最強の魔導書は黒歴史ノート!?
藤村灯
第1話 解放せよ黒歴史! 対決! 影のキケロ
自分を主人公にした夢小説の数々。ふとんに潜り込んでから眠りに落ちるまでの間、冒険の妄想を描かない夜はなかった。小説サイト『吾輩も書く読む』に登録してからは、何本もの作品をUP したものだ。完結したのはわずかだけど。
病が
何が切っ掛けだったのかは思い出せないけれど、高校入学直前でさすがにまずいと気付けたのは幸いだった。『吾輩も書く読む』のアカウントは削除し、黒歴史ノートの類は封印。
今ではオタク趣味も、お気に入りのクラウディア卿やアキトきゅんのクリアファイルを、こっそり机の引き出しの隠し持つ程度。どうしてもラノベやグッズが欲しくなったときは、休日に2駅先のアニメショップに向かう。もちろん帽子にマスク、伊達メガネは必須アイテムだ。
明日は休日。秋からの新番組の原作本を買いに行きたいけど、ここで我慢が効かないから、いつまでたっても脱オタできないのだ。「ふーん、ア↑ニメ↓? 結構面白いね?」くらいのクールさでないと、いつまでたっても彼氏なんて出来やしない。
迷いながらごろごろ床を転がっていると、押し入れから怪しい光が漏れているのに気が付いた。点けっぱなしの懐中電灯? そんなものに心当たりはない。恐るおそる調べてみると、光源は奥に押し込めたみかん箱。中学の時の教科書やノート……それに、黒歴史を封じ込めたもののはず。
確かめようと引っ張り出して開けてみると、あたり一面、溢れ出すまばゆい光に包まれた。
§
「わわっ……成功した……ほんとに来ちゃった……」
目の前で小柄な少女がびくつきながら見下ろしている。
あれ、みかん箱は?
白いローブ、手には宝玉の埋め込まれた木の杖。水色のウィッグも似合ってる。よくできたコスプレだけど、何のキャラだろう?
お尻が冷たい。床も壁も石造りの暗い部屋。明りはランプ。床には魔法円。
……うん? なにこのシチュエーション。どうなってるの?
「サ、サリサリの名において命じます! 汝の名を述べよ!」
ぷるぷる震え、涙目になりながら、杖を突き出す少女。
「わたしは
しゃがんだ姿勢から立ちあがろうとすると、付いた手に触れるものがあった。擦り切れたカーキのスケッチブック。これは押し入れの奥深く、みかん箱の底の底に封印していた、わたしの黒歴史ノート!?
反射的に隠そうとつかみ取り、部屋着の胸元に抱え込む。慌てたせいで、少女の足元にチョークで描かれていた魔法円の一部を払って消してしまった。
「はわ! 魔法円が……わわッ!?」
怯えた声を上げ後ずさる少女――サリサリだったか――がバランスを崩し、転びかける。とっさにノートを抱えたのと反対の手でつなぎ止めた。
「ひうっ! たすけて! 殺さないで!」
「……殺さないって……」
助けてあげたのになんて言い草だ。手をはなすと、サリサリは転がるように部屋の隅に走り、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「だからわたしは無理だって言ったんです! 北方侯に対抗できるほどの魔神なんて、召喚できたとしても制御できるはずがないって!」
魔神?
ぷるぷる震える少女を前に、途方に暮れる。見回すと、石造りの室内には古い本の積まれた机に、怪しい色の液体で満ちたフラスコの並ぶ棚。まるで魔法使いの部屋だ。何かのアニメで見たようなシチュエーション。
うん? あれ? これってわたしが召喚された悪魔ってこと?
『ククッ。警戒していて正解だったわ。恐ろしいほど膨大な魔力。契約されぬ間に始末せねばな』
サリサリの頭上、天井の隅にわだかまる影が形を変える。目だけがくりぬかれた白い面を被った影の手には、影そのもののような黒い刀身のナイフ。
「あぶない!!」
サリサリを引っ張り起こすのと、天井からにじみ出た影が刃を振るうのはほぼ同時だった。
少女のローブの裾がぱっくり裂けている。本物の刃物じゃん! 狂人か!!
