第6話 それぞれの担当

 割り当てが行われた。

 境間さんの抑揚は、終始穏やかだった。

 この人は、ウィスキー工場が似合うと思う。

 そこで醸造の手順とかを説明してもらえたら、完璧なはずだ。

 


 わたしはベネズエラに赴き、不悪(おず)を継ぐ草を探す事になった。

 航空券とパスポートとUSBメモリを貰う。

 この航空券で、わたしは成田から、ニューヨーク、マイアミを経由して、カラカスに入る。


 パスポートには、綿貫雫(わたぬきしずく)という女性の名前と、わたしの顔写真が載っていた。

 ちょっと疲れている顔だ。

 もうちょっと若々しくても良いのに、とへそのどこかが曲がるのを感じる。


 USBには、わたしの偽の経歴と新しい就労先の詳細が書き込まれている。ちなみに青年海外協力隊、業務は栄養指導。


……まあ、それはそうだ。逆忌(さかき)さんが殺されたのだ。

 ベネズエラに観光ビザでいきなり飛んで、薬草を探すのはいいけれど、敵さんの目についてデッドエンドでは目も当てられない。

 

 大人しい女に擬態して、協力隊の業務を忠実にこなしつつ、薬草と、敵に関わる情報を集めるスリーパーが、一番成功の確率が高い。


 この決定に、わたしは少なからずの安堵と微(かす)かな失望を覚える。


 安堵は、奈崩と組まずに済む事。

 この最悪を回避できた事は大きい。

 

 ちなみに、奈崩はモスクワに飛ぶ事になった。

 十三聖教会(ジュダス)という東方教会系のカルト教団に、喧嘩を売るらしい。

 この男にふさわしい、分かりやすい任務だ。


 失望は、九虚(くこ)君と組めない事。

 色々な経緯(いきさつ)の結果、わたしは彼に、もやもやした感情を抱くようになった。

 けれどこの感情を、何というかは自分でもよく分からなかった。


 ちなみに、九虚君は志骸(しがい)と一緒にスペインに飛ぶ事になった。

 彼の担当は、カルロスさんの追跡任務。

 表向きは留学生で、志骸は彼の娘という設定だ。


 この設定を告げられた時、二人は露骨に嫌な顔をした。

 まあ、そうだろう。

 24歳の九虚君は4歳上の28歳になり、志骸は12歳の外見のはずなのに、3歳若い9歳になってしまったのだ。

 

 さすがにこれは無いと思う。

 けれど、境間さんは彼らの不満を、悠然としたほほ笑みにふした。


 まあ、外国人から見たら日本人の女の子は若く見られる。

 サングラスをいつもかけている九虚君はとても感じが悪いので、28歳でも妥当といえば妥当だ。


 任務としても、これが一番だと思う。

 だって、逆忌さんはスペインで屠られたのだ。

 正体の分からない敵さんに襲われる可能性なら、彼が一番高い。

 そして、無条件治癒能力者の彼なら、初撃を生き残れる可能性だってとても高いのだ。

 志骸も、9歳児という見た目を十分に使って、彼をサポートできるのだろう。

 でなければ、境間さんは彼女を選ばない。


 説明を一通りしたしめくくりに、わたしたち一人ひとりに順々語り掛けるみたいに視線を合わせながら、境間さんはこう言った。


「この配置が一番の生存確率なのです。皆さんの誰が欠けても、確率は大きく下がります。ですからお互いに敬意をもって、過ぎ去った事は脇に置いて、全力を尽くしてください」

 奈崩に殺された彼女の事を言っている、とわたしは思った。

 涙が視界をぼやかす。


 わたしは彼女の死について、まだ整理がついていない。

 月日は記憶の輪郭をぼやかすだけで、芯は、その鮮烈と言えるほどの痛みは、わたしを常に抉り、傷からは膿が垂れ続けている。

 

 それでも、100年後の子供たちのために、わたしは過去を脇に置いて全力を尽くそう。

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