6月13日 討論会2:吉良小夜子「桜子ちゃん。いいから。ここは私が言う」

加美洋子(承前)


 古城先輩と入れ替わって吉良先輩が壇上に立った。


「2年A組の吉良です。今日は会場に足を運んでくれた皆さん、そして放送委員会の中継に耳を傾けてくれている皆さんの貴重な時間を頂いてありがとうございます。大事な話をするつもりです。是非15日の投票の参考にしてくれたらと思います。

 学食改革ですが、今の学生食堂のメニューはヘルシーさに欠いていると思います。この見直しを運営会社に提案していく場を設けられたら。そう考えています。


 二点目は生徒のボランティア活動の支援です。高校生に対する社会の厳しい目とその若さに期待する声も出ています。私達生徒のボランティア活動を支援する組織を生徒自治会で設けて積極的に社会参加する。そういう取り組みを始めたいと思っています。


 三点目は文化祭ですが、クラス展示などの内容について高校生らしい文化祭になるように規制を設けるべきだと考えています。これは私が会長になった際は会計委員会とも協議して生徒自治会規則の改正を含めて検討したいと考えています。


 さて、今回私は新しい公約を一つ提案します。来年の文化祭の開催期日を2日間に延長する事を学校に提案、交渉します。

本校の文化祭は地域にも溶け込んでいて地元住民の方も多く見に来て頂いています。このような場を土曜日の1日だけというのは私が提案している奉仕の精神にも合いません。

今期は無理だと思いますが、来期については試験的にでも2日間開催を学校に受け入れてもらいたい。そういう風に考えています。私が当選したらこの提案実現に向けて学校と話し合いを重ねていく覚悟があります。是非、私を生徒自治会長に選んで頂きますようお願い致します」


 古城先輩が質問を発した。

「学食についてですが、既に運営会社に意見を聞いたり調べたりされているのでしょうか?」

「先ほど申し上げた通りこれからです」

「では今のところ具体性はないという事ですね?分かりました」

 古城先輩、この件だけは許せなかったらしい。吉良先輩は何か反論を言いたそうだったけど黙っていた。


「ボランティア活動の支援ですが、新組織は生徒自治会内委員会で考えていますか。それとも特別委員会かクラブでしょうか?」


 生徒自治会内委員会だと委員長と委員の人選を会長が責任を負う事になる。特別委員会やクラブであればその委員長・部長が独自で対応すれば良い事になる。どちらを取るかで大きく意味合いは変わってくる。


「その点もこれからです」

「分かりました。私はやるならクラブとしてやったらいいとは思ってますが、誰がこの活動をリードするのでしょうか。クラブにしろ委員会にしろ会長が直接当ってしまうと他の仕事の対応が出来なくなると思うんですが」

「新会長が積極的に関係していきますが、副会長や監査委員にも協力は仰ぎます」

古城先輩はこの問題もここで敢えて打ち切った。


 そして古城先輩は最後に仕掛けた。

「吉良さんの新公約、文化祭2日間開催交渉の提案は素晴らしいと思います。私も全く異論がありません。私も当選した暁には会期延長を学校に交渉していく事を約束します」


 古城先輩が相手の新公約に躊躇なく取り付いた。果敢な判断。何の遠慮もない。

それは吉良先輩の陣営を激怒させた。


「ちょっと、古城さん。それはないんじゃないの?」

そう言って立ち上がったのは向かい側にいた松平先輩だった。吉良先輩が首を横に振って止めた。

桜子おうこちゃん、ここは私が言うから」

松平先輩は怒っていたけど、吉良さんの言葉で引き下がった。

吉良さんは古城さんを見つめると穏やかに言った。

「古城さん。あなたはそこまでして勝ちたいんですか?」


 古城先輩はゆっくりと立ち上がって聴衆の方を見回して最後に吉良さんの方を見た。

「私は制服の見直しのためには生徒自治会長になるのが早道だって思ったから立候補しました。もし会長に選ばれたら、自分が目標とした事だけじゃなくて、みんなにとっての不条理、不合理な事を減らすという事にも注力したいとも思っています。

 そういうみんなの代表として考えたら、吉良さんが今言った提案は文化部だと展示期間が短くて1日で撤去はもったいないといった声を救済する事になります。

 吉良さんが当選したらこの件は応援するし、私が当選したときは吉良さんにもこの件とか他にも合意してくれるところがあったら助けて欲しいと思っています。私の考え方、おかしいかな?」


 吉良さんはついに首を縦にも横にも振らなかった。1分ほどして時間切れとなって大村会長が終了を宣言した。

こうして波乱に満ちた討論会は終わった。


秋山菜乃佳


 私は姫岡くんに話しかけた。

「これ、討論自体は古城さんが勝ったよね?」

姫岡くんは頷いた。

「秋山さんの見方でいいかな。ただあと1日あるけど、あちらの戦意が気になる」

私にもそれは分かる。バレーボールでもつい気を抜いて勝利が手からスルッと滑り堕ちる事はある。それは嫌だ。

「気合い入れていかなきゃね」


日向肇


「陽子ちゃん。あいつ、あんなに器大きかったっけ?」

「最後に一歩引いた視点で今回の選挙の全景見せちゃったから。吉良さんが動転したんだと思うけど。まだ1日あるから」

「うーん。これで逃げ切れたら楽でいいんだけどな」

「普通は大丈夫だと思うし、こちらは制服改革に向けてどの程度票を奪うか考えるべき所だとは思うんだけど。向こうの二人はそんな素直に負けを認めるかなあ。そういうのはむしろ冬ちゃんの方があっさり引いて別の算段を考えそうだし」


