第5話 潜入せよ黒歴史! 戦慄! 万騎将シュナイゼル

 ハインツの隊が先に進むのを見計らって、わたしは飛行の魔法を試してみた。デフォで空が飛べるキャラ設定ばかり考えてたから、呪文は「風よ」とか「翼を」とかの簡単なものだったけど、確かにふわふわと浮かべる。


「転移の魔法とかどうですか? いきなり目の前にバーンって現れたら、きっとラグノスもびっくりしますよ!」

「あんたの発言にびっくりだよ!? いきなり敵地に放り込むなんて、わたしを殺す気か?」

「えぇー……サワコさまなら無双できますよ」


 唇をとがらせ、不満げに呟くサリサリ。無茶をいうな。だいいち、転移の魔法が使えたとしても、見たこともない場所にいきなり跳べるはずもない。


 この距離なら勝手に帰ってくれるというサリサリの言葉に従い、馬を放した。サリサリを抱え、最初は短い距離から試し、慣れてきたらそのままスピードを上げ、北方侯ほっぽうこうの居城を目指す。


「あそこです! あれが北方侯のお城です!」


 途中、悪魔の迎撃はなかったが、城に近付きすぎて気付かれても、奇襲の意味がなくなってしまう。わたしは木立ちにまぎれるよう、森の中に降り立った。


 お城というからきらびやかなものを想像していたが、実物はハインツたちの護る砦とさほど変わらない、簡素で武骨な作りのものだった。北の僻地へきちに押し込められて叛旗はんきをひるがえすくらいだから、豪奢ごうしゃな暮らしぶりを楽しんでいるはずもないか。


 跳ね橋は上げられ、見張り台には兵士の姿が見える。歩哨ほしょうも巡回しているようだ。


「どうしてやりましょうか。 派手に超竜破断光Z・エグゼキューターぶちかましてやります?」

「やめて! ちょっと黙ってて!」


 かけらの悪意もなく、地味に心をえぐってくるサリサリの口をふさぎ、わたしは見張りの目が離れた隙を見て、堀を飛び越え城壁に取り付いた。でも、城壁を飛び越えたらさすがに見付かるよなあ……?


「サリサリ、チョーク持ってる?」


 サリサリはごそごそと懐を探り、チョークを取り出した。魔法陣描いてたから、やっぱり持ってたか。


「何に使うんです、サワコさま?」

「いいから見てて」


 設定だけの魔法でも、充分効果があったんだ。こういうのもイケるんじゃない?


 わたしが白いチョークで壁面に描いたのは、自作小説『ときめき☆ハーレムマイスター~褐色の恋泥棒~』の主人公アラジンが使う通り抜けの門。すこんと向こうまで穴が開く設定だから、適当に転移して「壁の中にいる」というこわい状況に陥るおそれもない。運悪く向こう側に誰かいたら、すぐ見つかっちゃうんだけど。


 さいわい警備の手薄な場所だったらしく、歩哨に出くわさないうちに敷地を横切り、同じように門を描いて城内へと侵入した。


「エベク派の転移門に似てますね。あれならわたしにも理解できるかも?」


 関心したようにサリサリが呟いている。理論立てて組み上げた物のはずもなく、ただふんいきで描いただけの代物だから、詳しく聞きたそうにチラ見するのはやめてほしい。


 ときおり兵士とはちあわせしそうにもなったが、物陰で縮こまったり、認識をごまかす魔法を使いなんとかやりすごす。実は、こういう場面で役に立つ、地味で堅実な魔法はあまり設定していない。ばくぜんと「主人公だから見付からない、見付かってもスマートに解決する」という筋書きでしか、書いた覚えがないからな。


 奥へ奥へと進むうち、ひときわ豪華な両開きの扉にたどりついた。城の最奥部に位置するからには、ラグノスの私室か執務室あたりだろう。扉にはりついて聞き耳を立ててみるも、特に人の気配は感じない。わたしはサリサリに目配せし、鍵の掛かっていない扉をそっと押し開けた。


            §


「明日にでも王都から軍勢が攻め寄せてくるのだぞ? こんな所で悠長ゆうちょうに構えている場合か!!」


 派手な身振りで喚き声をあげていた壮年の男が、扉を開けたわたしたちを目にし、あんぐりと大口を開けたまま固まった。


 人いるじゃん!? こんな大声にどうして気付かなかった??


 やはり執務室だろうか。広い部屋の奥には、大きな机が据えられているのが見えた。手前にはテーブルと数脚の椅子が並べられ、お茶の用意が整えられている。傍らに立つのはメイドの姿。


「やあ、彼女達は私の客です。少し前から、城内でかくれんぼを楽しんでいたようなので、せっかくだから


 穏やかな声。長い脚を優雅に組み、椅子に腰かけた青年が、カップを軽く揚げほほ笑んだ。黒の礼服に身を包み、彫像のように整った顔立ちをしている。ゆるやかに波打つ金髪。その間からは、2本のねじくれた角が生えている。


 青年は固まったままのわたしたちに構わず、メイドに2人分のお茶を用意させると、下がるよう手で指し示した。


「序列3位……万騎将ばんきしょうシュナイゼル……」


 立ち尽くす壮年男性と主従が逆のように見えるが、あえぐように絞り出されるサリサリの声を聞く前に理解できた。呪詛じゅそめいたキケロの捨てゼリフもうなづける。この男はマズイ。とてもじゃないけど乗り込んで叩きのめすとか、いきなり魔法をぶちかますとか、そんなたわごとが通用する相手じゃあない。


