第4話 俺の状況がなんかおかしい

めんどくせえ。

「ジティスで」

「え?」

「お前さんの名前。ジティス。はい決まり」

そう言って立ち上がった俺は、ケツについた汚れをパンパンとはたき落としながら、咥えたままのタバコを一気に吸い込んだ。

車種のアルファベットをカナ読みにして幾つか抜いただけだが、考えすぎてもけったいな名前になると思われる。俺ゆえに。

プハーッと吐き出した煙はゆるゆると流れて空に昇り、俺はそれを追いかけるがごとく両手を天に向け気持ちを入れ替えるように伸びをした。

「んーっと。……その名前で気に入らないならまた考えるから時間を……」

時間をくれと言いかけて、振り向いた先には蕩けるような笑顔を見せる、ジティスがいた。

「ジティス……ジティス……ああ、安直ですが実にいい響きです。気に入りましたわ、ご主人様!」

気に入ってくれたのなら重畳……。

そう思って再び咥えたタバコを堪能する。

すぱあ、と煙を吐き出し灰皿に灰を落とす。

異世界の城塞都市という一生見ることなど無かっただろう光景を眼前にして行う一服は、実に旨いものだった。


もう暫くは、馬車のハイドリヒ達もやって来ないだろうと思い、俺は木の根を枕に暫く昼寝と決め込んだ。

横では名前を嬉しそうに連呼する銀髪美人がいるが、俺は眠いのだ。

何しろ組み上げるのに徹夜だったからな……。

まさかこんな事態に陥るとは夢にも思っていなかったが。

あ、もしかしたら俺バイクいじりながら寝ちゃっててこれは夢――。


「おい貴様! 怪しい奴め! 起きろ!」

夢じゃなかった。

せっかく気持ちよくウトウトしていたのに、と思って周囲を見れば、槍やら剣やらを持ったいかにも衛兵です、という格好をした男たち数人に囲まれていた。

ああ、城塞都市からここが見えたのか。

仕事熱心ですこと。

しかし怪しいと言われてもただの旅人っぽい何かに見えなかったのだろうか、と思って身体を起こすと、バイクが――もとい、ジティスが俺の横で一緒になって眠っていた。

光沢のあるキャットスーツ的な格好した女が寝てたらそりゃあ警戒するだろう。

俺だってこれが見知らぬ人物だったら警戒する。

て言うかバイクのくせに寝るのか。

なおキャットスーツのキャットとは猫じゃなくてキャットフィッシュナマズから来ているそうな。なるほどのテカリ加減である。

「おい聞いてるのか貴様!」

もしかして:俺

俺よりジティスのほうが怪しいと思うんですがそれは、と口に出しかけた所で目の前に槍の穂先が突き出された。

「あー、怪しいものじゃありません。ちょっと疲れたのでここで寝てただけの旅のものです」

乗ってるバイクはツアラー旅行用車両だしな。今はバイクに見えないけど。

「ん……? ご主人様、目が覚めたのか?」

槍を向けられてちょっとチビリそうな俺の横で、ジティスがゆっくりと起き上がった。

そしてぐるりと周囲を見渡して、首を傾げた。

「こいつらは撥ねていいのか?」

いきなり物騒なこと言うな!

もしかしたらこれから世話になるかも知れない街の衛兵にそんなことしでかしたら、面倒しか残らん。

「まあ落ち着いて。俺はここに来る途中に出会ったハイドリヒっていう人に言われてやって来たんだ。なにやら話があると言われてさ」

「ハイドリヒ卿だと……?」

ハイドリヒ卿?

もしかしてハイドリヒって卿付けで呼ばれるってことは、高位貴族の子弟か何かか? 御者やってたのに? 語尾やんすなのに?

「ハイドリヒ卿に間違いないな……」

そう言って顔を見合わせる衛兵さんたち。

思わず口から出ていたようだ。

ていうか、常にやんすなのか、語尾……。

なんか納得されたので、掻い摘んでハイドリヒ卿と幼女との邂逅を衛兵の皆さんに語った所、槍を見せてくれと頼まれた。

見せろと言われてもどうやって出せばよいのやら、と思ったが脳内に浮かぶアイコンに意識を集中したところ、巨大な槍が俺の手の中に輝きとともに姿を表したのである。

「おお……本当に黒竜馬の槍だ」

「ここまで見事な物はそうそう見られまい」

どうやら、あの巨馬は黒竜馬と言うらしい。

なんでも馬の姿をしてはいるが、その実態は草原生活に特化した竜だというのだ。

そしてアイツを倒すとまれに出てくるドロップアイテムの一つが、この槍だということだ。

どうして倒したらアイテムに変わるんだ、と言うことは聞けなかった。

一般常識だとしたら、下手に聞いたら怪しまれる、ような気がする。

そう思っていると、衛兵さん達が身構え始めた。

どうしたのだと彼らが見る方へ首を巡らせると。

デジャブか。

地平線に見え隠れする街道の上を、見覚えのある馬車が土煙を上げてこちらに向かってきていたのだ。

そしてその背後には。

「こっ、黒竜馬だぁぁあああ!」

「に、逃げろぉ!」

……衛兵さんたち、逃げるんだ。

慌てふためいて城塞都市に駆けていく衛兵さん達を見送りながら、俺はどうするかなーと槍を片手に考えていた。

逃げるならジティスにバイクになってもらって……なれるよな?

