僕はまだ君を知らない

達見ゆう

僕はまだ君を知らない

 彼女を認識したのは十年前。ストリートでギターを弾いている俺の観客として現れたのが最初だった。

 客が少ないのもあるが、なんというか髪型や服装が明らかに流行のものではない変わった格好などの違和感があった。

 一度話しかけたが、彼女は困惑して「私はまだあなたを知らないから名乗れない。」とはぐらかされた。おかしいじゃないか、知らないから名乗るはずなのに。

 こんな謎めいた言い方されたら、余計に気になる。しかし、彼女はいつもそっと現れ、いつの間にかいなくなる。名乗れない訳ありなのだろうか。

 いつしか俺は彼女に恋心を抱き、メジャーデビューして大きなホールでライブをするようになった今でも、こうして時々ストリートで演奏する。


君に会いたい。

今度こそ会って名前を知りたい。

僕はまだ君を知らない。


私はまだあなたを知らない。


あの人を知った時、既に大きめのホールでライブを開き、CDはオリコンチャート上位常連という大物アーティストだった。

 知った時はもっと早く知りたかった、昔のライブをリアルで見たかったという、どうしようもない後悔だった。

 タイムマシンが手に入ったのは偶然だった。試作品なので未来には行けず、過去十年間しか行けないと聞かされたが、私にはそれで充分だった。

 彼の過去のライブにたくさん行ってきた。まだ姿も音も若くて、それだけで嬉しくてはしゃいでしまった。

 もっと昔も見たくなり、ストリートライブをしていた時代もたびたび行った。

 一度声をかけてもらえた時はとても嬉しかった。でも、その時代の私はあなたを知らないから、タイムパラドックスが起きてしまう。

「私はまだあなたを知らないから名乗れない。」そう言って去らざるを得なかった。

 でも、彼のファンになった“今”なら名乗れる。

 だけど、大物になった今でも彼は覚えているだろうか。


 二人はそれぞれの思惑を抱え、ストリートライブの会場へ向かう。






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僕はまだ君を知らない 達見ゆう @tatsumi-12

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