第6章 投開票日とその後

6月15日 投開票日1:松平桜子「そんな理由だったの?」

吉良小夜子


 清々しい朝。目覚まし時計を見たら5時だったけどスッと目が覚めた。今日は朝のHRで投票でもう選挙運動はない。そして放課後に開票作業が行われる。やれる事はやった。制服追加案への支持は流石に古城さん陣営の度肝をぬく事が出来たし、昨日朝は先手を取れた。あとはなるようになれだ。

 そう思ったらスッキリした。ベッドを出て洗面台に行ったら、大学のレポートで徹夜したらしい姉と出くわした。

「あんた、もう起きたの」

「目が覚めちゃった」

「今日があんたの審判の日だったっけ?」

「えー。何よ、それ」

「キリスト教とかそういう世界の終わりの日があるのよ。史学の先生が言ってたわ」

「そういう日じゃないけど投開票日なんだ」

「ふーん。そのわりにスッキリしているね。何か得るところあったのなら勝とうが負けようがいいよね。ただ勝った方がもっとうれしいだろうけど」

「そりゃ、そうだけど。やるべき事が見えたからいいよ。どっちでも」

「真面目が取り柄な小夜ちゃんがねえ。変わったね。ま、頑張りな」

「お姉ちゃん、徹夜でレポートって言ったけどできたの?」

「……勘が良いねえ。小夜ちゃん。そういうウィークポイント突くのは止めなさい」


古城ミフユ


 夜明け前に一度目が覚めた。目覚まし時計を見たらまだ5時前じゃんと思いつつカーテンを開いた。北東の地平線から朱色から水色、そして青黒い空が広がっていた。しばらく窓を見ていたらウトウトしたけど結局5時にはベッドを出た。シャワーを浴びて制服を着るとキッチンに行き朝食の準備をした。ミアキにはミルクが大事って思ったらほとんど空。あの子ねえ、夜にも飲んだな。空いたら言うなりホワイトボードに書いておけって言っているのに。スマフォとお財布を持つと玄関へ向かった。ちょうどお父さんが起きてきた。

「ん?もう出かけるのかい?」

「ミルクが切れてたからコンビニで買ってこようかなって。ミアキ、どんどん飲むの良いけど空けたら言えって感じ」

「育ち盛りだからなあ。ミフユだってあの子ぐらいの頃はお母さんがぼやいて」

「あー。お父さん。娘の過去を掘り起こすのは止めて。じゃあ、ちょっと行ってくる。あ、今日は私が朝食を作るから何もしないでいいよ」

苦笑するお父さんに見送られて家を出た。


 徒歩5分ほどのところにあるコンビニで牛乳を買うと駆け足で家に戻った。折角だからミルクを使ってフレンチトーストにしちゃえって思いついたのだ。卵を割って解いてミルクと砂糖を加えてバゲットを切って浸した。

熱々を食べて欲しいのでミアキを叩き起こした。

「ミアキ、フレンチトーストを焼くからさっさと顔洗ってダイニングに来なよ」

「え、フレンチトースト!すぐ、行くからお姉ちゃん。私の分は取らないで」

あんたの分を家族の誰が奪うっていうのよ。もう。想定がいろいろおかしいわと思うと笑ってしまった。

 ダイニングに戻るとお母さんも起きてきてコーヒーを淹れていた。お父さんはフルーツ・サラダを作ってくれていた。

「今、ミアキは起こした。フレンチトースト作ってるから」

お母さんが私が朝、早かったらしい事から察して聞いてきた。

「落ち着かない?」

「そりゃあねえ。こんな事初めてだし」

「良い経験じゃない。高校生で人の集団を動かすって知る機会そんなないからね。それに良い友達に恵まれていると思うわ」

「みんなにはとっても感謝している。私の思いつきに過ぎない話なのに」

「それは少し違うかな。ミフユの発案だったとしても、それがみんなに広がった時にはみんなの考えにもなっている。だから賛同してくれる人たちの考えも反対する人たちの考えもよく聞いて、少数意見でも取り入れられる事は取り入れていく。そうやってよりよい考え方にしていく事が大事だと思う」