「ご主人様? アレは撥ねていいのか?」

「撥ねていいけど、大丈夫なのか?」

これがどうやればバイクになるのか、と思いつつじーっとジティスの身体を頭の先から爪先まで見つめていると、こちらの視線に気づいたのか真面目な顔をしたジティスが俺にそう言ってきた。

が、攻撃手段は撥ねるの一択かよ。

いや、大木を抉るようにしてブチ折った前例があるだけに、何とでもできそうだけど。

「じゃあ撥ねよう」

「撥ねたいのか……」

喜々として立ち上がったジティスは、目をキラキラさせて俺に手を差し伸べてきた。

「さあご主人様。行こう!」

え、俺も?

「私はバイクだぞ。乗り手が居なくてどうする」

「いやそりゃそうだけどさ」

伸ばされていた手をつい握った俺だったが、その次の瞬間、光りに包まれたかと思うと俺はバイクの姿に戻ったジティスに跨り槍を構えていた。

ご丁寧に地面に置いていたヘルメットまで装備されている。

『では行こう! ご主人様よ!』

ヘルメットに内蔵されているスピーカーからジティスの声が聞こえる。

オマケのようにシールドのHUDモニターにはジティスの顔が映し出されているし。

「ああもう、わかったよ。前ん時みたいにぶち当たりゃいいんだろ」

『それでいい、ご主人様』

槍を左手に持ち替えて脇に抱え、クラッチを繋いで発進。その後は左手でしっかりと槍を握り、右手のみでハンドルを握りアクセル操作だけで回転を合わせてノンクラッチでシフトを上げていく。

速度を上げるにつれ、なにやら視界が光りに包まれていく。

大丈夫かこれ。車体前部から赤い光が吹き出して俺とバイクを覆い始めたんだが。

俺の困惑をよそに、ジティスは速度を増しつつ目の前に迫る馬車を躱し、その背後に迫る巨馬へとまっしぐら。

当たる、と思ったと同時に「パン」と軽い弾けるような音が俺の耳に届いた。

何の衝撃も感じない、以前の大木を抉った時と同じ状況に、ある程度の予想はついていた。

俺は速度を緩めながら、背後を振り向かずにヘルメット内のモニターで後方を確認した。

すると想像通り、胸元から股間までを綺麗に抉られた巨馬の姿がそこにあった。

巨場――黒竜馬は、惰性で暫く走っていたが、数十メートルほど進んだ先でどうと倒れ込み、その屍を晒したのである。

「……あっけねえ」

「ご主人様が強いのです」

倒れた巨馬の直ぐ側に戻り、バイクから降りて発した俺の言葉を、すぐに人の姿に変わったジティスがそう返してくる。

強いと言われても、どう見たってジティスのおかげにしか見えないんですがそれは。

そんな風に思っているのをわかっているのかいないのか、ジティスはぼんやりと光りを発して消えていく巨馬の元へと足を踏み出した。

「ご主人様、これを!」

彼女が拾い上げた物は、黒竜馬が落とすドロップ品の一つなのだろう。

今回は槍ではなく、剣だった。

左手に持ったままだった槍を収納し、手渡されたミニチュアの剣を受け取り展開させる。

光とともに巨大化したその剣は、先ほど倒した巨馬の持つ牙を意匠化したような立派なものであった。

幅の広いその剣は、質実剛健な風合いを見せて俺の右手に収まっていた。

俺は槍に続いて剣まで手に入れた!あんまり嬉しくないが。

何処かでファンファーレ的な何かが奏でられてそうだ。

次は弓とか斧とか?鎧……はいいや。今のライダースーツで十分だ。

そう思いつつ手にした剣を振ってみると、意外に軽い。

が、一振りした後に巻き起こる風が、出鱈目であった。

軽く上段から片手で振り下ろしただけで、凄まじい風が地面を叩き、彼方までそれが延びていったのである。

「おいおい……なんだこりゃ……」

剣になにか魔法の類でも備わっているのか?と思ったほどだ。

「いや、やはり強いっすね。お疲れ様でやんす」

「ああ、ハイドリヒ……卿」

「卿だなんて要らないっすよ。ハイドリヒで結構でやんす」

一応知ったからには敬称くらい付けないと、と思った俺であったが本人に拒否られてしまった。

まあ堅苦しいのは嫌いだから歓迎であるが。

「とりあえず、街に入るでやんすよ。黒竜馬二頭を、しかも番いを倒したと成れば、そんじょそこらの屠竜覇者ドラゴンスレイヤーよりも名が上がるでやんす!」

嘘かほんとか竜もいるらしい。

これからどうなるのやらと思いながら、陽の傾いてきた空を見上げながら俺たちは街へと向かうのだった。

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