第3話 燃え上がれ黒歴史! 強襲! 夜魔の女王エセルティア

 軍議に加わっていたサリサリの話では、わたしを前面に出して戦わせるようなことはないそうだ。他の者が乗り気でも、ハインツが頑として聞かないらしい。わたしにとっては好都合だけど、不満そうに語るサリサリの口調が、申し訳なくもそら恐ろしかった。


 わたしが頼りにされるとすれば、敵陣にラグノスの呼び出した悪魔がいる場面。数の上では破られるはずのないこの北の砦が陥落寸前まで追い込まれているのは、ひとえに悪魔の存在によるものだと。確かに、敵陣の奥深くまで簡単に潜入出来る悪魔相手では、作戦も何もあったものじゃない。


 サリサリは城壁に魔法による護りを付与して回っている。キケロの目的が召喚の阻止に絞られていなかったなら、被害は計り知れない物になっていただろう。


 うー。やっぱり、わたしが悪魔の相手しなきゃダメかなー?


 身を守るためとはいえ、キケロをグロい方法で殺してしまったことにどんよりしていたら、サリサリは「悪魔は死にません。魔界にかえるだけです」と慰めてくれた。わたしも倒されれば還れるのかとの問いには、露骨に目をそらしやがったが。


 あー、もっとこう、スローライフ! とか、ダンジョン探索! とかだったら、ノリノリで手助けできたのに。


 気が付くと、マルルクくんはソファでうとうとしている。敵の攻撃は夜が明けてからだろうという話だ。それまで少し休んでいてもいいとは言われたけど、城内は殺気だって騒がしいし、砦の外に敵がうじゃうじゃいる。こんな状況では、とてもじゃないけど眠れやしない。


 こくりこくりと船をこぐマルルクきゅんに膝枕し、わたしも目をつむり少し身体を休めることにする。


 合法的に細く柔らかい金髪の感触を楽しんでいると、不意に轟音が鳴り響いた。


「ふあっ!? なになに??」


 わけも分からず身をすくめ怯えていると、扉を蹴破る勢いでサリサリが室内に飛び込んできた。


「してない! 何もしてない! 合法!」

「敵襲ですサワコさま! ラグノス軍の悪魔です!」


 両手を上げ潔白を主張するわたしに構わず、サリサリは厳しい顔で、ひとときの安らぎタイムの終わりを告げた。


            §


 砦の上空を無数の黒い影が飛んでいる。コウモリか? でもわたしが知ってるのよりずっと大きい。


 城壁の上の兵士を翻弄ほんろうするように飛び回り、襲いかかるコウモリの群れ。弓で応戦していた兵士が、火だるまになって落下するのが見えた。ひどい……あの大きいコウモリの攻撃か?


「野郎ッ!!」


 頭に血をのぼらせたハインツが、長弓を引っつかんで城壁への階段を駆け上る。怖がってる場合じゃない。黒歴史ノートを手に、わたしも後へと続く。


 ひときわ大きいコウモリに見えたのは、背に黒い翼を生やした、濡れるような黒髪の女だった。わたしのより少し布が多く、わたしのよりずっと深い切れ込みの入った衣装を身に纏っている。悔しいが、わたしよりずっと衣装が映える体型だ。


「気を付けて! 序列12位、夜魔やまの女王エセルティアです!」


 落された兵士の火を消し、応急手当を施していたサリサリが叫ぶ。


 その姿を切れ長の黒い目で一瞥した夜魔の女王は、つまらなそうに鼻を鳴らして見せた。


「人間同士のくだらぬ争い。わらわが出向くまでもないと思っていたが、キケロを退けるほどの者がいると聞いてな」


 空から見下ろす侮蔑ぶべつ混じりの視線が、わたしの姿を認め絡み付いた。


「ふむ、そなたか。確かに魔力は桁違いのようだな。異邦の魔神とやら、その力見せてもらうぞ」


 エセルティアは細い指を艶めかしく動かし火球を生み出すと、わたしを指さし解き放つ。


「うわった!!」


 慌てて避けると、火球は城壁を砕き燃え広がった。こんなの、当たったら死んじゃうじゃん!?


「落ちろ、コウモリ野郎ッ!」


 ハインツ達が放つ矢の雨は、舞い踊る大コウモリに邪魔されエセルティアに届かない。わずかに届いた数本の矢も、その身に触れることなく燃え尽きた。


「邪魔をするな、人間」


 再び生み出された火球がハインツを狙う。ダメだ、あんなのまともに喰らったら消し炭になっちゃう!


 思い出せ、なんか防御っぽいの!!


