6月 9日 余波3:秋山菜乃佳「学生食堂の『おっちゃん』は困惑してたわ」

三重陽子


 放課後、北校舎3階の『事務所』にみんなすぐやってきた。


 まず秋山さんから学生食堂の『おっちゃん』から聞いた話の報告があった。

「……って訳で学生食堂の『おっちゃん』は困惑してたわ」

肇くんが1つだけ突っ込んだ。

「なあ、秋山。俺も少し調べたけど、県のサイトに出ている入札結果の書類見たら多分おまえが『おっちゃん』って呼んでる人、社長だから」

「えっ」

『事務所』は笑い声に包まれた。

「とは言え、その社長が話聞いてないって分かったのは大収穫。やっぱり話がそもそも通るわけないって思っている奴が適当な絵図書いてるな」


 冬ちゃんが言った。

「この話、難しいところは学生食堂の人を巻き込むのはあんまり得策と言えない所かな。もし学校側が仕掛けてるなら『黙って話を合わせろ』でしょ。そういう形になったら食堂の人を巻き込んでの論戦は不利だよね」

「確かに。まずいな」


 加美さんがここで物騒な事を言い出した。

「尋問戦術をやれれば潰せますね。公開討論会を開くことが出来ればその場で具体性について探る質問ぶつけていけばいいんです。事実関係だけなら食堂の『おっちゃん』も嘘は言えない事だと言えば済むだけですから。問題は公開討論会は立候補者全員の合意がないと出来ないことです」

私が中間結果をまとめた。

「向こうが乗るとは思いにくいわね」


姫岡秀幸


 政見放送の影響について検討が始まった。2年生については僕たちは現状すぐ数字は動かないだろうとの判断をしていたが、加美さんは違った。

「2年生はイーブンぐらいだと思ったほうがいいです」

鷹のような鋭い眼でみんなを見渡した。

「大勢がひっくりかえるような大きな変動は起きてないとは思います。古城先輩が穏当な事を考えていると知って、多くの人は納得しただろうし運動部の人たちも少しはこちらに鞍替えしたかも。ただ制服については表には出てきていませんがもっと過激な願望を持つ急進派っていると思うのです。彼らにとっては決して満足する内容じゃないです」


 この子が言いたいことは分かったつもりだけど、秋山さんがちょっと困惑しているので確認の質問を入れた。

「加美さん。指摘は分かったつもりだけどそういう急進派に接近した方がいいって訳じゃないよね?」

「はい。あの人達は発想的には生真面目な吉良さんにシンパシーは持ってますから、追うだけ無駄ですしほっとけば表に出てくる事もないと思います。2年生で必要な事は最低でもイーブンに持ち込む事。あと3年生では大負けしないことです。そこから上は上手くいけばいい、無理な後追いはしない事は大事です」


 秋山さんがちょっと怒った感じで聞いた。

「それだと1年は加美で絶対勝つって事?」

加美さんは首を横に振った。

「いえ。1年もイーブン落着死守が最低ラインというのは変わりません。目標130のつもりではやってますし、現状110ぐらいはあるとは思ってます。今日は放送後に古城先輩と教室を回って質問を受けたりしたので少し上乗せ出来ましたし。これは1年生が制服改革の利益を一番受けられる立場にあるから、その点を加味した判断なんです。

先輩達にお願いしている2年生でイーブンって話は死守してくださいねって話です。負けるなというのが最低条件だという話なのでとても厳しいと思います。3年生では負ける事もありえると思いますし。

大勝ちを狙って特定の課題について票に媚びるような事を考えだしたら最後譲歩につぐ譲歩で制服の件だって押し流されるでしょう。そういう事にならないようにするためには1,2年では負けないで僅差で確実に勝つという発想で充分です。あとは3年で大負けさえしなきゃ、私たちは勝てます」


「加美さん、分かった。私も姫岡も少しでも吉良さんの優勢覆すようにがんばるわ」

うわっ。秋山さん、俺をいつの間にか巻き込んで答えてるし。とはいえ僕と秋山さんのクラスはもろ「敵地」なので僅差勝負に持ち込むにはクラス内大負けの現状を少しでも取り戻す必要があるのだ。


 秋山さんが古城さんに状況を聞いた。

「ミフユ、A組はどんな塩梅?1年A組の子は味方してくれてるよね?」

「うん。運動部も1年A組の子が入れるからさって言ってくれてるよ。イーブンぐらいにはなってきたけど、他のクラスから来た子は松平さんの応援傾向はあるね。そういう子たちにも公約説明していくつもり」

こんな会議をやっていたら、思わぬ来客がやってきた。


松平桜子まつだいらおうこ


 私はドアをノックした。

「はーい。どうぞ」

 古城さんの声が聞こえたのでドアを開けて中へ入った。私の他に水野くんと生徒自治会長の大村先輩が一緒だった。一瞬にして空気が凍り静けさが部屋を満たした。敵対陣営の幹部と選挙管理委員会の元締めたる生徒自治会長が来たんだから仕方ないか。


