最終話 不惑

 真田は社長室に続く廊下を歩きながら、思いを巡らしていた。最初にリバートがあったのはいつだったろうか。あれはそうだ、ちょうど今頃の、ヒノキ花粉に悩む季節だったのことを思い出す。大学を卒業して、まもなくだった。

(あれからもう、30年も経つのか・・・。)


 真田は52歳になっていた。肩書は、ランページネーション株式会社代表取締役。10年前に、春山田のランプノートホールディングスのグループ会社として立ち上げられた会社の、CEOというのが真田の立場だ。


 2020年の東京オリンピック以降、急速に貧富の格差が拡がり、不法滞在外国人が著しく増加した。IT業界でもラディカルな淘汰が進み、伝統的なやり方を重んじるシステム開発会社は凋落の一途をたどった。その一方で、前衛的な新しいシステム開発会社が勃興した。真田たちのランプノートホールディングスはそれなりに古参の会社だったが、積極的にモダン化のサイクルを回し続けたことと、長い年月で培われたノウハウで財務バランスを健全に保つことで、グループ全体で100名のエンジニアを抱える、名のある企業として今日も溜池山王にオフィスを構えている。


(最後にリバートしたのは、40歳を迎える前だったな。)


 40歳を越えた頃から今日に至るまで、真田の身にリバートが起こらなくなった。


(リバート。あれは何だったのだろう。)

 そう思いながら、実のところ真田は以前からなんとなく気づいていた。

(やはり、そうだろうな。。あれは私の・・・。)


 廊下をすれ違う若いエンジニアたちが真田に挨拶をする。どの面々も活き活きとして仕事を楽しめているようだ。笑顔で答えながら、真田は社長室の扉を開いた。


「よし、今日も頑張ろう。」

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リバート 皆本ヒロシ @m_diddy

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