏の明帝が宮城の西北に城塁として築いた。もっぱら貴人を幽閉する際に使われた。
賈后は孟観に命じて詔書を起草させ、董猛を西宮に遣わした。
「召しもせぬのに、なにゆえ参ったか」
楊太后が問うも、董猛は詔を奉じて言う。
「楊氏一門は
「妾に罪過はなく、しかも、子が母を廃するなど許されることではない。お前はすみやかにここを出て行け。妾は聖上にお会いして申し上げねばならぬことがある」
董猛は太后の剣幕を畏れて引き返し、賈后に
楊太后が晋帝に謁見すればどうなるか測りがたい。賈后は孟観と董猛に命じて
それを知った晋帝が西宮に向かうと、すでに宮は封鎖されて太后は門外の車輿の内にあり、晋帝の車と行き会った。晋帝が車を留めると太后は
賈后は自ら西宮に向かった。周囲の軍士を叱りつけて太后を再び
「太后は楊駿に聖上を害させようといたしました。それにも関わらず、彼の者を甚だしく
賈后がそう言い放つと、晋帝は怒りに任せて太后に酷な仕打ちをせぬかと懼れ、それより太后の処遇を口にしなくなったことであった。
▼まめ知識:第四十四回終了時点での皇室関係者
帝室
皇帝:司馬衷
皇后:賈南風
太后:✕楊芷
太子:司馬遹
執政:✕楊駿
→ 司馬亮・衛瓘・張華・賈南風
八王
汝南王:司馬亮
楚 王:司馬瑋
趙 王:司馬倫
斉 王:司馬冏
長沙王:司馬乂
河間王:司馬顒
成都王:司馬穎
東海王:司馬越
その他親王
瑯琊王:司馬睿
梁 王:司馬肜
南陽王:司馬模
呉 王:司馬晏
淮南王:司馬允
范陽王:司馬虓
東瀛公:司馬騰
東安王:司馬繇
新野公:司馬歆
予章郡王:司馬熾
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