Ⅱ-7 村に伝わる歌
「私の村に伝わる歌 ―― 誉田別天皇(ほんだわけのすめらみこと)様の歌ですよ。そうか、そうか、これを漢文だと思うからいけなかったんだ。これは男仮名です。漢字に意味はありません。和文を、漢字の音を借用して表してるんです。万葉集によく使われるので、万葉仮名とも呼ばれています」
鬼羅には、何が何だかさっぱりだ。
「まあ、兎も角だ、これは歌なんだな」
「はい、さすがは由良です。由良は歌が好きで、小さいころから『万葉集』とか、『古今和歌集』とかよく読んでいたんです」
由良は、誇らしげな顔をしている。
「分かった分かった。姫さん、良くやった。それで、これは何の歌なんだ?」
「はい、誉田別天皇様が、〝枯野(かれの)〟という船を廃船にしたときに詠った歌です。私の村には、誉田別天皇様に関する話が多く伝わっているのです。遥かむかし、天長様が筑紫から大和に上がられるときに、私の村の者が何人か付き従ったという言い伝えがあります。母が、小さいころによく話してくれました」
「なるほど」
と云ったものの、鬼羅は首を傾げた。
阿佐一族は、平家の落人が祖だと聞いている。平家と応神天皇では、時代が違いすぎる。なぜ、平家落人の村が、応神天皇と関係があるのか?
「きっと、何かあるんだな」
と、鬼羅は呟いた。
「はぁ?」
と、鯨丸が訊き返した。
「いや、こっちの話だ。それで、その〝枯野〟の歌っていうのは?」
いまから遥かむかし、応神天皇の治世で、伊豆の国の木材を使用して、〝枯野〟という船が造られた。
〝枯野〟は、官船として愛用された。
しかし、老朽化には勝てず、廃船とする日がきた。
応神天皇は泣く泣く〝枯野〟を燃やし、塩を作った。
そして、燃え残りで琴を作らせた。
その琴の音色が余りにも美しかったので、感動した天皇が詠んだ歌だと、鯨丸は説明した。
枯野を
塩に焼き
其が余り
琴に作り
掻き弾くや
由良の門(と)の
門中(となか)の海石(いくり)に
振れ立つ
なずの木の
さやさや
鯨丸の説明を聞いて、鬼羅は俄然身を乗り出した。
「それで、歌の意味は?」
枯野という船を
塩に焼き
その余りで
琴を作り掻き弾くと
由良の門の
海中に隠れる岩に
ゆらゆらと揺れる
海藻のように
さらさらと美しい音を奏でたよ
「………………という意味です」
「なるほど……………で、それだけか? 他に意味はないのか? 宝とか、宝のありかを示す場所とか?」
鯨丸は首を傾げた。
鬼羅は腕組みをし、天井を仰いだ。
「う~ん、せっかく謎が解けたと思ったのに、ただの歌か? いや、そんなはずはない。必ず、この歌に宝の場所が隠されているはずだ。たとえば、由良の門とか………………、由良の門というと、淡路と紀伊の間にある海峡か? そこに宝が隠されているのか?」
「さあ……? んっ?」
鯨丸は、由良を見た。
由良は、何か言いたげに、文字を指さしていた。
鯨丸が「そうなのか?」と訊くと、由良はコクリと頷いた。
「なんだ?」
「はい、由良の話では、文字のいくつかが、由良の覚えている字と違うそうです。だから、すぐに分からなかったと」
「覚え違いじゃねぇのか?」
「由良は、もの覚えのいいほうです」
「しかし、人っていうのは……、待てよ。姫さんの名前は〝由良〟だな。この歌にも、〝由良〟の門が出てくる。これは、偶然か? それに、姫さんが覚えている歌って……」
主人が夕飯を運んできた。
鬼羅は、慌てて紙を懐に仕舞いこんだ。
宝の話は、そこまでとなった。
夕飯は、菜飯に汁物、里芋の煮っ転がしである。金払いの良い客なので、少しは良いものを出してきたようだ。さらに、酒はどうかと勧めた。どうせ、また金を毟り取ろうと思ったのだろう。
「酒は飲まん」
と断ると、主人は残念そうに下がっていった。
村を出てから、3人は鬼羅が持っていた干飯しか口にしていなかった。
鯨丸はよほどお腹が空いていたのだろう。鬼羅が半分も食べないうちに飯碗は空になっていた。
由良のほうは、半分だけ食べ、残りを犬へ食べさせに行った。
気の優しい娘だ。
夕飯をとったあと、床に入った。
鯨丸と由良は、すぐに可愛らしい寝息を立てた。
鬼羅は天井を見上げながら、応神天皇の歌について考えていた。
ある男の言葉を思い出した。
『その巻物には、宝のありかが示されているんだ。すごいお宝だ。この宝があれば、天下が取れると云われている。俺は、こんな場所で一生田畑を作って終わりたくはない。俺は、天下を取るんだ!』
男は家を捨て、宝探しに出かけた。
それ以降、行方は知れない。
「ざま見ろ!」
鬼羅は、吐き捨てるように呟くと、目を瞑った。
戦国外典(センゴク・アポクリファ) ~黄金島嶼(ゴールデン・アイランド) HIROSHI @hiro75
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