第十四回 蜀漢の客は騎射の法を演ず

 翌日、劉淵りゅうえんの一行は早朝よりそれぞれに食事を摂った後、乗馬を引いて講武場に出た。馬蘭ばらんの軍営に六十斤(約36kg)の大刀を取りに向かった者は帰らず、みなはその帰還を待つ。

 その時、劉霊りゅうれいは傍らに竿さお代わりに軍旗をかけられている長矛ちょうぼうを見つけた。長矛は指揮台の前に立てられている。試しに手にしてみれば、重さも手ごろで扱いやすい。

 一同を顧みて言った。

「大刀がまだ来ていないので、いささか盧撫帥ろぶすい盧水ろすい)の馬を借り、それがしが鎗を演じて御覧に入れようかと思いますが、いかがでしょうか」

「軽口を叩くな。お目汚しであろうが」

 劉伯根りゅうはくこんが叱りつけるも、馬蘭は興趣をそそられたらしく焚きつける。

「大漢の将帥の血筋とあれば、必ずや只者ではあるまい。是非とも拝見したい」

 馬蘭の言葉を合図に劉霊は矛から旗を取り去り、馬に跳び乗るや場中を駆けて鎗を舞わすこと三番、鎗法を一通り終えると馬蘭の弓矢を借りて馬を駆け、一駆けの間に六矢を放っていずれも的の中央を射抜く。

 劉霊が馬を下りると、劉伯根と廖全りょうぜんがつづいて演武をおこない、三部の軍士はその武芸に愕きの声を挙げた。

「鎗はともかく、弓矢ならば引けをとるまい。三石さんこく(約215kg)の弓を引けば面子も立つ」

▼一石は四鈞よんきん、一鈞は三十斤なので百二十斤となる。三石は三百六十斤、明代では約215kgに相当する。

 そう考えた劉淵も進み出て言う。

「某は武に秀でてはおりませんが、勁弓けいきゅうをお借りして数矢を放ち、御恩に報じさせて頂きたい」

 それを聞いた馬蘭が弓を渡したものの、劉淵が引くと中ほどよりへし折れる。つづけて三つの弓をまとめて引けば、三つとも同じく折れてしまう。軍士たちは再び愕きの声を挙げた。

 とりわけ強そうな弓を執って馬に乗り、馬上より左右に二矢を放てば、いずれも的の中央を射抜く。郝元度かくげんど、盧水、馬蘭の三帥はその技量に敬服し、軍士たちも賞賛の声を挙げた。


 ※


 その時、二騎が馬蘭の軍営より駆け戻り、六十斤(約36kg)の大刀を齊萬年せいばんねんに手渡す。

 大刀を受け取ると、齊萬年は馬上の人となった。乗る馬は月支げっし悍馬かんば、久しく誰も乗らなかったがゆえに、その力は猛烈で蹄を一時も止めていない。慣らしてからでなくては刀法を誤ることもあろうと思い、手綱を締めて教場に乗り出した。

 場中を巡ること三周、ようやく馬の勢いにも慣れ、見物の三帥が居並ぶ指揮台に向けて馬を馳せる。指揮台に近づくや、六十斤の大刀を抜き放って廻らせた。

 その刃は飛ぶがごとく、三帥の眼前に大刀を閃かせたと思いきや、次に見ればすでに遥か彼方に馬を走らせる。見る者たちは愕き、肝を喪わない者がない。

 馬を駆って場中を廻り、その身より電光を発するかのように大刀を振るう。寸毫すんごうの誤りもなく東西南北にそれぞれ一度、馬を飛ばして刀を廻らせ、上下に三たびりつければ、羌兵きょうへいたちは賞賛の声を挙げて足踏みをし、地面を震わせる。

「妄りに刀を廻らせて刀法を崩してしまいました。願わくば、不手際を責められませぬようお願いいたします」

 齊萬年は刀を納めると、馬を指揮台の前に寄せて礼を述べた。郝元度がそれに応じる。

「齊将軍の妙技はまさしく言葉に違わず、名は虚しく伝わらないと思い知らされた。ただ、この羌族の地では、刀鎗より弓馬の技を重視する。願わくは、将軍の射法を披露して頂きたい」

「弓射は武人の嗜み、どうして披露しない筈がありましょう。強弓ごうきゅう勁箭けいせんを一式お借りしたい」

 官人が進み出て一張ひとはりの勁弓を齊萬年に与える。齊萬年が手に執って引けば、弓は二つに引き折れた。

 官人が慌てて新しい強弓を手渡すも、引いた端から二つに折れる。

「強弓を持って来いと命じたにも関わらず、なぜお前は無用の弓を持って来るのか」

 郝元度が怒って官人を叱りつける。

「これは選び抜いた強弓、それでも齊将軍の肘の力に堪え切れず、引き折れてしまうのです。もともと、これらは強力の者が使う弓、普通の者は引くこともできません」

 官人がそう言うと、馬蘭も頷いて言う。

「たしかに弓の問題ではありません。私の許に匈奴の左部帥さぶすいから叔父(馬超ばちょう)に贈られた一張の鉄胎弓てつたいきゅうがあります。叔父の没後は引く者もおりませんが、軍中に置いて威武を示し、北土の者たちはその弓で吾らを畏れています。この弓を齊将軍に試みさせるのがよろしいでしょう。もしも引くことができれば、射術を極めてはおらずとも、大将たるに足ります」

▼「鉄胎弓」は合成弓の牛角の代わりに鉄を用いたものと考えるのがよい。明代に使われた「鉄胎銀」が鉄のなかごを銀で包んだものを言うことから推測される。

 馬蘭の軍中より錦袋きんたいに収められた弓が運ばれると、齊萬年は手をかけて二、三回ほどつる打ちする。満足そうに笑って言った。

「実によい弓です。もう少しつよければ言うことがないのですが」

 馬上で場中を一駆けするや、弓を張って狙いを合わせ、弓弦ゆんづるの音とともに矢が的の中心を射抜く。瞬く間に六矢を放ち、いずれも流星のように的を射抜き、矢筈やはずはすべて中心に集まって外れがない。

 軍士たちはその神業に愕き、喚声が雷鳴のように響いた。

「この程度では奇となすに足りぬ。一つ戯れに芸をつかまつろう」

 そう叫ぶや、身を翻して的に背を向ける。百五十歩(約233m)も離れたところから矢を放つと、三矢が一斉に的を射抜いた。郝元度たちは驚倒し、まさに神技と感じ入る。

▼距離単位としての一歩は明代では五尺に相当、一尺が31.1cmであるため、一歩は約1.55mに相当する。

 その後は狩猟となり、一矢で三羽のおおとりを射落とし、旗竿が倒れそうになると矢で旗を射切る。さまざまの妙技を尽くし、全軍がその武勇に服したことであった。

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