「そは断絶。何人も越えるをあたわぬ真なる壁よここにあれ。絶対虚陣断層アブソリュート・ゼロ・ウォール!!」


 かすかな記憶を頼りに黒歴史ノートをめくり、ギリギリ間に合った。成功の秘訣は絶体絶命かもしれない。

 生み出された空間の断層は、ハインツの身を守り、熱さえ通さずエセルティアの火球を掻き消した。


「オマエ……」


 死を覚悟していたらしいハインツは攻撃も忘れ、わたしを見ている。だけど言葉を交わす余裕はない。震える指先や笑う膝を、エセルティアに気付かれたら終わりだ。


「ダンスの先約はわたしのはずだろう、夜魔の女王」


 自作小説『踊れ美姫びきよ、僕の腕の中で』の主人公、ジェレミーのセリフ。ヒロインの王女を落とすためのものだけど、この挑発はてきめんに効いた。


「面白い。面白いぞ魔神。名を聞いておこうか」

 低い声で問うエセルティア。唇の端が微かに震えている。


 やばい……効きすぎた。マジ切れ寸前かも。


「我が名はサバト。クロイ・サバトだ。お前を地獄へ送り返す者の名、魂に刻んで逝け!」


 身体が自然に動き、中学生の頃練習していたポーズを決める。決まった! 中二病が再発か!

 だけど同時に人生も終わったかも知れない。


「良いだろう魔神サバト! 妾の炎で塵も残さず消え去るがよい!!」

 

エセルティアの叫びと共に、その両手に火球が生まれる。左が青、右が赤の炎。


「我が弓手ゆんでに青のほむら立ち 我が馬手めてに赤のほむら立ち――」


 磨り潰すように組み合わせた掌の間で、その輝きは白く変わり、輝きと熱量を増して行く。


「交わりて白きほむら立ち門を開かん。空に金 地に赤。黒の六星は既に我が内にあり――」


 吹き付ける熱風。あんなのかするだけでも蒸発するんじゃないの!? 避けても砦が吹っ飛んじゃう!!


 水……氷か? あわててノートをめくるも、気ばかりせいてうまく思い出せない。何かあったはず、何か……


 今にも放たれそうなエセルティアの必殺の攻撃を前に、パニック寸前。


 熱い。……熱?


炎鴉えんあの群れよ舞え。ここは狂宴きょうえんの玉座。紅旗赤槍こうきせきそう地に並び立てり――」


 詠唱を紡ぐわたしの胸元に炎が灯る。


 設定通りなら、この魔法で大丈夫なはず。っていうか、炎と熱で頭がいっぱいで、もうこれしか思い浮かばない!


「妾と炎術勝負だと? どこまでも愚弄ぐろうしおって!! 疾く消え去れ! 獄炎六連星ごくえんむつらぼし!!」


「――星海せいかいを貫くはあけの帯。向かうは白金しろがねの城。そしてそは巨人を竜をほふるもの。超竜破断光Z・エグゼキューター!! 」


 夜魔の女王の周囲に出現した、黒い太陽の群れが放たれるのと同時に、わたしの胸元に収束した魔力が光の矢となって疾る。 それは次々と黒い光弾を掻き消すと、そのままエセルティアを飲み込んだ。


「馬鹿な!? ありえぬ! 妾の獄炎ごくえんを焼き尽くす炎など、あるはずが――」


 驚愕の叫びを残し、蒸発するエセルティア。


 当然だ。わたしのノートには「超竜破断光Z・エグゼキューター 熱を超えた熱という概念そのものでなぐる技。ゼッ〇ンもしぬ」と書かれている。「熱という概念そのもの」という部分に、どや顔でアンダーラインが引かれているが、他人の目に触れたならすみやかに自害を選ぶほかないパワーワードだ。


 夜明け間近の葡萄酒ぶどうしゅ色の空を裂いた白い光線は、守備隊だけでなくラグノスの軍勢全てが目にしただろう。


「開門!! 野郎どもボケっとしてんじゃねェ! 討って出るぞ!!」


 静まり返る戦場に、ハインツの叫び声が響き渡る。


 眼下で攻城戦の準備を進めていたラグノス軍が、目に見えて浮足立っている。

 絶対の信頼を寄せていた、攻城のかなめエセルティアが倒されたのだ。無理もない。


 彼等には城壁に立つわたしが、災厄の魔神が屹立する姿に見えたのかもしれない。

 実のところ、蒸発の危機に晒されたわたしは膝もがくがくで、ひょろひょろの流れ矢一本かわせないありさまだったのだけれど。


 ハインツに率いられた守備隊の勢いを止められるものは存在しなかった。わずかな交戦ののち、戦意を喪失したラグノスの軍勢は瓦解がかいし、文字通りの潰走を始めた。

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