第二十三回 諸葛宣于は徐光と別る

 それより以前、徐光じょこう宣于せんうの八卦占いが霊妙であると耳にし、家に招いて古今の歴史と世の盛衰を論じた。その理は一条たりとも生煮えのところがなく、腑に落ちぬことがない。

 実のところ、この宣于という者は、蜀の統軍とうぐんとして緜竹めんちくに戦死した諸葛瞻しょかつせんの末子であり、姓名を諸葛宣于しょかつせんう、字を修之しゅうしという。蜀の知名の士であり、かねて胸中には武庫のごとく政戦両略を蔵し、祖父にあたる諸葛孔明しょかつこうめいの秘伝を得た良将の器であった。それゆえ、徐光もその非凡を覚ったのである。

 その後、馬謖ばしょくの子の馬寧ばねい胡延こえん姓を名乗る三兄弟とともに家に迎え入れ、交友を結んで親しんでいた。家人が怪しんでも、徐光は泰然として意に介さない。

「お前たちが知るところではない。彼らを観るに、みな将軍宰相の器量を備えておる。いずれは世に頭角を現すこととなろう」

 周囲の者たちが迂遠なこととわらったところで、徐光は気にも留めず厚遇をつづけた。


 ※


 ある日、人々が羌族きょうぞくの土地で叛乱が起こり、官府が英勇の士を召募しているといい、それを聞いた徐光は家に帰ると、その子を呼んで語った。

「吾が家の客人たちは揃ってその素性を明かさないが、その様子を観るに、必ずや蜀漢の遺臣であろう。吾はこれより客人の許に行き、そのことを探ってみようと思う」

 そう言うと、徐光は宣于たちの許へ顔を出した。

「今、氐羌ていきょうの前部の齊萬年せいばんねんという者が、北部の帥である郝元度かくげんどと結んで叛乱を起こしたと、官府より文書が回ってきました。本郡でも兵を募って秦州の危急を救おうとしているようです。諸兄は文武の才に富むのですから、ここで栄達を図られては如何ですかな。林泉の中で年老いるよりよほど意義がありましょう」

 宣于は笑って応じない。徐光も重ねては口にせず、黙ってその場を後にした。宣于は徐光を見送ると、魏氏の三兄弟、馬寧たちと郊外の人がいない場所に行って議論した。

「天下には同姓の者も多く、必ずしも同一人と言い切れません。劉氏、関氏、張氏の生存者がいれば、勇猛であるとはいえ齊萬年が独りで復讐の兵を挙げるとは思えません」

 馬寧が口火を切り、それぞれが意見を述べる中、唐突に一人の男が現れた。

 目深に被った笠で顔を隠した男は、一言も発さず五人の許に近づく。五人も言葉を切ると、立ち上がって男を避けようとする。

「魏家の旦那に馬家の長男ではないか。こんなところで何をしている。吾はお前たちの背後に潜んですべて聞いていたんだぞ」

 男はそう言い、五人は顔色を失う。しかし、笠を取った男をよくよく見れば、廖化りょうかの子の廖全である。五人は喜んで久闊きゅうかつじょすると廖全に問いかけた。

「この数年どこにおられたのか。様子だけは日に焼けてすこし痩せ、鬚が伸びたようですが」

 劉淵りゅうえん楊龍ようりゅうたちと難を避けて蜀から逃れた経緯、それに馬蘭ばらん盧水ろすいが蜀漢の縁故の者である仔細を語り終えると、廖全は笑って言う。

「齊萬年が挙兵して張氏、黄氏、趙氏の遺児も陣営に加わった。しかし、まだ消息が分からない遺臣の裔も多い。それゆえ、この数年は劉皇子(劉淵)の命を受けて各地を探し歩いておった。諸兄に出会えた喜びで、ここ数年の苦労も報われたようだ」

▼指摘により「齊萬年が挙兵して関氏、張氏、黄氏、趙氏の遺児も陣営に加わった。」と述べる原文から、まだ劉淵に合流していない関氏を省いた。

 五人打ち揃って柳林川に向かうべく、旅装を整えると徐光に拝謝して別れを告げた。

「諸兄の面に喜色が溢れているのは、これより長い旅に向かうためでしょう。そう急がず、酒を整えて餞別の宴を張るのをお待ち下さい。それから馬を走らせても遅くはありません。先ほど、心にもなく募兵に応じられるように勧めたのは、まさにこのためです。齊萬年が叛乱したとあれば、その首謀者は蜀漢の旧主であるはず。いずれ諸兄が大業を成し遂げる際には、吾も一臂いっぴの力をお貸しいたしましょう。同じく泰平を願う者であれば、隠し事など無用のことです」

 徐光がそう言うと、宣于たちは愕いて言った。

「公の慧眼には万里の遠くもお見通しなのですね」

 すぐに酒肴が運ばれ、五人は歓飲を尽くした後に旅立つこととなった。旅立ちに際して徐光は馬を贈り、それより数日で涇陽けいようまで到った。


 ※


 州境では逃げ出す民が荷を満載した荷車を引いて陸続と道についている。廖全は逃げる民に理由を尋ねた。

「羌族が叛乱して秦州の守将を殺し、次に涇陽を攻撃しようとしているんでさ。ここから五十里(約28km)ほど行ったところに羌族の軍営があるらしいですぜ」

 一同はさらに進んでほどなく軍営に到った。廖全が案内に立って齊萬年に引き合わせ、久闊を叙すると蜀漢の滅亡より多年にわたる悲喜こもごもを語り合う。

 翌日には宣于たちを柳林川りゅうりんせんに送り出し、劉淵も大いに喜んでその到着を出迎えた。

 諸葛宣于を首座に張、趙、黄、魏、馬、楊をはじめとする勲家の序列が定まると、劉淵の子の劉和りゅうわが父に代わって盃を薦めて宣于が賜わる。それより序列に従って柳林川に居並ぶ諸家の者たちに同じく盃が薦められた。

