第5話 俺の異世界生活はこれからだ

「ようこそいらっしゃった! 聞けば黒竜馬を2頭も打ち倒したというではありませんか!」

街に入ってその中心部、一際巨大な尖塔を持つ「お城」に連れてこられた俺達は、だだっ広い廊下を通ってコレまただだっ広い城の一角にある部屋へと案内された。

そこで待たされることしばし。

やって来たのはやけにフレンドリーなおっさんと、お召し物をお着替えになられたあの幼女にハイドリヒの三人だった。

応接間と思われるこの部屋には今、俺とこのやたらとフレンドリーなおっさんと幼女にハイドリヒ、そして加えてジティスもいる。

あとメイドさんっぽいのと執事っぽい人が部屋の端で立ってるが、身じろぎ一つしない。

いかにも貴族のお部屋と言った感じの豪華な部屋で、やたらと装飾の付けられている椅子に腰を掛けているのだが、正直落ち着かない。

落ち着かない最大の理由は、いま相手してくれているおっさんの正体が不明だからということだろう。

この街の偉いさんなのはわかるが、どのレベルで応対したものやら判断がつかないのである。

なにせ自己紹介もままならない勢いでマシンガントークしてきてくれるもだから、合いの手を入れることすらままならない。

そんな感じで俺が戸惑っているのを見て取ったのか、幼女が立ち会がって横に座っていたおっさんの頭を軽く小突いた。

「いい加減にしやれ、この者も戸惑っておろう」

「とと、これは申し訳ない。力ある御仁を迎えるとつい気分が高揚してしまいましてな」

ノリの良い親子だな。

そう思っていた自分が改まったおっさんと幼女の名乗りで思わず吹き出しかけたのは仕方のないことだと思う。

「私はここ、グランフィディック領の領主である、ウイリアム・ドラン・ヴィ・グランフィディックと申す。侯爵位を賜っておる」

「こっ……侯爵閣下、でありますか」

と言うことは、正式にはグランフィディック侯爵ウイリアム・ドラン・ヴィ・グランフィディック、という長ったらしい名前になるのか。しかも侯爵とか。

「うむ、そしてコレはの」

「ヴィヴィアン・ドラン・グランフィディックと申します」

妻。

妻!?

「お、お若い奥方様ですね……」

「世辞は要らぬぞ、バイク乗り殿」

「いえそんなことは」

どう見ても年齢一桁です。

お貴族様の若年結婚とか書物で目にすることはあったけど、リアルで見ると何だこれ……としか思えない。

だって夫はどう見てもおっさんだし。

「バイク乗り様、こう見えてお方様は軽く半世紀はブっ!?」

「女の歳を気安くひけらかすでないわ阿呆」

きれいなカーテシーを決めていた幼女あらためロリババアは、実年齢を公表しようとしていたハイドリヒ卿にスムーズな動きで肘鉄をこめかみにクリーンヒットさせていた。

「いや、妻は魔導趣味のお陰で若返りの霊薬を手にする機会があってな……その、なんだ。少々摂取量を間違えたのか、若くなりすぎてな」

「べ、別に欲をかいてたくさん飲んだわけではないぞ!? 霊薬の効能が身体に合いすぎただけじゃと何度言わせれば!」

どうやら魔法で若返った合法ロリらしい。

そっかー、50引く30でいい所を40引いちゃった感じかー。

生暖かい視線で二人を見ていると、その横で悶絶していたハイドリヒが立ち上がり、深々と頭を下げつつ正式な名乗りを上げた。

「私はこの侯爵家を寄り親とするシュタインヘイガー伯爵家の嫡男であります、ハイドリヒ・フォン・シュタインヘイガーと申します。先の黒竜馬との遭遇の際にはご助力を賜ったこと深く感謝いたします」

