6月12日 1981年度生徒自治会長:安達寛「後輩のよしみで今回だけ見逃す」

三重陽子


 お昼のチャイムが鳴った。教室を飛び出すと中央校舎の渡り廊下へ向かった。冬ちゃんを含めた選挙チームが揃うと頷いて3年の教室へ向かった。もう討ち入りの心境かな。


「生徒自治会長選挙立候補者の古城ミフユです。明日のお昼休み、体育館で吉良さんと討論会を放送委員会の中継もありますけど是非聞きに来て下さい。質問などあればいつでも声を掛けて下さい。また投票日前日まで放課後は北校舎3階の物理化学準備室にいますからいらっしゃって下さい。よろしくお願いします。以上、ありがとうございました」

って感じで回っていった。3年生はやっぱり総じて反応は鈍いのは仕方ないか。自分たちへの恩恵は期待しにくいものなあ。と思っていたら、あるクラスでは女子の先輩が近付いてきた。

「古城さん。ポロシャツとスラックスはいいなあって思ってるから頑張ってね。それだけ言いたかったから。応援してる」

「ありがとうございます」

この人達の為にもポロシャツ追加だけでも前倒しできたらいいんだけど。


加美洋子


 3年生の教室を回ると先輩達に1年生の教室へ来てもらった。1年生の各クラスでは私に状況を教えてくれる仲間を作っていた。運動員登録はない。単なる私の知り合いに過ぎないからだ。選挙運動をやるようになって古城さんが当選したらいいなあって思う子達でメッセなど通じて様子を教えてくれるようになっていた。今回はその子達が古城さんに直接質問できる機会になるようにもしていた。そしてそれを見た他の生徒への波及も期待はしている。

「古城先輩。制服の件はとっても素敵です。うちの制服は嫌いじゃないけど夏は暑いのにちょっとって思っていたので。応援してますから頑張って下さい」といって握手を求める1年生。握手して元気よく手を振る古城先輩。

「ありがとうね。私も頑張るから助けてくれるとうれしい。よろしくね」

「はい!」


 こうやってみていると古城先輩って人たらしの才能あるなあって思う。同じ方向性の人で良かった。ああいう人が私の信念に反する考えの持ち主だったら多分敵対陣営側に行っていたかな。


古城ミフユ


 昼休みの間に1年E組までなんとか回れた。加美さん、友達にはあまり話が長くしないでね、したかったら放課後来たらいいからさって事前に言っていたらしい。彼女の視点では私と1年生が話を出来る、聞いてもらえるのだというのを改めて見てもらう意義を重視していたみたいだけど、実際聞いていく事は大事だ。この気持ちは忘れたらダメね。


 放課後、物理化学準備室にすぐ向かった。他の子たちが来る前に電話したいところがあった。

 部屋に入ると隣の教室の方に行った。ここならみんなが来てもそんなに音は入らないから落ち着いて電話できる。そして調べておいた電話番号をスマフォに入れて「発信」ボタンを押した。発信音が2回ほど鳴ってつながった。受付の人に週刊誌編集長の安達さんに取り次いで欲しいと頼んだ。

「どういったご用件でしょうか」

「安達先輩、安達さんの出身校である県立中央高等学校の生徒です。安達さんの在学中の出来事で少しお話をさせてもらえたらと」

「新聞部か何かですか?」

答えるのにちょっと躊躇した。

「……はい。新聞委員会の記者です」

「在席中か確認しますので少しお待ち下さい」

電話から保留音のメロディが流れた。待ちながらどう話をするか考えたけど何も思いつかないな。

「はい。安達です」

なんと当人がすんなり出てくれた。

「私は県立中央高等学校2年の古城と申します。実は少し話を伺いたい事があって電話させて頂きました」

「よく分かったね。俺が中央高出身だって。名前だって変わってるのに」

「先輩のお名前は中央高新聞のバックナンバーを読んで知りました。そして市の中央図書館のデータベースサービスで3年前に記事が出ているのを見つけました」

「今時の高校生記者だとそういう調査スキルあるんだね。で、いったいどういう用かな?」

「まず1つお詫びさせて下さい。私は新聞委員会ではなく今度ある生徒自治会長選挙の立候補者です。学校の制服を変えられた時の話で知りたい事があって電話させてもらいました。取り次いでもらうのに嘘をいって申し訳ありません」

「うーん。そういうのは良くないと思うよ。切られたって文句は言えない」

「はい。先輩の言われるとおりだと思います」

「後輩のよしみで今回だけ見逃す。さ、話を続けて。悪いけど次の予定までそんなに時間がないんだ」

「ありがとうございます。制服を今のブレザーに変更する提案をされたのは安達先輩だと中央高新聞で読みました。実は今、私も制服の見直し、というか追加を公約していて一部の先生はいい顔してません。安達先輩の時、学校側は反対しなかったように見えるのですが何故ですか?当時だったら頭ごなしに怒られるような印象も受けるんですけど」

「そうだね。普通そう思うような時代だったと思うよ。私の場合は人形遣いがいた。私が人形遣いのつもりだったところもあるけど、向こうが上手だったような感じはある。あとこれがきっかけで学校側も得した事はあるからね。私より彼を探して話を聞くべきだと思うよ。ヒントは『せいけい』だ」

 『せいけい』って何の事?と一瞬思った。受話器が向こう側の小さな声を拾った。安達先輩の近くにいる人から何か言われているらしい。

「ん?もうそんな時間か……古城さん、悪いけど次の予定の時間になってしまったから」

「いえ。安達先輩。貴重なお時間を割いて頂きありがとうございました」

そう言い終わると同時ぐらいに電話が切れた。

 安達先輩、旧姓鳴海先輩から謎の問いかけが残されてしまった。どうやら今のブレザー制服にも何やら秘密はあるらしい。


「ミフユ先輩、隣ですか?クラスの子が先輩に質問したいっていうから連れてきました」

加美さんが準備室の方へやって来た。この事は一旦頭から追い出した。

「加美さん、そっちいくから」

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