第十一回 関防と王彌は靳準の店にて大いに闘う
しかし、関防は先に出かけた三人とは別に鳥を射に出かけようと思い直し、弓矢を取りに店に戻った。店に入ると、
「この
「これはこの店の最上のお酒でございます。これ以上の品はこの店にはございません」
孔萇が酔い狂って因縁をつけ、店の者は平身低頭の
関防はそれを見ると怒りを抑えられず、店の者を
「お前はこの人が物事の道理を知らないと侮り、理が通らないことをしている。喰うなら喰え、飲むなら飲め、飲み食いしないならさっさと帰れ。妄りに人を打ち、打ち所を誤って殺したとして、お前はその命を償えるとでも言うのか」
「俺が店の者を叱ってお前に何の関わりがある。しゃしゃり出てくるな」
関防の言葉に応じたのは孔萇ではなく桃豹だった。関防は退かずに言い返す。
「泰平の世にあって悪行を働いた上、叱責されれば吾が事を荒立てたように言う。何様のつもりで誰に物を言っているのだ」
言い返された桃豹は怒りを発し、手元の酒壷を投げつけた。関防は踏み込み、拳を桃豹の胸に叩き込むふりをする。関防を侮って拳を避けようとした桃豹は出足を払われて倒れ込む。
「吾らにこれだけのことをするとは、いい度胸だ」
孔萇はそう言うと、椅子の脚を引き抜いて関防を打ち倒そうと進み出る。騒ぎを聞いた王彌が駆けつけ、孔萇の手を押さえて仲裁に入った。
「
「お前も打たれたくなければ、この手を放せ」
孔萇は王彌の仲裁にも耳を貸さない。
孔萇と桃豹が倒されたのを見ると、弟の
※
離れにいた関謹と李珪も手に棒を持って駆けつけ、敵味方が入り混じっての大乱闘、店の中は騒然として食器も甕壷も当たるを幸い打ち破り、何がどうなったか分からない。
怒声と棍棒を打ち合わせる音が響き、靳準が駆けつけて仲裁しようとするも、聞き入れる者など誰もいない。店を突き破って表通りに出てもなお打ち合いがつづき、沿道には見物の人々が集まる。
中には仲裁に入ろうとする者もあり、孔萇に加勢しようとする者もあり、そこに鳥撃ちに出ていた王如、李瓚、樊英が駆け戻って叫ぶ。
「この店に泊まっているのは当代の義士、争うのであればそれなりの理由があろう。双方ともまずは争いを止めよ。見物の者どもも徒党をなして異郷からの客を欺くようなことをするな。この地に官府がないわけでもあるまい、誰かさっさと役人を連れて来い。衆を恃んで小勢と事を構えるような見苦しいことをするな」
その大喝を受けて数人の見物人が縣庁に走った。
縣令の
刁膺も武芸に秀で、盗賊の
※
官兵が来たと聞くと、騒ぎを起こしていた者たちも二手に分かれて争いを止める。
調べたところ、孔萇の郎党たち十数人のうち怪我をした者が五、六人、王彌たち四人は頭や面に少々の傷があるものの、怪我というほどの怪我はない。王如たち三人は騒ぎに加わらず、官兵を呼んだのも彼らだという。
刁膺は孔萇の郎党に怪我人が多いのを見ると、軍士に命じて王彌たち四人を捕らえるよう命じた。しかし、四人を取り押さえようと多勢でかかっても、その身を動かすことさえできない。
刁膺が怒って叱りつける。
「お前たちはこの期に及んでも恐れ入らないのか。人を傷つけた以上、縣庁にて審議して罪を定め、その裁量に従うのが当然であろう。軍士たちにできないのであれば、吾が自らお前たちに
すると、樊英が進み出て言う。
「総管の手を煩わせるまでもなく、縣庁での審議はもとより吾らの望むところです。これよりともに縣庁に向かいましょう。鎖や首枷を加えるまでもありません」
傍らで刁膺と樊英の遣り取りを聞いていた孔萇は、彼らの聡明さと
刁膺に近づくと声をひそめて言う。
「総管、彼らを縣庁に連れて行くのはしばらくご容赦願いたい。彼らと吾は騒ぎを起こしたものの、発端は言葉の行き違い、さらに、彼らが何者であるかも知らず、