そう言って深々と下げていた頭をあげると、すぐに座り込み、気の抜けた表情でこう言い放った。

「あー、やっぱり性に合わないでやんす」

うん、そっちの口調のほうが似合ってるよハイドリヒ。

そして、今度はこちらの番だ。

「では私からも自己紹介を」

そう言って立ち上がろうとした俺であったが、横に座っていたジティスの様子が変なことに気が付いた。

俺と一緒に立ち上がろうとしていたのだが、その途中で動きが緩慢になり、まるで痙攣を起こしているかのようにビクビクと身体を震わせ始めたのだ。

「ジティス!?」

「ご主人様、ごめんなさい……もう限界」

そう告げてくるのを最後に、ジティスはバタリと倒れ込み。

そして――。


「あれ?」

俺は自宅のガレージに戻っていた。

ジティス――俺のバイクはスタンドも立てずにごろりと床に横倒しになっていた。

幸いウエスが山ほど置いてあったのでカウルに傷などは入らなかったが。

「……一体何だったんだ?」

本当に、夢でも見ていたのかと思う。

今いる場所は、間違いなく自宅のガレージである。

倒れたバイクを軽々と引き起こし――車重250kgは慣れないとキツイだろう――つつ、俺は何が何だったのかわからないまま、ガレージを後にした。

本格的に寝るために。


翌日、ガレージに向かう前に納屋に寄った。ガソリン携行缶を持ち出すためだ。

満タン入っているはずなので重いだろうと、一輪車ネコを使うかと納屋に入り携行缶を引っ張り出そうと思った所、軽々と持ち上がった。

「空? いや、入ってるな……」

ちゃぷちゃぷという音もきっちり聞こえる。

だが、俺はいま片手で20L入りの携行缶を持ち上げ耳元で振っているのだ。

「何だこりゃ……」

そう言えば、さっき目が覚めた時に脳内で何かの音が鳴り響いた気がする。

寝たらレベルアップなのか!? 黒竜馬を倒した時点で能力は上がってたけど数字的には今朝アップデートしました的な何かなの!?そういや昨日バイク引き起こしたときもやけに軽かったけど、アレ?

それはまあ良いとして、軽く持てるようになった携行缶を手にし、俺は急いでガレージへと向かった。

ガレージに到着した俺は一旦携行缶を足元に置き、バイクのキーを差し込みひねった。

すると、やはりと言うかなんというか。

燃料計の針は下限に達し、燃料不足を告げるランプが点灯していた。

ガス欠を起こした為に、こちらの世界に戻ってきたのではなかろうか、そう考えていたのである。

エンジンをかけていなくとも、ジティスの姿になっていたらガソリンが消費されていたのならあの挙動も納得できる、そう思いつつキーを抜き燃料タンクの蓋を開け給油を行った。

なお給油タンクの蓋は二重になっており、表のダミー蓋はボタンひと押しで開くのだが、奥の蓋はキーで開閉するのだ。正直めんどい。

それはともかく、燃料補給を終え再びキーをバイクに刺し、ひねる。

メーター周りのランプが点灯し、エンジンに火が入るのを今か今かと待ち構えているように感じられた。

しかし俺はゆっくりと装備を身に着け、昨日は積まなかったツーリング用のパニアケースを全て装着した。

昨日は車体左右とタンデムシートの後方に取り付ける、3つあるパニアケースのうち、整備用具を詰めた一つだけしか装着していかなかったのだが、今度は全部持っていこうと思ったからだ。

そして、意を決してバイクに跨りセルを回すと。

目の前の光景が、一変した――。


「ご主人様! 良かった! また会えました!」

シールド内に映る、ジティスの姿と。

バイクに跨ったまま、グランフィディック侯爵家の応接間に姿を表してしまった俺を驚きの目で見つめる掃除途中のメイドさんが目に入ったのであった。


「どうもすいませんでした」

「そんなのかまわないっすよ! 良くもどって来てくれたでやんす!」

ジティスには即座にバイク姿から人の姿になってもらったが、いきなり現れたことで騒然となってしまった侯爵家であった。

すっ飛んできたハイドリヒとジティスに抱きつかれながら、俺はこれからの異世界生活をどうすごすかを思い描いていたのであった。

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