第3章 水辺に浮かぶ水鳥たちのダンス

6月 2日 策謀:松平桜子「小夜子のためなら」

吉良小夜子きらさよこ


 昼休みのチャイムがなると友達に「ちょっと職員室に呼び出し食らっちゃったから先に食べててごめんね」と伝えて南校舎の職員室の隣の会議室へ向かった。朝のHR終了後に担任の四方先生に呼ばれて昼休みになったら会議室で総務委員会関係の話があるから行って下さいと言われていたのだ。


 ドアをノックすると「入ってくれ」との応答があったので「失礼します」と言って中に入った。会議室では教頭の日暮先生と生活指導の宮本先生が座られていた。宮本先生がやけにやさしげに話しかけてきた。

「吉良さん、そこの椅子に掛けて下さい。そんなに話は長くならないと思う。食事時間なのに悪いね」

「はあ」


 ちょっと気持ち悪いな。いつも生徒には威圧的な人だしさ。どうも私の顔にそういう思いが少し出ていたらしい。教頭先生が話しに割って入ってきた。隣で宮本先生がちょっとイラッとしていて面白い。


「吉良さんは去年は風紀委員、今年は2年D組学級委員長と総務委員として頑張ってくれているけど、生徒自治会長選挙に出る気はありませんか?」

 会長選は考えてみたけど助けてくれそうな仲間、片腕になってくれそうな人が一人しか思い当たらず諦めていた。私がボランティアだの訴えているのはそういう表面上の何かを評価する社会だから、みんなも対応した方がいいよという余計なお節介だ。そして服装に関しては個人的趣味としか言いようがないけど見苦しいのはどうにも不愉快な感覚がある。

 こういう事を校内で広げようと思ったらA組の古城さんのように会長選にうって出るというのは正解だと思う。あの子はうまく味方を作っていてうらやましい。


「話をもう少し早く頂いていれば考えましたけど、今、パッと思いつく立候補の推薦人になってくれそうな友達は一人だけです。来週までにもう一人というのはハードルが高過ぎます」

「じゃあ、あと一人推薦人を確保すれば出てくれるね?」

「考えても良いです。友達にも声を掛けて確認しなきゃならないですし」

「放課後、また悪いけどここへ来て下さい。出来ればその友達も連れてきて。取り急ぎもう一人はこちらで声を掛けてその時、顔合わせ出来るようにするから」

そう教頭先生に言われた。よっぽど古城さんの出馬が嫌なんだな。


 私は小会議室を出ると2年A組の教室へ行った。古城さんがいたら気まずいなあと思ったけど、教室以外で食事しているらしくいなかった。そしてA組の学級委員長の松平桜子まつだいらおうこちゃんと目が合ったので、ちょっと出てきてくれる?と手で合図を送った。彼女が廊下に出てくるとちょっと校庭に行かない?と言って外へ連れ出した。


「小夜子、どうかしたの?」

「教頭と生活指導の宮丈みやじょうに呼ばれて会長選に出ないかって言われた」

「へえ。凄いじゃん。うちの古城が出るのってどうよ?って思ってたし、小夜子なら出来るよ」

「で、さあ。桜子ちゃんに推薦人の一人になって欲しい。あと、当選した時は執行部にも参加して欲しいんだ」


 松平桜子ちゃんは去年風紀委員で一緒で親友になった。私の考えはよく知っていて賛成してくれている。あとわりと権力志向が強いと思っていた。だから学級委員長になったんだろうなと。自分じゃ会長はちょっとと思っていたとして副会長や監査委員といった三役に入る事は躊躇しないだろうと思った。

「推薦人は良いし、当選した後も手伝うけど三役はいいよ」

これは正直意外な反応だった。ただ、この時点では推薦人を一人確保できた方に意識がいっていた。

「分かった。三役はまた考えよう。まずは推薦人はお願い」

「小夜子のためなら選挙運動は精一杯やるよ」

放課後、桜子ちゃんに一緒に会議室に来て欲しいと頼んだ所、今日は選管の仕事もないからいいよとの事でついてきてくれる事になった。


水野直みずのただし


 2年C組の学級委員長の水野直は朝礼のHRで担任の平井先生から総務委員会の事で話があるから13時に南校舎の会議室へ来るように指示を受けていた。会議室へ行くと教頭先生と生活指導の宮丈が待っていた。


 宮丈みやじょうからはD組の吉良小夜子を会長選に立候補させたいが推薦人を探している余裕がなさそうなので助けてやってくれないかと言われた。

俺は二つ返事で引き受けた。

「それって、彼女が当選したら副会長か監査委員のポストはもらえるのですよね?」

 学校の後押しする陣営の候補者を当選させる事が出来れば(その可能性は普通高い)生徒自治会の三役は確保できる。それって進学の時に結構な「実績」になる。それは俺にとって悪い事じゃない。利益だ。

そして放課後にまた来るようにと言われたので頭を下げて会議室を出た。俺のターンが来たのかも知れない。


松平桜子まつだいらおうこ


 終業HRが終わると小夜子ちゃんが迎えに来てくれた。二人連れだって南校舎に向かう。私は小夜子ちゃんの真面目さが好きだ。風紀委員を一緒にやっていて少し厳しい気はしたけど、その凜とした姿勢や他者を思いやる姿勢は良い子だと思っている。ただお節介が過ぎるように見えてしまい損をしているんだろうと思う。


 2年A組は1年A組からのメンバーが何故か多い。そんな中で日向くんがB組となっていて、私はE組からA組に変った。A組は部活動に入っていない帰宅部組が多い。昨年はその帰宅部組の筆頭と目された古城さんが意外な活躍をしていて一目置かれていた。彼女は日向くんやE組のクイーンである三重陽子さんと仲が良い。私から見ると凄く要領の良い子に見えるのだ。

 小夜子にはそういう要領の良さよりも不器用さ、生真面目さが目立っていて私にとっては大事な友達だと思っている。少なくとも彼女のために選挙の推薦人になる事ぐらいは当然の義務だとすら思った。


 推薦人をあと一人どうするのかと思ったら学校側が動いて2年D組の水野直くんがやってきた。彼は要領よく利益だけ吸い上げたいタイプの筆頭だ。古城さんたちより質が悪い。小夜子ちゃんの挑戦に影を射す人選だと思うけど時間がなく、彼の三役入りの要望と合わせて飲み込むしかなかった。


 私達は土曜日に集まって公約を詰めていった。月曜日には立候補届を出したい。時間はなかった。吉良さんが実現したい公約に私や水野くんが肉付けしていった。

「水野くん。それ、実現できるの?」

と問いただしたアイデアもあった。それに対して彼はこううそぶいた。

「交渉する所までは場合によっては学校側にも協力要請すればいい。大丈夫。交渉まではいけるよ。それでダメなら仕方ないだけだよ」

いろいろと疑問はあったのが飲み込まざるを得なかった。

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