たまにお母さんは私の理解を越えている事を言い出す。

「わからないけど、分かった。また考えていくようにする」

「じゃ、ミフユのフレンチトースト焼いてくれる?」

「俺のも忘れず頼むよ、ミフユ」とお父さん。

そこにミアキもパタパタとダイニングに飛び込んできた。

「フレンチトースト、フレンチトースト、私のも焼いて!」

「ちょっと待ってね、三人とも。どんどん焼くから」


三重陽子


 6時過ぎに起きた。いつもの通り。案外私は今日のような日でも変わりなく過ごせるみたい。高校の受験の時も、合格発表の日もこんな感じだったと思う。

 もし今日負けたとしても制服の件は吉良陣営も受け入れた事なので交渉していかなきゃという次の目標が生まれていた

 うちは家事当番制になっている。パパもママも仕事をしている。小さな頃は二人の事務所に連れて行かれてそこで遊んでいた。そんな環境だったから二人どちらか手が空いた方が家事をやるというのは当たり前になっていた。当然私も今じゃ当番を引き受けている。

 今日は冬ちゃんを勝たせたいという気持ちはあるから私にしては珍しく縁起担ぎ。朝食にカツサンドを作った。昨夜帰ってくるときにスーパーで1枚出来合いのものを買っておいて冷凍しておいたのだ。

 脂っこいのはいい歳になってきた両親に申し訳ないのでウースターソースに液体だしを合わせて薄めたものにトンカツをくぐらせて油を落としてからアルミホイルに包んでトースターで加熱したものをトーストした食パンに挟んで出した。あとはさっぱりと和風ドレッシングのサラダ。これは昨夜のパパの作った残り物を流用。ホットティーを淹れた。

「今日は朝からカツサンド?ああ、今日が学校の投開票日なのか」とパパ。

「油分は少なくなるように手は加えているから胃にもたれないかなって」

ママはじっとカツサンドを見て、

「こういう供応が公職選挙法の買収に当るかって結構面倒だったのよね」

「ママ、娘に対して真顔で言う台詞と思えないんだけど」

「冗談よ、冗談。選挙とか聞くとつい昔の仕事を連想しちゃうのよね」

ママも娘が一大事だと思っているような日でもわりと普通に接してくれる。私があまり慌てないのはそういうママに似たのかも知れない。


松平桜子まつだいらおうこ


 つい、今日の朝早く学校に来てしまった。正門前で加美さんとばったり出会った。

「おはようございます。松平先輩」

「おはよう。加美さん」

「選挙運動も終わったのに早いですね。先輩」

「つい昨日までの感じで起きちゃって。家にいたって仕方ないから早めに出ただけ。加美さんは?」

「同じ理由です。落ち着かないからさっさと登校しました」

一緒に中央校舎の1階の下駄箱コーナーへ向かった。気になっている事を一つ聞いた。

「加美さん。古城さんが文化祭の2日間案に飛びつくってどこで決めたの?」

「討論会の申し入れがあったから何か新提案があるのだろうなと予想して内容を聞いて古城先輩がその場で決断する事を決めていただけです。こちらから意見をサインで送る話もしてましたが使う機会なかったですね」

「そんな理由だったの?」

「そういう理由です。でも吉良先輩の昨日の反撃には本当に驚きました」

「そっちのやった事の応用だけど、吉良さんが制服の事でどうあるべきかってちょっと考えが変わったとは思う。あの子の生真面目さじゃバリエーションなんてこの選挙戦前だったらあり得なかったから」

「みんな驚いたんですけど味方が増えるのは歓迎です。まずは今日の昼休みと放課後はよろしくお願いします」

「想像外の展開ね」

「それはこちらの台詞だと思います。松平先輩」

中央校舎2階に出た。私は連絡通路を通って北校舎2階の2年生の教室へ行く。1年生は中央校舎3階なのでここで加美さんと別れた。

「じゃあ、またお昼休みに」

「はい」


日向肇


 朝のHRで投票になった。俺は推薦人だったので選挙管理委員にはなっていない。B組では地図ちゃんこと木曽千鶴子さんが代わりに選任されていた。投票箱は割と小さい。

 木曽さんが教壇に立つと先頭から投票用紙が回ってきた。

「これから生徒自治会長選挙の投票を行います。最初の投票希望する人は挙手して下さい」

最初に投票する人(希望者から厳正なるジャンケンで選ばれた)が投票箱の中身を確認。そして木曽さんが施錠して確認者が署名すると順番に投票用紙を入れて行った。10分もかからないあっけない作業という感じはある。

 木曽さんが投票箱を持っていく前にみんなに声がけした。担任の吉川先生は良い顔していないが、曲がりなりにも生徒自治会の後援事業なので気にせず言う。

「今日のお昼休み12時45分からと放課後15時40分から17時まで候補者両陣営共同の制服追加意見調査の投票をやります。中庭に投票所を設けるので帰る前に投票をお願いします」

選挙結果は大村会長が率いる選挙管理委員会で今日の夕方の開票で分かる。ある意味お任せだ。それよりも制服追加意見調査投票の方が今や大事かも知れない。

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