宮本丈治


 職員室で放送を聞いていた。古城の奴は何を考えている?と思ったが、結局のところ、文化祭2日間開催については新会長が言い出せば学校側は応じるかどうか検討するしかない。そういう条件でしかないと多分あの場で見切られたんだろうと判断した。

日暮教頭がこっちへ来てくれと合図してきた。席を立つと会議室へ行った。

「宮本先生。もう手はないんですか?あれで勝ったんじゃなかったんですか?」

「向こうが一枚上手でした。あの提案なら取り付けるってあの場で古城が見切ったんでしょう。甘く見たつもりはないですが、結果から言えば、吉良や松平の生真面目さでは対抗できる相手じゃなかったし、水野程度の悪では足りない。あの子達は実力以上によくやってくれましたよ。流石にもう無理でしょう。

だから、もうこれ以上は何もしない方がいい。古城が筆頭副会長になる。11月には会長で決まりです。ここから先はもう校長先生に指示を仰ぐしかないと思いますが」

「分かった。もう頼まん」

 そういうと日暮教頭は先に部屋を出て行った。日暮先生に何か出来る事があるとは思えない。放課後には諦めて斎藤校長に報告に行くだろうな。


古城ミフユ


 放課後。中央校舎2階の3年生のフロアを回ってみた。女子の先輩たちが頑張ってねと声を掛けてきてくれた。素直に「ありがとうございます」と返事をした。3年生の様子はやはり計りにくいなあと思ったら、男子生徒がぶつかってきた。

「ごめんなさい」

「よそ見すんな!」

渡先輩だった。わざとぶつかるように通ってきた。よっぽど気に入らない展開になっているらしい。


 北校舎3階の物理化学準備室に行くと部屋は靜かだった。

「3年生の教室のあたり回ってきたら、何人か女子の先輩が寄ってきて頑張れって言ってくれた。どの程度状況が変わったか分からないけど不利って事はないと思う」

 秋山さんが言う。

「今日の討論会の盛り上がりなら質問とか来るかなって思ったけどねえ。あ、C組は吉良さんを応援しようよって声もない事はないけど多分私達の方への投票の方が上回ると思ったから」

「D組も同様かな。悪くてイーブンだと思う。今朝はそんな事なかったのにね。何人か制服追加構想は質問してきたから説明はしている。手応えはある」と姫岡くん。

 この二人は立候補者とその推薦人のかたわれと一緒のクラス、つまり敵地で頑張ってくれていたから実感は正確だと思う。

加美さんが遅れて準備室へやって来た。

「1年のクラス回って様子聞いてきましたが、古城先輩に入れるって子が増えてますね」

 肇くんが今聞いた内容をメモして大雑把な計算をしてくれた。

「1年生130、2年生120、3年生100ぐらいかな。350/600ってところだ」

「積み増し、欲しいけど昼休みの討論会がどの程度効くか次第かなあ」

とは陽子ちゃん。制服交渉の事を考えてくれての事だった。

 私は立ち上がると言った。

「制服構想についてどう交渉するか考えてみたいから、みんなも頭貸してくれるかな」

正直、私はこの時、吉良さんの事を舐めていたと思う。


松平桜子まつだいらおうこ


 私が小夜子と古城さんの間に割って入る事で余計な事をした。そう思った。

小夜子は毅然としていた。でも古城さんが突き付けてきた何故出馬するのかという意義を問いかけてきた時、彼女の事を誤解していた事に気付いた。

 そして、その一方で私達が撤退されるのは彼女にとっては困るのでどこか加減されていた事も感じた。いい生徒自治会にするためには最後まで一緒に踊り続けて、あなただってそういうつもりで立候補してるんでしょ?

暗にそう言われた訳だ。

 放課後、選挙事務所にしている中央校舎の空き教室へ行った。先に小夜子が来ていた。

「小夜子、ごめん。私があそこで何か言う必要はなかった」

小夜子は私を抱きしめてくれた。

桜子おうこちゃんがいてくれたから、ここまで来たんだよ。まだ1日ある。古城さん、生徒自治会をよくしたいならちゃんと最後までついてこいって言ってると思う。あの子にそんな事を言わせっぱなしにはさせない。戦いはこれからだ、って思うけど。厳しいよね。でもあと1日だけ、私を助けて。お願い」

「うん。小夜子を一人っきりなんかしない。やれるところまでやろうよ。古城のやつギャフンと言わせなきゃ」


吉良小夜子


 そこで引き戸が開いた。

「お嬢様方。俺もちょっとむかついてるから最後まで付き合うわ」

水野くんだった。松平さんが少し険のある言い方でツッコミを入れた。

「どうせ、あんたは打算だったんじゃないの?」

「否定はしないけど、どうやら切って捨てられたかなって感じなんだよな。副会長か監査委員になれたら俺のターンを掴む機会になるかなって思っていたけどね。二人がやる気がなくなっていたらどうでもいいやって思ったけど、そうでもないみたいだから最後まで付き合う」

そして1年生の麻野くんもやって来た。

「あれ、先輩達。明日、どうするか決めませんか?加美さん暴れるの眺めているだけって嫌なので。吉良先輩、明日朝予鈴前に1年生の教室一緒に回ってくれませんか?」

 泣いてなんかいられない.私は吉良小夜子なんだから。ただ倒れたりはしない。古城さん達を慌てさせてやる。

「そうね。あっちが抱き着いてきたんだからやりかえそうか?

ちょっと、考えを変えたい事があるからみんなの意見を教えて」

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