「古城さん。提案があって来ました。選挙に関わる事なので大村先輩にも同行してもらってます」

 物理化学準備室の机の椅子に座るように勧められたので3人で座った。

正面には古城さん、三重陽子さん、日向肇くん、秋山菜乃佳さんが所狭しと座った。


「狭いからさ、姫岡は立ってな」

 秋山さんの対応がひどい。姫岡秀幸くんは苦笑しながら窓際で立っていた加美洋子さんの横に移動した。


 私は息を吸い込むと古城さんに向けて話した。

「古城さん、吉良陣営は公開討論会の開催を選挙管理委員会に申し入れしました」

 大村先輩が話を続けた。

「選挙管理委員会としては古城さんに開催に応じる意思があるか確認する必要があったので同行した。選挙規則では公開演説会は立候補者全員の合意を必要としています。選挙管理委員会では公開演説会の日程自体は毎年設定していて、放送委員会によるライブ校内放送も行う用意は出来ている」


 加美さんが質問した。

「大村先輩。いつ開催で日程を取ってるのですか?」

「6月13日火曜日の昼休みだ。申し訳ないけど立候補者の二人は昼抜きになると思う」


 私は古城さんの表情に注目した。彼女は全く動じなかった。

「形式についてはどうなりますか?」

「くじ引きで勝った方が先攻か後攻か選ぶ。5分間改めて公約などの主張を伝えてもらい、その後で討論10分やって交代だね。だから放送時間は30分になるよ。会場は体育館。直接会場で聞くのもOKだ」

「分かりました。ちょっと一度席を外して頂けますか?」

「じゃあ、廊下で待ってるよ」

私たち3人は部屋を出てドアを閉めた。


 何故この提案のために敵地に乗り込んだのか。事の起こりは水野くんの唐突な提案だった。

「文化祭の2日間開催について学校側に聞いてみたら新執行部から正式提案があれば来年の試行を認めるって言われた。この事は伏せて『学校と交渉して勝ち取る』と言えばいい」

 どうやら水野くんは吉良さんにも私にも相談せずに学校側に働きかけていたらしい。どこまで本当やらとは吉良さんも口には出さないけど疑っていた。私は確信していたけど、悪い話ではないので目をつぶった。文化部は準備に時間がかかるのに1日は短いと不満の声はずっとあった。

 この提案をどう生かすか。正面切って吉良さんが古城さんに勝負を挑んでその結果をもって投票に入るようにするしかない。となると残されたカードはもう公開討論会しかなかった。

「吉良さん、私と水野で選管に行ってくる。多分そのまま古城の選挙事務所に行って話す事になるけど任せてくれない?」


 数分後にドアが開いて姫岡くんが顔を出して左右を見た。

「いた、いた。みなさん。結果出たので入ってください」

再び席に着くと古城さんが言った。

「お待たせしました。公開討論会、お受けします。そこでお互いの公約の長所、短所をはっきりさせてから投票日を迎えるのはいい事だと思いますから」

「分かった。それでは13日12時45分に体育館の演壇に集合で頼む」

大村先輩は公開討論会の実施要項を古城さんと私に1部ずつ渡すと部屋を出て行った。

「古城さん。受けてくれてありがとう」

 私はそのお礼だけ伝えて水野を連れて部屋を出て自陣『事務所』へと戻った。吉良さんに結果を伝えて対策を考えなきゃ。


加美洋子


 私は念のためドアを開けて外に誰もいないか確認した。変質的だなって思うけど、もしこれで盗み聞きとかされても間抜け過ぎて目覚めが悪い。


 私は姫岡先輩の隣の席に座りながら推測を話した。

「何か学校から具体的な譲歩提案でも受けてるんじゃないですか。新たな目玉政策ぶつけてミフユ先輩を潰す気ですよ」


 日向先輩が追従してきた。

「俺も加美さんの言うことに一票。政見放送、向こうは思った以上にマイナスで受け取ってそうだね」


 陽子先輩はさらりと私も対策として思いついていることを口にした。

「じゃあ、それに取り付いちゃえばいいんじゃない?」

「それはありだな。向こうの仕掛けはそれで無力化出来る。いい政策はうちでも取り入れる事自体に問題はない」


 古城先輩は危惧を口にした。

「とは言え何を仕掛けてくるか分からないのは問題かな。咄嗟判断で取り憑けるようなマイルドな内容ならいいけどさ」


 私はその点はあまり心配はしなくていいだろうと伝えた。

「古城先輩。多分ですけどある種の過激さはあっても取り憑けないようなものじゃないと思います。古城先輩の判断でその場でえいやって決めて下さい。よっぽど酷い案でなければ軌道修正は出来ますから」

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