繋いだ手はずっと離さないから

こんぶ煮たらこ

繋いだ手はずっと離さないから

「まいごのまいごのスナネコちゃん。あなたのお家はここですよ♪」

「…ここはオレの家なんだが」


じんめりじめじめした地下迷宮に何やら楽しげな歌が聞こえて来ます。

ここはさばくちほーにある地下迷宮。

地表では灼熱の太陽が絶えず降り注いでいますがこちらは地下ともあってひんやりとしています。

でもこのふたりだけは外に負けないくらい何だかとってもアツアツな雰囲気…?



「…おい、いい加減この手を離してくれないか?」

「え、どうしてですか?」

「どうしてって…このままだと色々不便だろ」

「ぼくはべつに大丈夫ですよ」


ツチノコは困ったようにはぁ、とため息をつきます。

どうやらじゃんぐるちほーでの遺跡探検の帰り道、今度こそ迷子にならないようにとスナネコの手を握ったツチノコでしたが、それがすっかり気に入ってしまったのかスナネコはそれ以来一度も手を離そうとしてくれないのでした。


「ツチノコは嫌ですか」


突然スナネコの顔がズズッと近づきます。

手を繋いだままだからか、いつも以上に急接近するスナネコに思わずたじろぐツチノコ。

繋いだ手にじんわりと汗が滲んでいくのが分かります。




「………嫌…じゃないが」


スナネコはツチノコの答えにまんぞくすると、もう片方の手を器用に使い砂にお絵描きを始めました。

相変わらずマイペースなスナネコ、今日もツチノコは為すがまま。自由気ままに気の向くままツチノコを手玉に取ります。


「…じゃなくて!!やっぱりダメだ!!今すぐ手を離せェ!!」

「えぇ~さっきと言ってる事が違うじゃないですか」


ツチノコはブンブン、と勢いよく手を振りますがスナネコは中々手を離そうとはしてくれません。

まるで接着剤で引っ付いているかのようにピッタリふたりの動きがシンクロします。


「どうしてそんなに嫌がるんですか」

「恥ずかしいんだよッ!!」

「別に誰も見てないしいいじゃないですか。それとも………」


スナネコはそこで突然言葉を切りました。

その不気味な雰囲気に思わずツチノコは息を飲みます。


「な、何だよ…」

「ツチノコにはぼく以外にも誰か見えているのですか?」

「…は、はぁ?」


途端に肩の力が抜けたようにツチノコは鼻で笑います。


「ヘッ急に何言い出すかと思えばそんな子どもだましでオレがビビる訳………」

「そう言えば博士から聞いたのですが……ヒトって死体を地中深くに埋めていたらしいですよ」

「あ……?」


スナネコの突然の告白にツチノコの身体が一気に強張ります。

周りのジメッとした空気がツチノコの身体に纏わりつき逃そうとしません。

ドクン、ドクンと心臓の鼓動が早くなっているのが繋いだ手からバレてしまわないか不安になってしまうほど…。


「ですから遺跡などのれきしてきけんちくぶつ?の下を漁ると今でも出てくるらしいですよ」

「で……出てくるって何がだよ…………」

「それはもう無数のじんこ………」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!!!」


そしてとうとう堪え切れなくなったのかツチノコは叫んでしまいました。

しゃがれた叫び声がこだまするように辺り一帯に響き渡ります。


「もう、急に耳元で大声出さないで下さい。キーンってなったじゃないですか」

「お、オマエが変な事言うからだろッ!!」


ツチノコの身体にはいや~な汗がぐっちょり…。

そんな状況でふたり仲良くくっついていればそれはもう必然的に暑くなる訳で…。


「さすがに暑くなってきましたね。そろそろ手を離……お?」





ぎゅ


離そうとしたスナネコの手が握り返されます。


「…どうしたんですか」

「い、いや…。別にお前がこのままで良いってんならもう少し位付き合ってやっても……」

「いえ。ぼくはもうまんぞくしたので結構です」

「なッ!?オマエぇさっきと言ってる事違うじゃねーか!!」


薄情者、と言わんばかりにツチノコが猛抗議します。

ですが熱しやすく冷めやすいスナネコの性格を知っていれば本来ならまぁ、騒ぐほどでもないのですが…。



「もしかして怖くなったのですか~?」

「うぐ………」


ズバリ図星をつかれるツチノコ。

しかしここで認めてしまっては更にスナネコを調子づかせるだけです。

なのでそれを悟られまいと何とか策を巡らせます。



「そ、そうだスナネコ。しりとりでもしないか」

「いいですよ。キリン」

「おいッ!やる気あんのか!!」

「まんぞく…」

「まんぞくするなァーーーー!!!!」


どうやらツチノコのしりとり作戦は失敗に終わったようです。










「あ゛つ゛い゛………」


ここはさばくちほーにある地下迷宮。

地表では灼熱の太陽が絶えず降り注いでいますがこちらは地下ともあってひんやり………とはどうもいかないようです。


「そりゃあ、まぁ、これだけくっついていれば」

「いかん……。さっき叫んだせいか身体の水分が………」


どうやらツチノコ、今度はお水が欲しくてたまらない様子。

一方スナネコはというと、何故かまた手を離してくれなくなりお互い相変わらず悶着密着状態が続いています。

しかしここでツチノコはある事を閃きました。


「そ、そうだ!水を飲みに行かせてくれ」


ツチノコ、どうやら今度はひとりでお水を飲みに行くのに一度手を離してもらおうという作戦のようです。

果たして今回は上手くいくのでしょうか。


「やだなぁツチノコ。お水ならここにあるじゃないですか」

「あぁ?」


そう言ってスナネコが脇から取り出したのは水筒でした。

