6月16日 1981年の謎の解明

大村敦


 投開票日の翌日放課後、私は古城さんを連れて職員室と校長室へ表敬訪問した。

 職員室では教頭の日暮先生が少々不機嫌そうではあったが、他の先生方は古城さんに対して穏当な接し方をしていた。

 宮本先生は古城さんに制服の件は学校側との対話も必要な事だからと釘を刺されていたけど、彼女が立候補届を出した際の敵対的な姿勢から見れば、今回の選挙運動を見て考えを変えられたのだなと分かる。それよりも激しい話になったのは校長先生との対話だった。


 校長室に入ると校長の斎藤先生に応接セットに座るように勧められた。この場は古城さんと校長先生と私の3人だけになった。

 斎藤先生が和やかに言った。

「まずは当選おめでとう。古城さん」

「ありがとうございます。制服の追加についての生徒アンケート結果の写しを持ってきました。生徒の大勢は賛成票を投じてくれました」

古城さんはそういうと書類が入った大型封筒を斎藤先生に渡した。

斎藤先生は封筒から書類を取りだして見ながら言った。

「その件は岡本先生と小川先生、宮本先生から報告を受けました」

「校長先生には前向きな検討に協力頂けると思っているのですが」

「ほう?何故、古城さんはそんな事があり得ると思うんですか?話は聞きますが、そこから先は内容次第ですよ」

「校長先生は初任地はこの学校だと中央高新聞で読みました。校長先生がおられた時に今の制服への変更が行われてますよね」

「また古い事を調べてきましたね、古城さん」

「実は1981年6月当選の鳴海寛さんと電話で話をしました。今、名前が安達さんに変わっていて新聞社系出版社の週刊誌編集長をされてます」

「ほう。彼は元気にしてましたか?」

「はい。お忙しそうでした。ほんの少しだけしかお話しできなかったのですが、制服変更の提案については自分だけの発想ではないような事を言われました」

「私は最初の中央高勤務の最後の年で彼とも知り合いでしたが、本校の生徒自治会の歴史上最大の成果でしょうに。彼は何を言わんとしているか分かりませんが、もっと彼自身の功績だと誇ってくれていいと思うのですけどね」

「斎藤先生は公民科を教えられていて、生徒自治会の顧問もされていたとは記事で読みました」

「いかにも。1982年3月までは本校で公民を教えていて、部活動顧問は生徒自治会の担当でしたが、それだけです。制服の変更は鳴海くんが提案して成し遂げた事です」

「鳴海先輩は自分が人形遣いのつもりだったと言われました。そしてそれよりも一枚上手の人形遣いがいたとも言われたんです。そしてヒントは『せいけい』だと言われました。これって政治経済、つまり政経の事ですよね。公民科の科目の一つです」

 私は息を吸い込むと続けた。

「経緯は中央高新聞を読み返しても分かりませんでした。ただ鳴海先輩は自分が操られたという確信は持っていてその人形遣いを校長先生だというヒントと一緒に学校が得した事もあるからねと言われました

 大元は鳴海先輩だったんだろうと思います。でも途中から学校がそれに賛同したように見せかけた上で主導権を奪おうとした。学校と鳴海先輩の発想は同床異夢だったんじゃないですか?

鳴海先輩たちは生徒自治の象徴として変えたかったと仮定すると、学校側は制服の着崩しをさせないように、管理教育の強化として制服を変えたかったんじゃないですか。

そう考えた時、校長先生の役割はその学校の意思の実行だったのでは?って思ったのです」

「まるで見てきたように言いますねえ。それは告発ですか?」

「いいえ。先生が多分両方の意図を取り持ったんだろうと思っています。でないと鳴海先輩の代の卒業時の制服の買取して補修して廉価販売するという今の取り組みなんて学校側の狙いだけなら始まったと思えないですから」

古城さんは笑顔で言った。

「だから校長先生は今回も骨を折って頂けるんじゃないかって思ったんです」


 校長先生は苦笑した。

「古城さん。大まかな所は合ってます。ただ私はこの学校が変わるのが嫌だったのですよ。私の母校でもありますからね」

「えっ?中央高新聞にはそんな経歴は出てませんが」

私も驚いた。そして流石の古城さんでも驚く事はあるのだな。

「まあ、母校と言っても親の仕事の関係で1年で転校していて言わなきゃ気付かれない話ですから。転校先は当時では普通の学校でしたから。いい思い出は中央高1年生の間の事ばかりになってましてね。この学校の自由な気風と伝統は好きだったのですよ。

 ところが数年ぶりに教師として戻ってきてみたら学校側は管理教育の強化に動いていた。そして数年後、80年前後の制服の変更の動きがそのピークでした。安達くん、つまり当時の鳴海くんは学校側が管理教育の手段として制服を変えようとした事に主導権争いをして抵抗していた訳です」

「新聞では安達先輩が先に提案したように読めましたが表向きの話なんですね?」

「そうです。告示日前に私が彼にそう言って立候補をそそのかしました。これ自体は学校の方針として私が手先になって動いた事です。彼はそれを良しとせず、立候補してから制服の変更について学校のくびきから外れて別の意味合いを持たせようと動いてました。

 そんな中で私が学校側を出し抜きました。自由の気風の象徴として変更する動きがあると全国紙地方支局や地元紙にそれとなく情報をふれて回ったのです。結果として取材が入って前向きな制服の一新という事で結構取り上げられましたよ。そしてその事がこの学校の校風を変える圧力を押しとどめる効果を生みました。

 ただ、そのおかげで私はその年度が終わった時に異動になりましたけどね。証拠は捕まれませんでしたがどこかで当時の校長先生か教頭先生に疑われていたようです。それから人口の少ない地域の高校ばかりでしたが、最後の最後にここへ戻れるとは。教育委員会はこんな昔の事はわすれたんでしょうな。

 鳴海くんが私の方が操っていたように言うのは、あくまでも私は学校側に立っていて別に彼と話し合ってそうした訳じゃなかったからです。ただ彼は私の指導から察してくれてはいたみたいですね」


 あっけにとられた。まさか、そんな話があるとは想像もしてなかった。


「まあ、古城さんの提案は私の中にある中央高の姿に近付く話なので協力しますが、素直に従ったように見えると教頭先生とか教育委員会がうるさいので、私の振り付けには少し付き合って下さい」


 僅かな情報から全貌の一端を掴んできた古城ミフユ次期会長は笑顔で答えた。

「もちろんです。校長先生」

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