第十三回 齊萬年は郝元度に與す
そこで劉淵は、羌族が自分たちを受け容れて味方するか、拒んで敵対するか、その心底を探るべく劉伯根と
二人は羌族の土地に入り、その地の者たちに尋ねたところ、
その品は中国の礼物であったために兀哈台は心中大いに喜び、劉伯根と廖全を伴って
劉伯根は郝元度に
「
その言葉を聞くと、郝元度に喜色が浮かんだ。
「貴殿らは蜀漢という大国の縁者、さらに漢家の忠良の臣とあれば、他人行儀な拝礼は無用のことだ。吾の治める地に来られたからには、何も心配されることはない。安心して長旅に疲れた体を休められるがよい」
そう言うと、兀哈台に命じて劉淵の一行を迎えさせ、帥府にて会見した。劉淵の一同が床に頭を打ちつける
「貴殿らは大国の臣僚であり、かつては貴顕の職にあった身、吾が祖父もまた蜀漢の臣であった。奇縁により羌族の主帥となったが、貴殿らの拝礼を受けるような身ではない。今後の相見に際して頓首は無用、
郝元度は劉淵一行の様子を見るにつけ、いずれも容貌は秀でて豪気は人を凌ぐものがある。とりわけ、
郝元度はその姿を目にして姓名を問い、劉淵が代わって答える。
「これなるは某の従弟である
齊萬年の様子を見るにつけ、英雄豪傑であることは疑いなく、その居住まいは将帥の材、兵卒で終わるような人間では決してない。劉淵が語を継ぐ。
「齊萬年は武芸を好んで八十斤(約48kg)の大刀を軽々と遣い、騎乗して山を登ってもさながら平地を行くかのよう、百歩から離れた的を射抜き、飛ぶ鳥を狙って
「この豪傑にしてそれほどの武芸、実に貴殿の言葉とおりであれば、古の弓の名人である
齊萬年の武芸に興を起こした郝元度の申し入れを劉淵は快諾する。
「話は決まった。
使者は飛ぶように駆けて馬蘭、盧水の二人にその旨を伝えた。二人は訝って言う。
「吾らとの会合は日時が定められておる。急な呼び出しがあるとは何事が
「昨日、吾が大王は新たに
使者がそのように言うと、馬蘭、盧水はともに笑って言う。
「
※
翌日には寧平崗で郝元度と落ち合い、劉淵たち一行と会見して互いに拝礼を交わす。劉淵は二人のため、鮮やかさで知られる蜀の錦、それに
「あなたは蜀漢の臣僚と聞く。吾は蜀漢の旧臣である
馬蘭がそう言うと、盧水もまた言う。
「吾も
「三大人の言われるとおり、先朝の仇を報じることができれば、漢朝二十四代の皇帝の
劉淵がそう答礼すると、それぞれ宴席に着いて酒盃が
「一行の容貌を観るに、齊萬年のみならず、揃って
二人が耳打ちすると、郝元度も言う。
「これほどの容貌であれば、内にもさぞかし才を備えていよう。それゆえ、武芸を試した上で軍旅の事を委ねれば、晋兵を防いで戦うにも都合がよい」
その言葉を聞いて盧水も頷き、思いついたように口を開く。
「吾らは永らく辺境におり、羌族の戦に慣れて中華の妙技に久しく接しておらぬ。齊萬年には労をかけるが、明日は
「臣の非才を高く買って頂きましたが、所詮は国を保って民を救えもせず、この地に逃れついて大王の厚恩に浴する身です。深恩を受けた以上、理においてはご下命に応じるべきところですが、拙い武芸を
齊萬年が謙辞を述べて辞退しようとすると、郝元度も傍から勧める。
「将軍の英雄武略は容貌からも窺い知れるというもの、謙遜には及ばぬ」
「ご命令を受けたからには、明日を待つには及びません。刀馬弓箭をお借し頂ければ、只今御覧に入れましょう」
齊萬年はそう言って立ち上がった。
「それならば、
郝元度はそう言うと、鞍と手綱を取り寄せて手渡した。さてどのような馬が来るかと思えば、馬背の高さは八尺(約2.5m)ばかり、頭から尾までの長さは一丈(約3.1m)にも及び、漆黒の
馬を引き渡されて
「某はつねに八十二斤(約49kg)の大刀を遣っておりましたが、旅の身であれば大刀を提げていては身軽に走れぬと思い、友人に預けております。ここで遣うにも得物がありません。大王の麾下で大刀を遣う方がいれば、その刀をお借りしたい。回刀の法を試してみたいと思います」
馬蘭がそれを聞いて言う。
「吾が軍営に一振りの大刀がある。吾が先祖が遣ったという刀でその重さは六十斤(約36kg)、いまだに遣い手が現れぬ。この大刀を取り寄せればよかろう」
それを聞いた郝元度は大刀を取り寄せるべく騎兵を遣わし、一同に言う。
「これから大刀を取りに行ったのでは、今日中に武芸を披露いただくのは無理というもの、今日のところは諸君とふたたび酒盃を交わし、武芸の披露は明日に繰り延べとしよう」
その日は宴飲して歓楽を尽くし、宴が果てるとそれぞれの軍営に戻っていった。
※
ここで、三人の来歴を明かにしておこう。
郝元度は字を
魏が北部の兵に
先の北部の主帥が死んだ時、その跡を継ぐに相応しい者が見当たらず、衆人は郝元度を推して北部の主帥としたのである。
その北部の治下に
盧水は実は漢中の老将である
▼『
祖父が
馬蘭は字を
馬氏は歴世にわたる西涼の豪族であってその一族は多く、集落は
蜀が滅んだ後、魏は
▼『三國志』馬超傳では
その後、郝元度、盧水、馬蘭の三部はそれぞれ数万の兵を擁して晋に降った。
晋の北部の太守はその降伏を疑い、「郝元度は一旦は降伏すると言ったものの異心を抱いており、兵を加えて滅ぼすべきである」と上奏した。晋の朝廷は郝元度に使者を遣わして異心なきか問うた。郝元度は懼れて馬蘭、盧水と兵をあわせ、長安の東北にあたる
郡太守の
北地と馮翊の失陥は朝廷に聞こえ、雍州刺史の
この頃、晋帝は政事に倦み、辺境の備えを疎かにして守兵を撤した誤りを知るがゆえ、征討を主張することはなく、郝元度を封じて諸郡の総帥、
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