いじめ査定官はぜったいに支払わない

ちびまるフォイ

それはいじめですか?

2017年、学校だけにとどまらず

社会全体に蔓延するいじめ問題は解決の糸口を見つけられないまま

見て見ぬふりを続けていた……。


「いじめ補助金を出しましょう!!」


いじめられている人には補助金を出す制度が始まったのは

そんなときだった。


「それじゃいじめ査定お願いね」


「はい! 私、頑張ります!」


新人のいじめ査定官はとある学校にやってきた。

いじめ申請が入ると、いじめ査定官は現地に行って確かめる必要がある。

ちゃんといじめとして認定されれば補助金が支給される。


「さて、と……本当にいじめられてるのかな」


教室をのぞくと申請があった子に、先生が見てない隙をついて

消しゴムを投げられたりしている。これはいじめだ。


でも、査定官の存在に気付いたのか慌てていじめを中断する。

こういうパターンが多い。


「ふぅ……これもいじめ予備軍、と」


補助金は出せない。

いじめ査定が入ってから結果的にいじめの件数は少なくなった。

なにせ国が運営しているため、国にいじめ加害者として登録されたくはないからだ。


新人は次の査定現場に向かった。


「え……ここ……?」


査定官が付いたのはとある一軒家。

オフィスや学校が多かっただけに意外な場所だった。


依頼者は部屋にこもっている男だった。


「はじめまして、いじめ査定官のものです。

 あの、なにかの間違いですかね? いじめ査定を申し込みました?」


「まちがいないぜ。俺は全力でいじめられている!」


男はパソコンの画面を見せた。

四方八方から罵詈雑言から悪口まで載っている。


「この通り、めちゃくちゃ悪く言われている! これいじめだろ!」


「いやさすがにこれは……」


「ダメ?」

「ダメです」


「なんでだよ! こんなに悪口言われて傷ついているのに!!」


「ネットの悪口は査定ポイントのひとつではありますが全部ではないです。

 実社会でのいじめも認定されない限りはいじめにはなりません。

 それに……」


査定官はLANケーブルをぶっこ抜いた。


「はい、これでいじめ解消です。

 この程度のものはいじめになりません」


「なんだよ! カタブツ査定官め!」


「ふふふ、私は役所の人間ですから」


ずいと胸を張って査定を済ませて帰った。

翌日も同じ男から依頼が来たのでしぶしぶ査定に入ることに。


「今度は本当にいじめられているぞ! 周りから陰口言われているんだ!」


「本当ですか? たしかに陰口はいじめ認定としてポイント高いですが

 またネット情報じゃないでしょうね?」


「今度はガチだ! 現実で言われた!」


査定官は部屋を出て、近くを回って本当に陰口が言われているか確かめることに。

こういった草の根を分けるような地道なことも査定官の仕事のうちだ。


「あそこの息子さん、まだニートなんですって?」

「先が思いやられますわね……」

「前、小学生に声をかけたらしいですわ。気をつかましょう」


「……」


査定官は話を聞いてコメントに困った。

依頼者の家に戻ると、依頼者は満面の笑みで迎えた。


「な!? な!? いじめられてるだろ! 陰口言われてるだろ!?」


「なんでそんなに嬉しそうなんですか!」


査定官はこのニートの思い描く作戦がなんとなくわかった。


「あのですね、いじめ補助金で暮らしていこうと思っているかもしれませんが

 あの程度じゃいじめにはなりませんよ」


「ええ! あんなにたくさんの人に陰口を言われているのに!?

 こんなにも俺の心は深く傷ついているのに! 自殺一歩手前なのに!」


「自殺一歩手前の人がオンラインゲームの事前登録するわけないでしょ!」


「んだよ貧乳……」

「おいそれ悪口だぞ」


査定官の目がギラリと光る。


「とにかく、世間のみなさんのもっともな声を陰口として認定したとしても

 あの程度ではいじめとして扱われません。

 いじめで苦しんでいる人はもっともっとひどいことをされてるんですよ」


「具体的には?」


「具体的って……たとえば、殴られたり、死ねとか言われたりですよ」


「……なるほど」


その日の査定は終わり、新人査定官は帰っていった。

それからしばらくは男からの嫌がらせのように続いた査定は来なくなり

平和な査定官ライフを満喫していた。


やがて届いた男からのいじめ査定の依頼に新人はしぶしぶやって来た。


「いじめ査定に参りました。今度は本当でしょうね?」


「手ひどく殴られたうえ、悪口も言われるんだ。

 ひどいときは死ねとかやめろとまで言われる。

 これがいじめじゃなくてなんだ!」


「そ、それはひどい……!」


それが本当ならいじめ登録待ったなしだ。


「実は証拠として動画も残っているんだ」


「わぁ、ありがとうございます。査定官としてはすごく助かります」


男は動画を再生した。


動画の中で男はボッコボコに殴られて倒れていた。


「もう辞めちまえ!」

「死ね!」「帰れ!」


そのうえ、それを見ている人からは罵声をかけられている。




「な! な!? 今度は本当にいじめられてるだろ!?

 殴られてるし、俺がみんなの見てる前で

 確実に悪口を言われてる! これ完璧だろ!!」


「ええ、完璧です。でも、これに補助金は出せません」


いじめ査定官は毅然とした態度で答えた。


「はぁ!? ふざけんな! どうしてだよ!

 これがいじめじゃなくてなんだっていうんだ!!!」


「これは……」


いじめ査定官は答えた。




「これは、ボクシングです」



いじめ査定官はひとりのニートをボクサーとして社会復帰させるに至る。

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