第3話 俺のバイクがなんかおかしい
とりあえず、道がわからん。
いや、目の前に一本真っすぐ伸びている道しかないので迷うことはないのだが、この道を進んだところでどこにたどり着くのかわからん。
家に帰れる帰れないは置いといて、今日寝る場所の確保くらいはしたい。流石にキャンプ用品なんか積んできてないし。
などと暫く悩んでいると、休ませていた馬を再び馬車に取り付けたハイドリヒが、俺に向かってこう言ってきた。
「バイク乗り様、わしら出立しますがどうするでやんすか?」
「さて、これといっていく宛もないんだ」
そう告げたところ、目を見開いて俺に駆け寄ってきた。
「主を持たない騎士様だったのでやんすか! それならばぜひ! うちの主人に会ってみてほしいでやんす!」
主人て、後ろに乗ってる幼女の親か?
金持ってそうではあるな。
雇われるのはとりあえずの食い扶持を稼ぐ為にもありがたいが、今は身の振り方を考える余裕がほしい。
「そうだな、お邪魔させてもらってもかまわないのであれば」
「ぜひぜひ! 大歓迎でやんすよ。なにせあの黒竜馬を仕留めたんでやんすから!」
仕留めたって……お前の中ではアレを俺が倒したことになっているのか。
アレの死亡の一因を作ったのに異議はないが、もう一度やれと言われたら困る。
「ま、まあその辺は置いといて、色々と尋ねたいこともある。暫く厄介になれるのであればお願いしたい」
そう言うと、ハイドリヒは二つ返事で俺を迎え入れる事に太鼓判を押してくれた。
「それじゃあ行くでやんすよ」
「ああ、適当について行くよ」
走り出した馬車の後を、のんびりとついて行く。
流石に追いかけられている状況とは違い、のんびりとした速度である。
時速10kmと言ったところだろうか。
正直、燃費的にとても非効率である。
まあ後どれくらいの距離かによるが……。
「おーい、ハイドリヒさんよ。聞き忘れてたが、あとどれくらいでつくんだね」
「そうでやんすね。今丁度陽が中天を過ぎた辺りでヤンスから、中ほどまで傾いた頃には着くと思うでやんすから、二刻ほどでやんすね」
二刻か。一刻あたりの時間って何種類かあるんだが、どれだろう。
太陽の位置的に、アレが正午の位置だと考えればだいたい日本の春頃とおなじだろうか。
この世界の一日が何時間かは知らんが、陽が中ほどまで傾くのには二~三時間と見積もれば良いところだろうか。ならばおよそ30km前後か
と言うか、時計無いんか。
不定時法とかいうやつか?
そんな事をぼんやり考えながらノロノロとついて行く。
これからざっと30kmをこの速度で走れとか、なんの拷問だ。
流石にちょいとうんざりしてくる。
そこで俺は、ハインリヒに声をかけた。
「ハインリヒさんよ、この先の道はどうなってるんだ?」
「へ? 目的の街まで、ずっと一本道でやんスが、それがどうかしたんでやんすか?」
一本道か、それは都合がいい。
「ちょいと先に行って待ってるわ。途中なんかあったら引き返してくるから」
「え、バイク乗り様、そいつぁ――」
そう言い残して、俺はアクセルをひねり、一気に加速した。
と言っても、全開ではないけれどな。
砂煙を後方に巻き上げながら、俺とバイクは気分良くだだっ広い草原を駆け抜けていた。
「いやあ、この先どうなるかわからんが、とりあえず気分良く走れるのだけはありがたい。問題は、燃料ぐらいか」
さっさと目的地に着きたかった最大の理由が、残りの燃料が不安だったのがある。
なにせ整備して仕上がったばかりで、これから燃料をいれに行くところだったのだ。
と言ってもガススタではなく、家に隣接している納屋の中に置かれている農機具用のガソリン携行缶の所まで先ず行く予定だったのだ。
なので、現在燃料タンクの中身はおよそ数リットル、ガレージに置いてあった小型携行缶の分しか入っていないのである。
大雑把に計算して、リッター15kmの燃費走行を行っても5~60kmがいいところだろう。
なので、先に行くと伝えたわけである。
こうなってくると、燃料メーターが付いているが故にかは知らないが、いわゆる予備タンクという機構が排除されているのが辛いところである。
5速にまでシフトを上げ、低回転を維持して時速50kmほどでダラダラと走る。
とは言っても、馬車の全力走行よりも速いのだ。
そうして景色を堪能しつつひた走り、程なく地平線の向こう側に、石を積み上げて作ったのだろう城壁のようなものが見えてきた所で、俺はバイクを止めた。
そこは俺がブチ折った巨木と同じような木がそびえ立つ直ぐ側で、休むにはちょうど良さげだった。
俺は跨がりっぱなしだったバイクから降り、適当な大きさの石を探してバイクを押して移動させサイドスタンドをあてがうと、ようやくバイクから手を離せたのである。
「ふう、これで一安心っと」
木にもたれるようにしてしゃがみ込み、ヘルメットを外し脇においた俺は、身につけていたウエストバッグからタバコとライター、携帯灰皿を取り出すと、これからどうなるやらと嘆息しつつタバコを咥えた。
「はい、火」
「を、ありがとさん……ってどちら様?」
金属製のオイルライターを開こうとしていた俺だったが、横から伸ばされた指先から生まれた火に驚きつつ、咥えたタバコの先をそちらに向けた。
「あら、驚かないのね。つまんない」
そう言いながら俺の横に腰を下ろしたタバコに火を点してくれた人物は、当然のことながら見覚えなんぞこれっぽっちもない女性であった。
真っ赤なテカリのある、まるでエナメル製のツナギを着たようなその姿。
灰銀色の長い髪、金色に光る瞳と淡い褐色の肌をしたその姿は、まるでジャパニーズファンタジー世界のダークエルフのようであった。
「それにどちら様って言われても、バイク様よとしか答えられないわね。ご主人様は、名前つけてくれなかったし」
ばいくさま……?
そう告げられた俺は、先ほど降りたばかりのバイクの方に視線を向けた。
無かった。
さっきサイドスタンドを当てた石ころは、地面に若干沈んで十二分に役目を果たしてくれていたのを物語っている。
盗まれ……たわけじゃないだろう。
あの一瞬で盗めるやつがいたなら、それはもう天下の大泥棒を名乗っていい。
ここは異世界、ある意味何でもありだ。
そう考えたら答えは一つ。
「お前さん、俺のバイクか」
「ご明察♪」
やはり俺のバイクだった。
バイクが人になるとかどこのファンタジーだ、ってここはファンタジー世界だった。
死んだ馬がドロップアイテムになってデカくなったり収納できたり、マジックアイテムとやらもあるらしいし、今更何を驚くところがあるものか。
いや、驚きがでかすぎて反応できてないだけかもしれないが。
そう言えば、名前がないと言っている。
バイクに名前つける奴はいないことはなかった。
俺の周りにだって、
だがしかし、流石にそういうのは卒業したと思ってつけなかったのだ。
車種のアルファベットから付けるにしても語呂悪いし。
「ねえ名前ちょーだい」
「名前、名前ねぇ」
正直、俺にネーミングセンスはない。
家で飼ってた犬猫や牛やらに俺がつけた名前にしても、タロ・ポチ・タマ・ミケ・シモフリである。
どれをとってもセンスの欠片もない名前である。
であるが……。
見た目麗しい女性に懇願されて断れる胆力なんぞ無い。
田舎の嫁不足舐めんな。
それはさておき、名前である。
「うーむ」
「ほらほらぁ」
急かすな。
変な名前つけちまうぞ。
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