第38話 キリがない!


 次第にミハイラの足下には元はヴァンパイアであった灰の山が築かれ、彼女も返り血ならぬ浴びた残骸で全身が真っ白くなっている。

 更に汗と灰が混じって手元が滑る。


「なんなのよ、もう……」


 倒しても倒してもきりがない。目の前にひしめくヴァンパイアの群れ。今まで何百となく倒して来たヴァンパイアだが、こんなに大量に一堂に会するのは見たことがない。流石の一流ハンターも一瞬だけ絶望的な気分になった。

 そんなミハイラの様子を察したのか、ヴァンパイア達がわらわらとトラックの屋根によじ登ってきた。堅い荷台が破られる事はないと願うが、万が一そのようなことになればミハイラは袋の鼠だ。


 そんな様子を心配げに横目で見ながらヴァルラはシルバーと渡り合っていた。


「そんなに心配ならば加勢してやればいい」

「うちの相棒はそんなにヤワじゃないんでね」


 不安を悟られないよう強気で答える。そんなヴァルラの手からは白く長い槍状の棘が伸び、シルバーの胸をめがけて突きを繰り出し続けている。

 空中にいるシルバーを地上から攻撃しても命中率は低い。実際にヴァルラの鋭い棘が敵に突き刺さることはなかった。だがヴァルラは一向に気にする様子はない。こうして相手を翻弄し回避行為を行わせる事で、結果的に疲れさせることが目的だからだ。

 空中浮遊はパワーと集中力を必要とする。長期戦になると踏んだヴァルラ。先ずは相手を消耗させることを選んだのだった。


 一方ミハイラはヴァンパイアの大群相手に孤軍奮戦していた。なんとか作戦は成功しているかのように見えるが、何せ敵の数が多い。

 トラックの屋根から壁からガンガンと力任せに叩く音がする。時折壁が内側に凹んでくることもある。ミハイラの額を伝う汗は戦いによるものだけではなさそうだ。


 ヴァンパイアの群れは次第にトラックを囲いこみ、その車体をゆさゆさと揺らし始めた。動き始めた床に足を取られそうになりミハイラは必死に踏ん張る。

「まずいわね……」

 このままトラックをひっくり返されてしまったら一気にヴァンパイア達がなだれ込んでくるだろう。


 揺れが激しくなり、立っているのが厳しい。ミハイラはこのまま中に残るか、外へ飛び出すかの選択を迫られていた。

 その時。


 ──ごんっ。


 天井から重い音がして、頭上の鉄板が大きく凹んだ。遂に怪力のヴァンパイアが取りついて破壊を試み始めたのだろうか。ミハイラは潔くヴァンパイアの塊へとダイブしようと身構えた。

 その耳に、耳障りな声が届く。


「ギャアアアアアアアア!」


 ミハイラにとっては聞きなれた、ヴァンパイアの断末魔だ。しかし一体どうして。

 執拗に車内への侵入を試みるヴァンパイアを一刀両断にしながらミハイラは耳を澄ます。


「女ハンター、生きてるか?」

「……狼男!」


 トラックの天井に飛び乗って来たのはウィルだった。周りにうじゃうじゃとたかっていたヴァンパイアをその爪で牙で引き裂いている。


「面白そうだな。俺も混ぜてくれよ」

「仕方ないわね。あたしの分もちゃんと取っておいてよ」


 初めて組むコンビだが、なかなか息が合いそうだ。ウィルめがけてわらわらとトラックをよじ登っていくヴァンパイアは、角砂糖に群がる蟻のよう。

 残り数十匹になった化け物が二手に分れる。ミハイラは今こそ、とトラックを飛び出し路上に停めてあった車の上に仁王立ちになった。


「はぁい、みんな! こっちにもいるわよ!」


 ざざ、と音がしてヴァンパイア達が振り返りミハイラの元へと殺到する。


「女ハンターめ」

「どけ、俺の獲物だ」


 呻くようなざわめき。我先にとミハイラに飛びかかるのをするりとかわして高い高いジャンプ。更にそれを追うように多数のヴァンパイアが飛び上がる。


「あなたたちがあたしの獲物よ、お馬鹿さん」


 空中で次々とナイフを突き立てると、群がった地上のヴァンパイア達の上に灰が降り注ぐ。

 続いて、浮遊するヴァンパイアの肩に頭にと軽々飛び移り、ミハイラは高く空へと舞った。そのまま宙返りをしながら錐揉み状に回転する。その手に持った三日月形のナイフは猛烈なスピードでヴァンパイア達の首を掻き切った。

 再び車の上に着地すると、ミハイラは服にびっしりとこびりついた灰を叩き落とす。


「──ふう。今日はゆっくりお風呂に浸かりたいわねぇ」

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