「
わたしの手の中で助けを呼ぶサリサリ。あれ? これウィッグじゃないぞ?
『ククッ。結界を張った。誰も来ぬよ。囲まれたとはいえ、外にばかり目が行き過ぎだ。この程度の警備を
四つん這いの姿勢のままにじり寄る影。
ちょっと待って! わたしよりあっちのほうがよっぽど悪魔っぽい! 誰かなんか間違ってない?
「我らと同郷でもないようだが……どのみち術者を殺せば戦力にもなるまいよ」
キケロの腕があり得ない長さにまで伸び、ナイフがサリサリの首元に迫る。
とっさに抱きかかえたまま床を転がり刃を避ける。
『…………なぜ庇う?』
不思議そうな声色。こきりと首をかしげキケロが問う。
「え? いや、そりゃだって……」
胸元で見上げるサリサリもきょとんとした表情。
「助けるでしょ、ふつう!? 目の前で殺されかけてたら!?」
涙で汚れたサリサリの顔に、みるみる喜色が広がる。
「クロイさま!!」
『馬鹿な! 契約はなされていないはず……おのれッ!』
首元に抱き付くサリサリの肩越しに、キケロがナイフを握る無数の手を形成するのが見える。
まずい、逃げないと!
でも、木製の扉には多腕の影のほうが近い。
「何か魔法でも使えないの?」
「わたしの魔法程度では、影のキケロに傷一つ付けられません。ここはクロイさまが!」
期待のまなざしが痛い。見詰めるのは右手のスケッチブック。
うぅ……こんな時に、書き溜めた黒歴史の数々が頭をよぎる。
むずがゆさを振り払い、黒歴史ノートを振り上げる。
びくりと、伸ばしかけていた腕を止めるキケロ。ハッタリでいい。扉へ走る時間稼ぎになれば。
自然に開いたページに記されたオリジナルの呪文の数々。
うああああ!! アホなのか? アホだろう、中学生のわたし!
湧き上がる恥ずかしさを押し殺し、詠唱を開始する。
「空に満ち、谷を
『風か? こんな閉ざされた空間で風を使えるものか!!』
「ふん。わたしは四大の全てを使役するもの!!」
胸を張り言い切るのは、自作小説『エターナル・ブリザード・サーガ』の主人公、アステリオのセリフ。当然完結せずエタっているのだが、今はどうでもいい。
『クッ……異邦の魔神!! 死ねェ!
逆効果!? 必殺技っぽいの使ってきた!?
サリサリを抱えて扉へ辿り着くより早く、キケロの無数の攻撃が走る。刃の数が多すぎて、そのさまはまるで黒い壁に見える。
ダメだ……終わった。
ゲームみたいに、死んだら家に帰れるんだろうか。
死の間際の光景はスローモーションに見えると聞くが、黒い刃の群れはいつまでたっても私の身体に届かない。注射か歯医者の治療を待つ間のように身を固くしていたが、ようやく目の前で起こっている事態に気が付いた。
吹き荒れる風の檻が、キケロの身体を閉じ込めている。
『おの……れ……我が奥義で……傷を付けることすら叶わぬとは……』
風の牙に食い散らかされるように、影の腕が散って行く。グロい。見えないように、サリサリの顔をそむける。
『だがな……
「『
涙目でぷるぷる震えていたのが嘘のように、わたしの首元に抱き付いたままぴょんぴょん跳ねるサリサリ。
首が痛い。脳が揺れる。止めて!
「……とりあえず、黒井じゃなく、佐和子って呼んでくれるかな?」
この状況、クロイ・サバトを名乗っていた頃の記憶が絶え間なく呼び覚まされ、むずがゆさが止まらない!
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