6月 1日 告示日3:日暮一矢「誰か2年生で適任者はいませんか」

岡本敏浩おかもとひでひろ


 今年は2年A組の担任を担当した。日向くんがB組にクラス替えになったのは惜しかったが松平さんがE組から来てまとめ役を買って出ていたので任せて様子を見ていた。それにしても去年後半大活躍の古城さんがまた大人しくなったように見えたが本当にそうなのか。ちょっと不思議に思いながらの2ヶ月が過ぎた。


 今日の職員室は表面上は静かながら水面下では騒然としていた。生徒自治会長選挙の告示日にしたってそこまで学校側が気にする事か?と思ったりもしたが、どうも昨年担任した日向くんが立候補者の擁立側、推薦人として絡んでいると聞いて「んー。まさかな」という予感が頭をよぎったが、結局その直感の方が合っていた。


 放課後、生活指導の宮本先生が大慌てで戻ってきて教頭先生に何かを訴えてすぐ校長室へと向かった。そして校内放送でうちのクラスの変わり者筆頭の古城さんが生徒自治会長の大村くんの名前と一緒に呼ばれた。流石に何事かと思った。


 すぐ大村くんと古城さん、そして日向くんと三重さんの4人が職員室前の廊下にやって来た。待ち受けていた宮本先生は何か話をしたかと思うと大村くんと古城さんと校長室へと入っていった。これで流石に話の流れは分かった。

 日向くんと三重さんが推薦する立候補者って古城さんだったのだな。宮本先生が古城さんと日向くん、三重さんとの交友関係を質問してきた訳だ。帰宅部である事より大事な事が出てきたんだろうな。


 日向くんの理屈は筋金入りだし古城さんは頑固な所がある。三重さんは授業で担当はしてないので詳しくはないが、日向くんとの付き合いについて小川先生と情報交換した際の話では日向くんと同様に正論を重視する子らしいし。頭ごなしだったり懇願だったりしても理がなければ彼らは動じないだろう。それで校長先生まで出てきた訳だ。


 大村くんと古城さんらが校長室を出て行った後で教頭先生から校長室に来て下さいと呼ばれた。そして古城さんの立候補が起こした波紋の中身を知った。

「岡本先生は制服の見直し公約について何か聞いていますか?」

「いいえ。特に何も聞いておりませんが」

宮本先生が怒りそうになったがそりゃ理不尽ってものだろう。それを校長先生は腕を出して止めた。

「宮本先生。……岡本先生。彼らには公約関係については校内でのみ行うように指導して古城さんにもその点は守ると確約してもらってます。岡本先生は特に何かお願いする事はないですが、この約束を逸脱するような動きがあればそれは報告してもらえますね?」

「はい。それは勿論」

そう答えると私は校長室から解放された。


 古城さんは生徒自治会長を務める能力はあると思う。去年の文化祭のクラスのバザー企画は学級委員長の日向くんが手を焼いていたところ鮮やかに意思統一して見せた。ま、やり過ぎなぐらい焦土戦術ではあったけど。推薦人に日向くんが入っているなら、ちゃんとした運営を行えると期待していいんじゃないか。そういう意味では担任として応援してやりたい。

 ただ、校長先生の腹が今一つ読めない。このあたりはE組の小川先生と意見交換しながら(B組の吉川先生は生活指導強化派だったので考慮外だった)生活指導強化路線の教頭先生や宮本先生の動きに注意していくしかないだろう。


日暮一矢ひぐらしいちや


 2年A組、B組、E組の担任らへの事情聴取を終えると宮本先生にも職員室に先に戻ってもらって、斎藤校長と二人で今後の対応を話し合った。斎藤校長は穏健派と言ってよく、生活指導強化については乗り気ではない事はこの2ヶ月で身にしみている。


「教頭先生、古城さんの個人情報は確認されましたか?」

「いえ、まだそちらは確認していません」

「そうですか。彼女のお母さんは大学の史学研究者だそうですよ。下手な事をやれば抗議がくると思っておくべきじゃないですかねえ」

「はあ」

「ところで対立候補はいないのですか?」

「今のところそういう情報は得ておりません」

「告示日から1週間が立候補受付期間ですな。信任投票にはしたくないでしょう?」

「確かに」

「私はこの件については指示はしません。が、適当な立候補者の擁立促進は目をつぶりましょう。どうなされるかは教頭先生にお任せします。行き過ぎは禁物です。その点だけは守って下さい」

「分かりました。私の判断でその点は適宜対応します」


 この狸め。俺に責任を押しつける気か。


宮本丈治


 教頭の日暮先生が校長室から出てくると「宮本先生、ちょっと」と職員室の隣の会議室へ呼ばれた。会議室に入ると電灯を付けて立ち話になった。


「校長先生から対立候補はいないのですかと言われました」

「今のところおりませんね」

「そんな事は分かってます。要するに我々でそういう手を打つのは黙認すると言われたって事です」

「なるほど」

「誰か2年生で適任者はいませんか」


 いやあ、日暮先生も酷い。そこを俺に丸投げ?とは思ったものの顔色一つ変えずに返した。


「一人、心当たりがありますね.多分誘導も難しくないでしょう」

そう言うとその生徒のプロフィールなどを日暮先生に説明した。

「そんな子がいたんですねえ。そんな子なら自分で立候補しそうなものですが」


 あの子の性格じゃ心底気が合う奴しかついていかないだろうし、そんな友人が二人もいるとは思えないし。

「真面目過ぎるんでしょうね。だから推薦者についても手当が必要ですが、これも多分一押しすればこちらについてくれると思うので問題ないでしょう」


 もう一人推薦人にすればいい1年生がいたが、中学校からの書類で生徒会活動の実績については表面化はしてないが相当な軋轢があり教諭らが苦労させられた旨添え書きがあったので名前は出さなかった。


 さて、そうなると明日は忙しくなるな。

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