市立高校サッカー観戦部
パンケーキ55号
第1勝
ある昼下がり、市内の競技場では熱戦が繰り広げられていた。
「オーレ!ハーゲン町田!」
「ランガ―高知!俺らの高知!」
そう、今日はサッカーの試合が開催されているのである。
特にこの対戦カードは特別な意味合いを持つものであった。それはこの両チームが昇格同期であり、3部リーグで熾烈な優勝争いを繰り広げたことから生まれた対抗意識が大きい。それゆえ、観客の入りも期待できる試合であった。
そんな盛り上がる試合の中、ある少年に驚きの出来事が起きていた。
第一勝 クラスメート
それは0-1で前半を終えたハーフタイムの事であった。
「あれ?佐々木さんじゃん!」
「えっ!?板川くん!?」
驚いた。まさか同級生のクラスメートが同じ試合を見に来ているなんて思いもしていなかった。まして、お世辞にも有名と言えないこのクラブの試合を見に来ている学生がいるとは全く予想していなかった。
と、色々驚いていたが、なによりこれはサポーターを増やす絶好のチャンスだ。俺は頭をフル回転させ、何かいいアイデアがないか考えた。1秒ほどして
「そうだ!試合を楽しめる場所があるんだけど、一緒に行かない?」
と口にしていた。
このスタジアムに通い始めて7年、ゴール裏やバックスタンド、メインスタンドなど様々な場所を渡り歩いてきた俺にはどこが一番楽しめるのかわかっている。一番楽しめる場所で試合を見て、サッカー観戦の楽しさを知ってもらい、重リピーターになって貰おう!俺はそう考えた。
「いいよ!荷物持ってくるから待ってて!」
良かった!断られずに済んだ!これで断られていたらやけくそでゴール裏で叫んでやろうと思っていたが、その心配はないようだ。
「じゃあ俺はここで待ってるよ!」
ふふふ・・・楽しみだ・・・同級生が俺と同じチームのサポーターになるなんて夢のようだ。
しばらくすると佐々木さんが戻ってきた。
「じゃあ行こうか!」
俺はウキウキしながらコンコースを歩き、一番見やすい場所へと向かった。
「着いたよ!競技場の角の部分が一番見やすいんだ!」
「へーなんでなの?」
その質問に俺はスラスラと答える。
「そう、理由はいたって単純。メインスタンドやバックスタンドの中央から試合を見ると、ボールの動きが激しく、展開が分かりにくいことがあるんだ。他にもゴールの後ろにあるゴール裏と呼ばれるエリアがあるんだけど、あそこはみんな熱い応援をしてるからいきなりだとハードルが高すぎる。角の部分であれば目の前でコーナーキックを見れるし、サイドでの競り合いも熱く、さらに熱く応援しているゴール裏の雰囲気も少しばかり味わえる欲張りセットのような場所ってわけ。」
その長い説明を聞いてるうちに佐々木さんは目をキョトンとさせ、こう言った。
「もっとわかりやすく説明してよ」
俺としたことが迂闊だった。そんなに熱弁を解いたとして、わかって貰えるわけがない。そう気が付いたのが遅かった。そして改めて言い直す。
「要するに、ゴール裏の楽しさと、さっきいた場所の良さを半分ずつ分けた場所がここってことよ!」
「なるほどね!」
どうやらわかって頂けたようだ。
俺たちは話をしながら階段を下り、最前列の一番ピッチに近い椅子に腰かけた。学校でのことや、サッカー観戦であった面白い出来事など色々話しているうちに佐々木さんが定番の質問をしてくれた。
「板川くんはいつもどこで試合見てるの?」
「俺はいつもはゴール裏にいるんだけど、今日は寝不足で体調が万全じゃないからここで見てる」
「へー ゴール裏ってそんなにきついの?」
「いや、きつくはないんだけど、持久力がないからついこっちに来ちゃうんだよね。」
世間の同年代の皆様はゴール裏で2試合分くらいはぶっ通しで応援できるのだろうが、俺のようなモヤシとウドを掛け合わせたような人間は2年ほどゴール裏に通っているが、1試合ぎりぎり応援できるほどの体力しかない。どれもこれも運動不足が原因なのだけれども・・・
「てことは私でもゴール裏行けるのかな?」
「行けると思うよ!今度来れるとき連絡してよ!また案内するからさ!」
「じゃあライン交換しよ?」
やったぜ!心の中で俺はハットトリックを決めた選手のように喜んでいた。そういえば海外でゴールパフォーマンス中にバク転に失敗して死亡した選手もいたらしい。
「ん?何にやにやしてるの?」
「あ、なんでもない。ライン交換しよう!」
俺は心の中でガッツポーズをしたままラインを交換し、後半開始の笛を待った。
後半戦が始まると会場のムードはさらに高まり、両チームのサポーターの声援は前半のそれとはもはや次元が違っていた。
「うわー・・・すご・・・」
佐々木さんもその熱い応援に心を奪われ、目を丸くさせていた。
その気持ちは俺も同じだったが、俺の場合は悔しさの方が先に出ていた。あの場所で熱く叫びたい!12番目の選手として戦いたい!という思いが増してきたが、ここで佐々木さんと一緒に見たい気持ちもある。どうするべきなんだ・・・
俺が心の中で葛藤を続けていると、それを終わらせるかのように会場がどよめいた。その直後、笛が鳴り審判が選手に向かって走り出し、イエローカードを提示した。すると、高知サポーターの方からはブーイングが鳴り響いた。
「PKかな?」
佐々木さんは若干自信をもって俺に聞いてきた。
「残念だなぁ・・・たぶんこのプレーは直接フリーキックで再開になると思う」
「へー・・・そうなんだ・・・」
佐々木さんはしょぼんとしてしまった。それを見た俺は慌ててフォローした・
「でも、FKでもあの位置はかなり得点率が高いと思うよ!特にうちにはリーグ屈指のフリーキッカ―がいるからね!」
「えっ!!じゃあ日本代表の遠藤や中村みたいなキックが見られるの!?」
「たぶん見られるよ!」
俺がそう答えると佐々木さんは目が輝き、そわそわし始めた。それは俺も同じであり、大チャンス直前の緊張感に心を支配されていた。
「緊張するね!」
「ああ・・・」
そして、ついにキッカーが手をあげた。助走をつけたままボールに向かい走り出し、足を蹴り上げた。するとボールはDFの壁を越え、大きく弧を描きながらゴール左端に吸い込まれていった。0.5秒ほどのタイムラグの後、俺は叫んだ。
「よっしゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
嬉しさのあまり、俺は佐々木さんと抱き合っていた。その後、お互いにハッとして顔を赤らめた。
「ごめん・・・」
「私もごめん・・・」
気まずい空気が流れた。やべえよ・・・ついいつものノリで抱きついてしまった。見知らぬ人に抱きつくなんてことはしないが、同級生だったからついつい抱きついてしまった…
「別に気にしなくていいよ!」
罪悪感に押しつぶされそうになっている俺を見て、佐々木さんは笑顔で答えてくれた。
ああ天使かよ・・・
そう思っていると、佐々木さんの口から思いもしなかった言葉が飛び出した。
「ねぇ、ゴール裏行ってみてもいいかな?なんか楽しそうで行ってみたくなっちゃった!」
! ! ! ! ! ! ? ? ? ? ? ?
ゴール裏に行く! ?
それはある夏の夕方、一人のコアサポーターが誕生した瞬間だった。
市立高校サッカー観戦部 パンケーキ55号 @kennama_syousen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。市立高校サッカー観戦部の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます