第5話 幻の神花

 

  境間さんの言葉が終わると共に会議室の照明が落ちた。

  室内全体が薄闇に沈む。

  ブラインドの隙間から午後の白い陽が斜めに差し込み、志骸だけを照らした。

 

 境間さんの後方に、スクリーンが下りる。

 それから、プロジェクターが、一輪の花を白布に映し出す。


 ふっくらとした白い花弁が可憐な花で、少しすずらんに似ていると思った。


「これは、不悪(おず)と言います。

 可愛らしいですね。高山植物の一種です。

 ちなみに、普通の不悪は、黒い花を開きますので、白い花は、稀(まれ)です。

 そして、白い花しか、薬草としては使えません。

 四葉のクローバーしか使えないようなものです。

 でも困ったことにですね、クローバーと違って、この花は、母数が極端に少ない。環境の変化にも弱い。

 しかもですね、今年の豪雨災害で、壊滅的打撃を受けました。


 ……駆悪(かけあし)の因果は、みなさんご存知ですよね。

 2.5倍の速さで歳を取るという因果です。

 隔世遺伝ですから、周期的に大量に発現します。

 彼らは、現実年齢で12歳、体内年齢30歳の時に、悪(お)という致死性の遺伝病を、漏れなく発症します。

 この悪の治療に使われるのが、不悪(おず)なんですね。

 これを使うと、治癒率100%です。

 しかし、あまりにも数が少ない。

 さらにこの豪雨災害だ。このままでは、白どころか、黒の不悪すら全滅してしまう。


 そこで、わたくし境間は、村の智恵者達と、対策を考えたのです。

 まあ、ご存知のとおり村には、趣味で大学教授などもしている方々がいらっしゃいますからね。


 ある智恵者の一人が提案をしました。

『種を取っておいたらどうだろう』

 栽培技術が整う、遠い将来まで、種を発芽させずに取っておく。合理的な案です。が、その間に生まれた駆悪は、もれなく12歳で死ぬでしょう。

 別の智恵者が提案をしました。

『外の国から、類系を取ってきて、掛け合わせたら、どうだろう』

 気候というものは、大きな時間の中で、移り変わるものですからね。

 不悪の育ちやすい気候の時期が到来するまでの、つなぎに、外来種を探すことは、そこまで悪くないのかもしれません。

 成功すれば、駆悪たちは、12歳以上の年齢を生きることが出来るのです。

 ああ、もちろん、九虚君に治してもらっても良いのですが、これは100年単位の話ですからね。


 わたくし境間は、この二つの案をばば様に上奏しました。

 結果、外の国から探す事になりました。

 と言っても、不悪自体が特殊ですからね。

 類系もめったに在るものではありません。効能も神の領域。

 つまり、幻の神花という表現が、大げさではないのです。

 それでも、智恵者達と奔走に奔走を重ね、やっと見つけたのが、こちらです。


 青が綺麗な花でしょう。

 南米の火山地帯の花だそうです。

 出所(でどころ)は不明ですがね。

 というのも、この花の存在が発表されたのは、はい、切り換わりますね。


 この、フランスの遺伝子工学学会。外人ばかりですね。

 ここでなんですね。で、発表したのは、この、画面中央の、はい、この男性。

 カルロス・フィッツ・サントスというお名前の方です。

 歳は35歳。

 バルセロナ大学遺伝子工学部の教授です。

 元々はベネズエラからの移民だそうです。

 ここまでの話は平和なんですがね。

 わたしたちの村は、このカルロスさんにコンタクトを取って、この青い花の出所を伺う。


 それだけのはずだったんですが、いささかきな臭いなと思う事が起きました。

 まず、こちらの画像。これは、復元されたファイルです。動画は消されました。

 それなりに大きな学会ですし、保管先は多数に渡りますが、その全てから、この学会のビデオは物理的に消されました。

 電子保管サーバーにも攻撃があって、やはり記録は消去されています。


 それから、カルロスさんは、失踪しました。

 もちろん彼を探す必要があります。

 で、誰がこんな悪戯をしたのだろう、という話です。

 犯人は現場にいるものですから、画像をくまなく探しました。

 するとですね。この端。この人。


 学者じゃないんですよ。服装は、一見、係りの人なんですがね。

 この方の手首、拡大しますね。逆十字の刺青でしょう。

 ちょっと覚えがあるマークでして。で、分かったわけです。

 この方、かなり昔、村とやり合った組織、ロシアのカルト教会の方です。

 きっちり壊滅させたはずだったんですけどね。世代を越えて、復活していたんですねえ。

 おそらく、データの消去は、この教会のお仕事でしょう。

 カルロスさんについては分かりませんが。


 というのも、逆忌(さかき)さんにですね、彼の捜索を案件としてお願いしたんです。

 で、逆忌さんは、カルロスさんの、スペインのアパートに赴いた先で、珍しい物を見つけました。

 それをわたくし境間に空輸してから、誰かと戦闘をして、負けて心臓を抉り取られて死にました。


 で、これが、その珍しいものです。

 綺麗な羽根ですね。青い空のように美しい。

 しかし、動物に詳しいわたくし境間でさえ、この羽根には覚えが無い。

 新種の鳥でしょうか。

 と、疑問符を頭に浮かべながら、違和感に気づきました。

 煙草の臭いがするのです。

 で、飼われていた鳥なのか、はたまた、ということで、遺伝子検査に出してみたんですね。

 戻ってきた結果に驚きました。

 この羽根は、99.999999999%、ヒトゲノムと一致します。

 つまり、ヒトの遺伝子からできた、ヒトから生えた羽根なんです。

 おそらく、この羽根の持ち主と、逆忌さんの死には、強い関係があるでしょう。

 もちろん、カルロスさんにも。


 まとめますと、不悪の維持のために、青い薬草が必要なわけです。

 これの情報は、カルロスさんが握っています。

 カルロスさんを狙っているのは、ロシアのカルト教会と、おそらく、青い羽根のヒト、です。

 彼らか、またはカルロスさんと、潰し合う事になるのでしょう。

 この案件の生存確率は25%ですが、皆さんの組合わせが一番高い。そういう点も含めて、わたくし境間は皆さんが、ベストメンバーであると信じています。

 要は、薬草さえ手に入れば良いのです。皆さんには、大いに期待しています。全員が生き残る事も含めて、これが最強の布陣だからです」

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