刁膺は王彌、関防たちを容易に捕らえられないと察していたので、その申し出に便乗することにした。温情によりこの場を見逃す旨を述べ、また、双方に二度と騒ぎを起こさないように訓戒すると、軍士を率いて縣庁に戻っていった。
※
刁膺がその場を去った後、孔萇は靳準の肘を取ると顔を寄せて言う。
「酒後の狂態で騒ぎを起こして貴店を打ち壊してしまったのは、吾が弟の誤りであった。一切を吾に
言い終わると、郎党を引き連れ去っていった。残った王彌たちも店に入って靳準に詫びる。
「私が先に申し上げていたのはこのことを思ってのことでした。元々、彼らは酒癖がよくない。しかし、義気には富んでいます。先ほどみなさんが英雄であると知って甚だ敬意を持ち、それゆえに理の曲直を問わずにこの場を去ったのです。今回のことは、私の誤りが原因です。あなた方には何の
靳準はそう言って関防たちを慰めたものの、離れに戻ると関防が言う。
「吾らは旅の身、先ほどは一時の不平で騒ぎを起こしてしまった。幸い無事に収まったものの、誰が何を考えているか分からない。もう一度同じような騒ぎが起これば、難儀するのは他ならぬ靳準、速やかに退散するのが上策だろう」
それを聞くと、樊英が一番に賛成し、反対する者は誰もいない。深夜に起き出して腹ごしらえをし、夜明けには靳準に別れの挨拶をした。
靳準は一行の
「孔萇があなたがたと騒ぎを起こしたとはいえ、遺恨がないことは昨日お話したとおり、どうしてこれほど急に出発なさるのです。これまで十分な
言葉を尽くして引き止めたが、関防たちには聞き入れる風もない。やむなく承知して出発を見送った。その後、一行が泊まった離れを片付けに入ると、宿代と礼状を見つけた。その文章は才俊にして文雅に富み、文辞には
靳準はその文章を読み、しばし
※
そうとは知らぬ孔萇は、家に戻ると王彌たち四人の勇力を褒め称え、桃豹とともに翌朝早くから
店に着くと小僧が出迎えて、関防たちは
「お引き止めしたのですが、夜明けには北に向かって出発されました」
靳準の言葉を聞くと、孔萇は馬を引き出してその
「
▼「小弟」は年少者が
関防は孔萇の
孔萇が数歩を隔てて拝礼すると、関防も慌てて答礼して言う。
「昨日は互いに
「責は吾が弟の桃豹が
孔萇は重ねて謝るとさらに問うた。
「諸賢はどこの出身で姓名を何と言われるのか。また、どこに向かわれるのか」
「吾らは
その言葉を聞いて孔萇は勧める。
「仇家を避けて旧知の人を探されるとあれば、一朝一夕には求められますまい。あてもなく探し回ったとしても、徒労に終わる
その言葉には実が籠もっており、他意があるとも思えない。そこで、六人を呼んで孔萇に引き合わせたが、その言動は慇懃で敬意に溢れている。
しばらくすると桃豹たちも追いつき、それぞれに進み出て昨日のことを詫びる。王彌たちもまたそれぞれに詫びを入れ、喜んだ桃豹は持参した酒肴を進めようとしたが、孔萇がそれを止めて言う。
「このような野原は深い話をするに相応しい場ではない」
ついに一同は孔萇の家に戻って宴席を設け、その席で関防たちがそれぞれに姓名と由来を語ると、孔萇たちは起ち上がって拝礼する。
「諸賢が
それより孔萇と桃氏の三兄弟は関防たち七人を深く尊重し、年齢の上下に従って互いに兄弟と呼ぶようになった。その後、日がな孔萇の家で談論して兵法を論じ、
家を出れば武芸射猟の訓練に時を費やす一方、孔萇は
◆
▼まめ知識:第十一回までの蜀漢の遺臣たちの所在は以下のとおり
第一集団 成都城の西門から突破、漢中から安定方面へ
第二集団 成都城の南門(『後伝』による)から突破、漢中から酒泉方面へ
第三集団 成都にとどまった後、諸葛宣于は酒泉に行き、四人も到着
第四集団 成都の南門から突破、馬邑縣へ
第五集団 馬邑縣に在来、第四集団と接触
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