 このようにして、蜀漢の遺臣たちは方々より来たり会して龍が水を得たかのごとく、蜀漢を再興する軍勢はいよいよその兵威を増したことであった

▼秦州は長安の西にあたり、州治は上卦じょうけい、一方、涇陽は涇水けいすいの北、つまり長安ちょうあんの北にあたる。よって、諸葛宣于たちが上卦よりもさらに西の酒泉から涇陽に向かう場合、酒泉から黄河を渡って高平こうへいに入り、涇水を下る行程を通ったと推測される。

▼まめ知識:第二十三回までの蜀漢の遺臣たちの所在は以下のとおり

 第一集団 成都城の西門から突破、漢中から安定を経て柳林川へ到着

  劉璩りゅうきょ:劉禅の末子、後に劉淵、字は元海と改名

  劉聰りゅうそう:字は玄明、劉璩の長子、姜維に従っていたが所在不明、後段で登場

  劉曜りゅうよう:劉備の子の北地王の劉諶が劉璩に託した幼児

  劉宣りゅうせん:劉備の養子である劉封の長子、劉劉の兄だがすぐ現れなくなる

  劉伯根りゅうはくこん:字は立本、後段より登場、劉宣と同一人物の疑惑あり

  劉霊りゅうれい:字は子通、劉封の次子で劉宣の弟

  齊萬年せいばんねん:字は永齢、劉備の子の梁王劉理の梁王府の新衛兵を率いていた

  廖全りょうぜん:廖化の子

  喬晞きょうき:劉淵の募兵に応じた羌族

  喬昕きょうきん:喬晞に同じ


 第二集団 酒泉地方から第一集団に合流

  張賓ちょうひん:字は孟孫、張飛の子の張苞の長子、妾腹の子

  張實ちょうじつ:字は仲孫、張賓の次弟、嫡出子

  張敬ちょうけい:字は季孫、張賓の三弟、嫡出子

  趙染ちょうせん:字は文翰、趙雲の子の趙統の長子

  趙概ちょうがい:字は文勝、趙染の次弟

  趙藩ちょうはん:字は文皋、おそらく趙染の三弟

  黄臣こうしん:字は良卿、黄忠の子の黄叙の長子

  黄命こうめい:字は錫卿、黄忠の子の黄叙の次子


 第三集団 酒泉地方から第一集団に合流

  諸葛宣于しょかつせんう:字は修之、諸葛亮の子の諸葛瞻の末子

  胡延晏こえんあん:字は伯寧、魏姓より改姓、字から推測すると魏延の長子

  胡延攸こえんゆう:字は叔達、魏姓より改姓、同じく魏延の三子

  胡延顥こえんこう:字は季淳、魏姓より改姓、同じく魏延の末子

  馬寧ばねい:馬謖の子



 第四集団 馬邑縣に滞在

  王彌おうび:字は飛豹、北地将軍の王平の子

  王如おうじょ:王彌の弟

  関防かんぼう:字は継雄、関羽の子の関興の子

  関謹かんきん:字は継武、関防の弟

  李珪りけい:李厳の孫、李豊の子

  李瓚りさん:李珪の弟

  樊榮はんえい:李珪の母方の従父弟


  第五集団 馬邑縣に在来、第四集団と接触

  孔萇こうちょう:字は世魯、曹操に殺された孔融の子

  桃豹とうひょう:字は露化、武威の義侠、孔萇の義兄弟

  桃虎とうこ:桃豹の弟

  桃彪とうひょう:桃豹の弟

  靳準きんじゅん:西胡出身の宿屋の主人

  靳術きんじゅつ:靳準の弟

  刁膺ちょうよう:馬邑縣の捕兵総管

 

 第六集団 安定から第一集団に合流

  劉和りゅうわ:劉璩の次子

  楊龍ようりゅう:楊儀の子

  楊興寶ようこうほう:字は國珍、後段より登場

  胡芳こほう:胡遵の子

  胡文盛こぶんせい:胡芳の甥


 第七集団 長安北方の河套地方に蟠居、第一集団と接触

  郝元度かくげんど:字は中立、北部の主帥

  兀哈台ごつはだい:郝元度の部下

  馬蘭ばらん:字は国香、馬鉄の孫、馮翊羌の撫帥

  張瀘ちょうろ:字は盧水、張翼の孫、字で呼ばれる。北地羌の撫帥

  突兀海牙とつごつかいが:郝元度の部下、後段より登場


 第八集団 黒莽坂の山賊、第二集団と接触

  虁安きあん:碧眼彪と号する無頼漢

  曹嶷そうぎょく:司馬懿に滅ぼされた曹爽の一族、虁安の義兄弟


 第九集団 第八集団との接触の際に第二集団と逸れて逃亡中

  趙勒ちょうろく:名は朸とも書く、趙概の末弟

  汲桑きゅうそう:字は民徳、趙統の征西将軍府に仕える牧馬師


 第十集団 酒泉地方、第二集団と接触

  王伏都おうふくと:黒莽坂に近い村落の庄主


 第十一集団 棲鳳崗、第二集団と接触するも残留

  陳元達ちんげんたつ:字は長宏、匈奴後部の人、世を避けて隠遁する

  

 第十二集団 酒泉地方、第三集団と接触するも残留

  徐光じょこう:字は普明、酒泉に在来、諸葛宣于たちを受け入れた

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