第39話 奥の手があったとは聞いてない


「狼男に曲芸師もどきの女ハンターとは、なかなか面白い見世物だな」


 同胞が殲滅させられかけているのを見ても、シルバーは余裕の表情だ。ヴァルラの攻撃をかわしつつ舞うように空を飛ぶ。しかしその高度は最初の頃のそれとは違っていた。


「そろそろ疲れて来たんじゃないか? 観念したらどうだ」

「ふん、だらだらと攻撃して疲れさせているつもりか。だがお前こそいつまで持つ?」

「お前を灰にするまでかな」


 もう挑発には乗らない。ただ、攻める。

 ここで初めてシルバーの表情が僅かに歪んだ。


「ただの腰抜けかと思ったが、多少は骨があるようだな」


 両手を広げてゆっくりと空中より舞い降りてくる。


「いちいち気障な奴だな。それでカッコいいと思ってんの?」


 ヴァルラの嫌味には答えることなく即座に攻撃をかけてきた。

 全身から黒い蔦が放たれる。本数は先程の比ではない。恐らく浮遊に要していたパワーをこちらに回しているのだろう。

 突然襲い掛かって来たその蔦その刃にヴァルラの全身が切り裂かれる。咄嗟のことにヴァルラは白い霧を纏い深手を負わないようにするのが精一杯だった。


 シルバーは蔦についたヴァルラの血を指で掬い取って口に運び、うっとりと至福の表情を浮かべた。


「その血肉を我が物とするのが待ち遠しいな……」

「言ってろ!」


 ヴァルラの手の平から白い棘が大量に放たれる。高速で後方に飛び退き避けたが、全てはかわしきれずにシルバーのスーツを切り裂き肉体を焼く。


始祖ルーツの力も馬鹿にはできないということか」


 平静を装ってはいるが僅かに焦りと悔しさが滲む声。


「悪いね、一張羅のスーツだったかな」


 ヴァルラは余裕を取り戻しにやりと笑う。それには答えず、シルバーは指笛を吹いた。

 がらんとした深夜のモール街に鋭い音が響き渡る。

 その音はすぐにヴァルラ達を絶望の淵に落とし込む事となる。


「──嘘でしょ」


 呆けたような声が漏れる。これは現実だろうか。

 建物の陰から裏路地からぞわぞわと大量のヴァンパイアが現れたのだ。その数およそ200。しかもAクラスのヴァンパイアがやたらと多い。さっきの群れは前座だとばかりのこの圧倒的な群れにミハイラもウィルも一瞬思考が止まった。


「ミハイラちゃん、ウィル、逃げるんだ。早く!!」


 ヴァルラが叫ぶ頃には二人は既に新たな刺客達に囲まれていた。空を飛ぶ術を持たない二人にとってこの巨大な群れから逃れることはもはや不可能だ。


「このままお前が降伏すれば二人は助けてやらなくもない」


 くつくつと喉の奥で笑うシルバーだが、その言葉はまるで信用ならない。ヴァルラを屠った後に二人も殺すつもりだろう。


「あたしたちは大丈夫よ! シルバーをやっつけて!」

「俺の方も気にするな! 気にしちゃいないだろうけどな!」


 彼らの叫びもヴァンパイアの群れに今にも飲み込まれそうだ。群れはモール街を埋め尽くしヴァルラの方まで雪崩れ込んできた。ヴァンパイアの群れの接近に彼の背筋が凍る。思わず空中へと飛んだ。しばしの間考え込むと、ごくりと喉を鳴らし何かを決心したように小さく頷き叫んだ。


「ウィル、ミハイラちゃん。後は頼んだからね!」


 ミハイラは耳を疑った。いくらヴァンパイアが恐ろしいといっても、ここにきて敵前逃亡するというのだろうか。


「ヴァルちゃん?!」

「おい、本気か?」


 群がるヴァンパイア達をなぎ倒しつつ、二人は同時に叫んだ。ヴァルラの姿は暗闇の空高く消えていき、見えなくなっていた。


「やっぱり無理だったのよ、ヴァルちゃんがヴァンパと戦うなんて……」

「逃げちまったもんは仕方ないだろう。俺たちだけでやるしかない」


 ミハイラはウィルがいるトラックの上にジャンプした。彼らは互いの背中を守りながらヴァンパイアの爪を牙を防ぎつつ1匹また1匹と倒していく。そこに派手さはない。ひたすら守りに入りながら攻撃を続ける。その様子はもはや粛々と、といった具合だ。


 トラックの荷台の上には、元はヴァンパイアだった灰が数十cm程積もっている。砂浜のようなそこは足を取られて非常に戦いにくい状態だ。更に空中にも大勢のヴァンパイアがひしめき合っており、敵の包囲網は徐々に狭まってきていた。

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