第5話 宮本雅の『9月21日』 ラストエピソード
私は階段を駆け上った。
早く、早く、ホームへ行かないと。
なのに後ろから掛けられた一言で簡単に足は止まってしまった。
「本当は、もう、自殺したくないんだろ。もう、次の9月21日はたぶん来ないぞ」
後ろは振り向けなかった。けれど前にも進めなかった。
「次落ちれば、死ぬ。今までお前がタイムリープしてたのは、お前が死にたいって思ってたからだ。時間を戻したいって念じた時、俺は人の意思に反して時間を戻せる。みんな生きることを考えてる。生きるってことは、時間を進ませるってことだ」
少しずつ、梶湊の声が近づいてくる。
「だけど、お前が死にたいって思ったときに、俺は時間を戻した。死にたいってことは時間を止まらせることだ。だから、お前の意思はその時俺の意思と共鳴してたんだ」
梶湊は私の隣まで来ていた。
周りは私たちの存在なんて気にならないように、いつもと同じ9月21日を進めている。時間に置いてけぼりにされているような気分だった。
「だけど、生きたいって思ったらお前はこの周りにいる人と同じだ。俺が力を使えば周りの人と同じように9月21日の時間の中に戻る。もう、お前に本当の明日は来ない」
言葉がひとつひとつ、耳に届く。
ここだけ、私と梶湊だけが違う空間にいるように、彼の言葉だけがはっきりと響く。
「最後のチャンスだ。生きるか、死ぬかの」
事故なんかじゃない。
はっきりと、死のうとしていた。
でも、彼の言う通り、9月21日を繰り返すうちに、私は自分の意思が弱まっていくのを感じていた。
どうしてかは、わからない。
だけど、いままで感じていたことを感じなくなった。
「両親がね、離婚するの」
勝手に、言葉が出てきた。
「今まで、そんなことどうでもいいって思ってた。離婚すればいいって思ってた。だけど、なんで今日なんだろうね。明日には、離婚するのかな。そんなに、早くはないのかな。でも、あんな紙1枚でも、もしかしたら仲良くなるんじゃないかっていう淡い期待も全部なくしてしまうんだね」
息を吸った。
「明日は、私の誕生日、なのにね」
喧嘩してても良かった、仲が悪くても良かった。
それは、少しの可能性に期待していたからだった。
もう、どうでもいいや。
こんなに簡単に死にたいなんて思うなんて想像していなかった。
だけど、きっかけなんてそんなものだった。
「でも、」
どうしてだろう。
「なんでだろう、生きたいの」
今でも、もやもやしているのに。
何度繰り返しても、あの朝の感情は変わらないのに。
「俺にもわかんないけどさ、ひとつだけ」
彼は、私の目をまっすぐみた。
「俺は、お前の運命を変えられないけど、お前は自分の運命を変えられるよ」
私が少し違うと、同じ9月21日も少し違う。
今日のみんなの驚きを思い出して、くすっと笑ってしまった。
「明日、――するから」
電車の通る音でかき消されてしまったけど、9月22日になればわかることだ。
『9月21日』の奇跡 ソラ @dct18sun-rit
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