「な……何をしている! 敵を招いただと!?」

「私の客だと言ったでしょう? 一軍の将なら、もう少し品位を保った言動を心掛けてください」


 穏やかにたしなめるシュナイゼルの言葉に、壮年の男は、凍り付いたように口を閉ざし椅子に収まった。同席する悪魔の存在感に掻き消されていたが、上品な仕立ての貴族服に身を包み、やせたいかめしい顔つきに、氷のような青い瞳に酷薄な光を浮かべるこの男は、間違いなくこの城の主、ギルベルト・ラグノス侯爵だろう。


「不思議そうな顔ですね。私が召喚された身であるのは事実ですが、少々事情がありましてね。さあ、どうぞ遠慮なさらずに。ミス・サバトにミス・サリサリ」


 シュナイゼルがにこやかに椅子をすすめるも、わたしの足は凍り付いたように動かない。わたしとサリサリに応じる素振りがないのを見ると、シュナイゼルは肩をすくめて話を続ける。


「ラグノス侯が召喚の対価をとても払えないと仰るのでね。特別に、召喚に用いた『偽・万魔録ゴエティア・オルタ』を頂戴ちょうだいすることにしました。ゆえに私は何物にも縛られることなく、この世界に存在できる。彼とも対等なのですよ」


 ラグノスが呼び出したのはシュナイゼル一柱のみで、あとの悪魔はシュナイゼルが招いたということ?


「自由な身だってのに、どうしてラグノスに従ってるの?」


 動けないままどうにか絞り出したわたしの質問に、シュナイゼルは眉を少し上げ、興味深そうな表情を見せた。


「なに、単純な利害の一致ですよ。彼は王都へ軍を進めるに足る力を手にし、私達はつかの間無聊ぶりょうしのげる」


 夜魔やまの女王エセルティアも、人間同士の争い自体はどうでもいいと口にしていた。悪魔たちは、この叛乱を遊び場にしていただけなの? でも、それなら逆に、ラグノスに従って最後まで戦うつもりもないということだろうか。それなら――


 わたしの思考を読んだのか、シュナイゼルは口元を釣り上げ笑って見せた。


「そういえば、私に劣らず、貴女も奇妙な契約をしているようですね」

「……何のはなし?」

「いや、契約というのは正確じゃありませんね。、貴女も随分と酔狂な事だ」


 うん……? それってわたしもシュナイゼルたちと同類ってこと?


 もの問い顔を向けると、サリサリは冷や汗を浮かべながら、ぷいっと顔をそむけやがった。言われてみれば、キケロもわたしが契約してないって言ってたな。……ああそうだよ! よく考えなくても、わたしは好きで首を突っ込んでるだけだ。いまさら文句を言うつもりもないよ!


「この叛乱はんらんは成功しないでしょう。正直、貴女達がこの城を落とすのなら、それも構いません」

「シュナイゼル! 貴様何を――」


 激昂げっこうするラグノスを一瞥いちべつで黙らせると、シュナイゼルはわたしの目を覗き込む。


「見せて頂きましたよ。キケロやチェルマーだけでなく、エセルティアすら歯牙にもかけないその力。この世界を堪能たんのうした土産みやげ代わりに、私にも味合わせて頂きましょう」


 声を荒げた訳でもない。穏やかにほほ笑んだままのシュナイゼルの言葉に、わたしは背筋に氷柱をねじ込まれるような感覚を抱いた。棒立ちのままのサリサリの手を取り、こわばる脚を無理矢理動かし後ろに跳ぶ。


「き、きしゃま! サワコさまの必殺魔法を喰らいたいの!?」


 こんな場面で、いらんことを言うなな!?


「我が右腕は50の騎兵槍」


 サリサリの挑発は聞き流される。眉一つ動かさず、座ったままのシュナイゼルが無造作に右手を突き出すと、椅子とテーブルは砕け散り、ティーセットは形も残さず塵と化した。


 何をした? 尋常じゃない殺気は感じたが、まがい物の魔法使いのわたしには、最高位の悪魔の魔力を読むこともできない。


「ば、馬鹿者! わしごと殺す気か!?」

「それが嫌ならご自分で身を守って下さい」


 なりふり構わず窓から飛び出すラグノスに目もくれず、シュナイゼルはわずかにかかったほこりを払って優雅に立ち上がる。

 わたしは壊された椅子の脚をつかむと、逃げながらシュナイゼルに投げ付けた。


「100の歩兵の剣」


 椅子の脚はシュナイゼルの身体に届くことなく、粉になるまで磨り潰される。摩擦熱の仕業か、空中に焦げた臭いさえ漂う。攻防一体の障壁のようなものを張っているの?


「ああ、違いますよ、ミス・サバト。私の力はもっとシンプルなものです。私のあざな万騎将ばんきしょう。文字通り、常に身辺に一万の魔軍を率いるものです」


 ご丁寧にも、わたしにも見えるよう披露してくれたのだろう。一瞬だが、シュナイゼルの背後に、黒い鎧で身を固めた異形の群れが浮かび上がる。この魔軍の将がほんの少し気まぐれを起こせば、北の砦くらい、今からでもたやすく攻め落としてしまうだろう。

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