第41話 そしてぱらいそへ…

「ぐふぅ……っ!」


 数十個の刃を体中に突き立てられ、呻く。しかしそれだけでは終わらなかった。

 この刃はただ飛ばすだけのものではない。シルバーの思うままに操ることができるのだ。ウィルの固い皮膚に突き刺さった刃は肉をえぐるように少しずつ深く体内に沈み込んでいく。


「う、ぐ……」

「ウィル!」


 いくら頑丈で回復力のあるウェアウルフとはいえ、この刃が心臓に達すれば命はないだろう。

 助けに行こうとするミハイラを襲ってくる黒い刃は何度ナイフで弾き落としても再び向きを変えて飛んでくる。


「ウィル、大丈夫?!」


 ミハイラの声に焦りが見える。彼女の助けは期待できない。

 ウィルは一瞬で判断した。


 そっとヴァルラを地面に置く。そのままシルバーに向かって体当たりを喰らわせた。全身を駆けめぐる激痛に堪え、高速のパンチを繰り出す。その拳は焼けただれたシルバーの顔を更にずたずたに引き裂いた。

 シルバーが崩れ落ちる。その体を羽交い絞めにすると、ミハイラに向かってウィルは叫ぶ。


「撃て! このまま奴を撃て!」


 ミハイラは耳を疑った。銀の弾で撃てば後ろのウィルにまで貫通してしまう。


「あなたまでやられるわよ!」

「構わん! どのみちこのままじゃ俺は助からん。このチャンスを逃がすな!」


 その会話の間にもウィルの体内の刃は彼の内臓を抉り続けている。


「覚悟決めろ! 女ハンター!」


 大量の血と共に吐かれた言葉がミハイラの心を決めさせた。シルバーは再び彼女に向かって黒い刃を飛ばす。空中で方向を変え迫りくるそれを宙返りで避けながら、ミハイラは腰に提げた銃を取り出し迷わずその心臓めがけて連射した。


 少し離れたところで倒れたまま、ヴァルラはその様子を見つめていた。全てはスローモーションのようにゆっくりと。

 心臓に銀の弾を浴びて、シルバーは驚きと苦悶の表情を浮かべた。ウィルが体を貫く弾の勢いで後ろへと崩れ落ち、その上にシルバーが倒れこむ。

 地面に転がったシルバーの体はひび割れて砕け、いくつかの石膏のような塊と灰になった。長い間探し求めた仇敵の最期。自分の手ではないが、チームワークで掴んだ勝利だ。


 ヴァルラは己の体の感覚がまるでない事に気づいていた。もう助からないと知りつつ彼の心は安らかだった。これで胸を張ってマスターに会うことができる。遠のく意識の中で、一人立ち尽くすミハイラの横顔がかすんで見えた。


 +++


 目を開くとそこはぱらいそだった。


「ついに、ついにやってきたぞ。ぱらいそに……!」


 蒼く澄んだ空。気持ちよく頬をくすぐる風。そして隣にいるのは……


「やあ、俺はヴァルラ。お嬢さんお名前は?」


 胸にタオルをかけたトップレスの美女が怪しげに笑う。

 テーブルの上にはパラソルのついたカクテル。見渡す限りの白い砂浜。遠く聞こえるのは波の音。


「当ててみて」


 そう言ってタオルをそっとずらす。ヴァルラの鼻の下がびろーんと伸びる。


「なんだろうなー。ビアンカちゃん? イヴちゃん? それともマリアちゃん?」


 美女はふふふ、とだけ笑って答えない。


「なんだろうなー。ヒント、ヒントちょうだいな」

「ヴァルちゃんヒントは有料だからダメ。頑張って当てなさい」


 ミハイラの声がヴァルラを現実に引き戻す。


「あーもー。折角入り込んでたのに。それに課金がダメなんてケチなこと言わないでさー」

「だーめ。これ本体がもう高かったんだから。課金はダメダメ。ムダ遣いしないの」


 ヴァルラは溜め息と共に黒いゴーグルを外した。まぶしいくらいに真っ白な空間。そこは病室だった。あれだけの深手を負いながらもヴァルラは奇跡的に生きていた。ミハイラの腕にも包帯が巻かれている。咄嗟に己の血を飲ませた彼女の機転がヴァルラを救ったのだった。


「入院中退屈だからって今回のご褒美に買ってあげたんだから。自力で攻略しなさいな」


 黒いゲーム機にセットされているディスクは「ぱらいそビーチ♡体験ゲーム」だ。超高級リゾート「ぱらいそビーチ」を疑似体験できるという今巷で大人気の恋愛シミュレーションゲーム。VRゴーグルと巨乳型マウスパッドというセットで一体何を楽しむのかは今更聞きたくないミハイラだった。


「全く、俺はこんな奴を助けるのに死にかけたのかよ」


 相変わらず痩せっぽちのウィルがぼやく。まだ体のあちこちに傷が残っているが元気そうだ。シルバーとの身長差が彼の心臓に銀の弾が当たるのを防いだらしい。


「まあまあ、みんな生還できたんだからここは素直に喜ぼうよ。はいヴァルちゃん、リンゴ剥いたよ」


 そう言って皿を差し出すのは宣言通り見事に逃げ切ったラウだ。


「俺はリンゴは食べないの。メロンがいいなメロン」

「贅沢ばっかり言ってー」

「全身大火傷で全治2か月なんだから、もっと労わってくれたっていいと思うけどなー」


 ヴァルラは全身包帯ぐるぐる巻き状態で、ヴァンパイアというよりもミイラ男だ。


「あ、もうこんな時間! あたしこれからデートだから帰るわね。バイバーイ」

「えっ、ちょっとミハイラちゃん。新しい男なんて聞いてないよ! ……いててててて!」


 時計を気にするミハイラに焦ったヴァルラは、起き上がろうとして悲鳴を上げる。


「今度の彼とは上手くいきそうな気がするのよね。エルンストっていうの。いい名前でしょ? すっごい素敵な人なんだから!」

「エルンストだかエンストだか知らないけど、俺は絶対に認めないんだからね!」


 しかし彼女はそんなヴァルラにベェ、と舌を出すと上着を掴んで病室を飛ぶように出ていってしまった。


「あっ、待ちなさいってばミハイラちゃん! また騙されるのがオチだってばっ」


 未練がましく廊下に向かって叫ぶヴァルラを、男たちは口々になだめる。


「ヴァルちゃんいい加減子離れしなって」

「お前な、そんなんじゃいずれ行き遅れで悩むことになるぞ」

「ええい、うるさいうるさい。お前たちに俺の気持ちが分ってたまるか!」


 ぎゃーぎゃーと騒がしい中、一本の電話が鳴った。ヴァルラの携帯に依頼の電話が入ったようだ。

 ヴァルラはすう、と大きく息を吐き電話に向かってはきはきと答えた。病室にヴァルラの声が響きわたる。


「はい。迅速・丁寧・任せて安心がモットー。ヴァンパイアでお困りになりましたら是非当社『ぱらいそ・ヴァンパイアハンターサービス』にお任せくださいませー! 」


                                    


       おしまい

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ぱらいそ・ヴァンパイア ~相棒は訳ありヴァンパイア! いつかヴァンパイアが溢れるこの島を出るためにハンターやって稼いでいます~  千石綾子 @sengoku1111

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