すっかり慣れた手つきであっという間にお水を注いでしまいます。


「はいどうぞ♪」

「(何かスナネコが怖いんだが)」

「…飲まないのですか?それともまた前みたいに口移……」

「だああああぁぁぁ!!分かった!!飲めばいいんだろッ!!」











「…なぁスナネコ」

「どうかしましたか急に改まって」


ツチノコはいつになく真剣な眼差しでスナネコの名前を呼びました。

スナネコもいつもとはちょっと違うツチノコの雰囲気に気が付いたようです。




「オレはお前と毛皮越しじゃなく直接手を繋ぎたい」

「えっ」


思わず自分の耳を疑うスナネコ。

まさかあのツチノコが自分からそんな事を言うなんて信じられるでしょうか。



「……怪しいですね」


いつもツチノコにちょっかい出しては怒られ、呆れられ、時には優しく諭され…。そんな色んなツチノコを見てきた彼女にとってこの告白とも言えるべき発言はまさに衝撃的でした。

だからこそなおさら信じられないのです。


「ほ、本当だ!だっておかしいだろ。せっかく手を繋いでるのにこれじゃ肌の温もりすら直に感じる事が出来ないんだぞ……」


そう言ってツチノコはぎゅっと手を握りしめます。


「オレはこの手でお前の体温を感じたい」


そして最後はこの世全ての歯が浮いてしまうような台詞を言ってフィニッシュです。

さすがにここまであからさまだとスナネコも何かがおかしいと気付くかと思いきや…。




「………もぅ。ツチノコはズルいですよ」


完全に雌の顔です。

そしてスナネコが毛皮を脱ぐ為に手を離そうとした次の瞬間…!!





「スキありッ!!」


ツチノコは待ってましたと言わんばかりにスナネコの手を振りほどきました。


「ハッ!油断したなスナネコ!!」

「……………」


ついに自由を取り戻したツチノコ。

びっしょりと手汗で輝いた左手がその戦いの長さを物語っています。

これでようやく平穏な生活に戻れると安心したのもつかの間…。




「………あ、あれ?」

「…………………ぐすっ」

「ちょッ!?お前何泣いて………」

「……だっで………ツチノコが………ぼくの事いじめるがら………」


何という事でしょう。スナネコは今まで見せた事のない泣き顔でぽろぽろと涙を零しているではありませんか。

これにはさすがのツチノコも大慌て!


「まっ、待て!!オレは別にそんなつもりじゃ……」

「………ひっく。もういいです…。ツチノコはぼくの事嫌いなんですね」

「なッ!?ちが………」

「………じゃあ何でいじわるしたんですか」

「それは………その……すまん」



ふたりの間に気まずい空気が流れます。

何でしょうかこの好きな子にちょっかいを出し続けてたら急に泣き出してしまったかのような罪悪感は。

スナネコの涙は絶えず迷宮の土に吸い込まれては消えてゆきます。


「ちょっとやりすぎた……。オレが悪かったよ」

「………って言ってくれたら許します」


涙で震える声でスナネコがふと何かを言いかけました。


「好きって言ってくれたら許します」

「あぁ…何だそんな事か………あァ!?今何っつった!?」


ツチノコは驚きの余り聞き返しました。

一応念の為に、自分の耳が間違っていないかどうか調べる為に…。


「だからぼくの事好きって言ってくれたら許します」

「な、何でそんな………」

「決まってるじゃないですか。ツチノコが本気で謝っているのか確認する為です」

「どうしても言わなきゃ駄目か……?」

「……別に言いたくないなら言わなくていいですよ」


しかしスナネコは続けます。



「ただその場合この事をサーバルやかばん、島中の皆に言いふらします」

「なッ!?オマエ卑怯だぞ!!」


スナネコはぐしゃぐしゃにした泣き顔のままそう告げました。

表面上は至って冷静に喋っていますが、その言葉の裏には沸々と沸き上がる怒りが表れています。

冷静な泣き脅し程怖いものはありません。

さぁツチノコはどうするのでしょう。


「ぐぬぬ…………」

「………言ってくれないんですか」



「……………きだ」


「聞こえないです」






「好 き に 決 ま っ て ん だ ろ ッ ! ! ! !」



ツチノコは叫びました。

許してもらいたいとか、誰かに言いふらされたくないとかではなく、本当に好きだから、ただその一心で叫びました。

それは紛れもなく心からの叫び、ツチノコの想いを込めた愛の告白。

きっとこれならスナネコも喜んでくれるに違いありません。




「飽きた」

「………は?」

「ありがとうございました。ぼくはもうまんぞくしたので帰りますね」

「は?え?まんぞくってお前……さっき泣いてたのは?」

「えっ?普通に演技ですけど」


きょとん、としたいつもの顔で淡々と愛のない告白を続けるスナネコ。

反対にツチノコは未だに事態が読み込めず狼狽しています。



「大体何ですか『オレはこの手でお前の体温を感じたい』って。今時サーバルでももうちょいマシな事言いますよ~」

「オ、オマエぇ…………!!」

「でもあの時のツチノコ、ちょっとだけカッコ良かったですよ」

「ふっざけんなあああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」


結局どこまでも一枚上手なスナネコさんでしたとさ。


おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

繋いだ手はずっと離さないから こんぶ煮たらこ @konbu_ni_tarako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