第40話 真夜中の太陽

「まさか逃げるとはな。まあいい、お前たちを引き裂いてからゆっくり探して喰らい尽くすまでだ」


 シルバーはイナゴの大群に襲われているかのような二人を悠然と見上げている。彼らは湧き上がってくる絶望を無理やり抑え込みながら戦い続けた。


 ミハイラは落ちていた鉄パイプを如意棒よろしく振り回し、迫りくるヴァンパイアを近づけまいと薙ぎ払う。鉄パイプはヴァンパイア達の首をへし折り頭蓋を叩き潰した。

 ウィルは長い爪を更に伸ばしてリーチを稼ぎ、化け物達を切り刻む。一時はそうしてヴァンパイア達の輪を押し返していった。

 しかし所詮は多勢に無勢。彼らは徐々に押し戻されてくる。いよいよ周りがヴァンパイアの影で真っ暗になり、身動きがとれなくなってきた。その時。


 突然空が白み始めた。

 時間はまだ夜の2時、深夜である。日が差す時間では到底あり得ない。

 シルバーは目を細めて、警戒気味に空へと視線を向けた。太陽に耐性があるとはいえ、苦手であることには変わりない。他のヴァンパイア達もざわめきながら空を見上げた。そこで彼らが見たものは、雲間から現れた白く輝くヴァルラの姿だった。


 その体全体に薄い光を纏い、両手そしてその肩から伸びた光の帯はゆっくりと形を変えていった。彼が放つ白い光が広がっていきながら、辺り一面を明るく照らし出している。


「ヴァルちゃん、逃げたんじゃなかったのね」


 ヴァルラを包んでいた白い光がみるみる形を持ち始め、横に広がり大きな白い翼に変わった。翼はゆっくりと羽ばたき、その度ごとに光の粒子が舞い散った。

 全てのヴァンパイアとミハイラ、ウィル、そしてシルバーまでもがその神々しいまでの姿に見入っていた。


「白い翼……あれって、もしかして天……使、なんじゃ……」

「ヴァンパイアの始祖ルーツは、天使だったってこと?」 


 事実は彼らの言う通りであった。ヴァルラの主たち始祖ルーツは元は天使という名で呼ばれ、地上で人々の生活を見守っていた。しかしそのドナーであったシルバーが己のマスター──天使を殺してその死肉を喰らい、この世ではじめてのヴァンパイアという怪物になり果てた。


 シルバーは知らなかったのだ。マスターが自らの意思で生きたまま己の心臓をドナーに与える事でのみ真にマスターの、天使の力を受け継ぐことができるのだという事を。


 シルバーをドナーとした責任を問われ、更に彼が襲った人々からヴァンパイアが発生したことへの罰として、天使たちはその呼び名を封じられた。

 代わりに「ヴァンパイアの始祖ルーツ」という名で生きていくことになった彼らは、街に徘徊するヴァンパイアと同列と見なされて、ヴァンパイアハンター達に次々と狩られていった。つまりヴァルラは今やこの世でたった一人、最後の天使なのだ。


 ヴァルラは胸の前で手を組み、祈るような格好で目を閉じた。その刹那。


 夜が明けた。


 そう思うほどの光量がヴァルラの全身──主に翼から発せられた。その明るさは真夏のビーチ、いや、灼熱の砂漠にも相当する。ミハイラまでもが熱さと眩しさに思わず手をかざした程だ。


「グギャアアアアアアアアアア!!」

「ゴオオオオオオオオオオオ!!」


 悲鳴は割と少なかった。辺りを埋め尽くしていたヴァンパイアのほとんどが、声を上げることもなく光の中で消滅していったからだ。


「うぬううううっ!」


 苦し気な声をあげつつも、まだ灰と化すこともなく耐えているのはシルバーただ一人だ。しかしその肌は赤黒く焦げ、溶け落ち、煙を上げている。その名の由来の銀髪も全て焼け落ち、骸骨のようになった顔から皮膚が垂れ下がっている。


「ヴァルちゃんすごい! こんな技持ってるなら──」


 そう声をかけた瞬間、ヴァルラは空中でぐらりと体勢を崩しそのまま落下してきた。翼に見えた白い光もまさに羽根が散るように砕けて消えた。


 力尽き、どさりと音を立てて地面に叩きつけられた彼もまた体のあちこちに酷い火傷を負っていた。ヴァルラは彼の持てる力のすべて、生命力さえも削って放ったエネルギー弾に、自らも焼かれてしまった。まさに捨て身の最終手段だったのだ。


「ごめん、俺もう戦えない。後は頼むよ」


 細々と吐き出されるその声には悔しさと無念さが滲んでいる。ミハイラは大きく頷くと膝をついて耐えているシルバーに向かって行った。


「おのれ……小癪な真似を……」


 シルバーの眼中にミハイラの姿は既になかった。ゆっくりと立ち上がり地面に転がっているヴァルラへと真っ直ぐに歩みを進める。今ここで弱り切った始祖ルーツを喰らおう。彼の頭にはそれしかないのだ。


「ちょっと! ヴァルちゃんに構わないでよ!」


 引き留めようと掴んだ手からすかさずまた例の蔦が吐き出され、ミハイラの腕に絡みつき切り裂いた。


「──っ!」


 息も絶え絶えかと思われた相手にまだこれだけの力が残っていると知り、彼女は警戒して一旦飛びのく。代わりにヴァルラの体を抱きかかえたのはウィルだ。


「そいつを寄越せ。私のものだ」

「いい加減くたばれこの焦げヴァンパ!」


 ウィルの鋭い爪がシルバーの首めがけて振り下ろされる。が、するりとかわされウィルは体勢を崩した。

 それを狙ったかのようにまたしても無数の蔦がウィルに襲い掛かる。抱えたヴァルラを高く掲げて飛びのくウィル。その間に入ってミハイラは蔦を切り裂く。


「同じ手ばかりで退屈させないでよね」


 ミハイラの不敵な笑み。それが数秒後には驚きの表情となる。切り裂かれた蔦の破片は小さな黒い刃となり、それ自体が意志を持つかのように空中で向きを変えてウィルやミハイラ達に襲い掛かったのだ。

 ミハイラは咄嗟にナイフで弾き返すことができたが、ヴァルラを掲げていたウィルは完全に無防備な状態のまま全身に刃を浴びてしまった。

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