第2話 異世界はなんかおかしい

「死んでる、な」

「首の骨が折れてるようでやんすね」

やんすね、て。

語尾にヤンスなんて付けるやつ、どこぞのど根性なのの後輩かギャグ漫画の神様んとこの毛虫か野球ゲームのメガネくらいしか知らねえぞ。

呑気に話してる俺達であるが、実のところおっかなびっくりの状態である。

俺がバイクごと体当りしてブチ折ってしまった樹木に、タイミングよく巨馬が突っ込んだんだが、運良くと言うか運悪くと言うか。

「角が幹に深く刺さってやんすねぇ。あの勢いで走ってて、ここに突き刺さっちまったらそりゃ首の骨も折れるってモンでやんすよ」

そう語るのは、さっきの馬車の御者の人だ。

要するに、あの追いかけてきていた巨馬が倒れる木に突っ込んで自爆してくれたわけだ。

木の幹がもう少し細ければ、下手すると樹を粉砕して更に追いかけてきたかもしれない。

それはともかく、命拾いした俺達はお互いに敵意を持つことなく和んでしまった、というわけだ。

「しかし、凄いでやんすね。騎士様はやはり騎士様で?」

「いや、ただのバイク乗りだ」

「ばい……く?」

「ああ、こいつのことだ。んー、金属なんかで作った走る道具カラクリさ」

ぽんぽんと、ダミータンクとなっている部分を軽く叩きながら、俺は危険のないことを彼に示した。

エンジンは当然切ってあるが、地面が土なのでサイドスタンドじゃ倒れかねない。メインスタンドでも怪しい。

なので、またがったまま話しているのである。

「からくり……でやんすか。マジックアイテムみたいなもんでやんすか?」

「まじっくあいてむ?なんだそりゃ」

「マジックアイテムじゃと! どこじゃ! どこにある! 隠さずに見せい!」

何やらよくわからん言葉が出てきたと思ったら、あらぬ方向からこれまたよくわからんのが顔を出してきた。

「ありゃ、起きちまったでやんすか。寝ててくれたほうが静かでやんすのに」

「これハイドリヒ! マジックアイテムはどこじゃ! 見せい!」

ハイドリヒとな。こりゃまたかっこいい名前じゃねえか。

見た目は小太りなあんちゃんだけど。

見た感じ30歳手前と言う感じのハイドリヒが馬車の窓から顔を出している女性……いや少女……いやいや幼女?の方に歩いていくと、その馬車の扉に手をかけてその騒いでいる張本人を恭しく連れ出してきたのである。

「これか! これがマジックアイテムか! ……マジックアイテムか?」

そうハイテンションで近寄ってきた幼女は、側に寄るに従ってその勢いを落とし、ついには首を傾げたまま唸り始めてしまった。

「いやすいやせん騎士さ……バイク乗り様。ちょいと珍しいものに目がないお方でやんして」

「いやバイク乗り様って……まあ良いか。ああ、それはそれとしてだけど、俺のバイクは別にマジックアイテムじゃないぞ?」

跨ったままの俺の存在をすっかり無視して、真っ赤なドレスを着たちっちゃいご婦人は、首を傾げたまま唸りを上げていた。

「うーむ。マジックアイテムにしては魔力が感じられぬ。であるがどう見てもマトモな存在ではないしのう……」

マトモな存在じゃないって何!?

「お主、これの所有者じゃな!? 由来を聞かせてたもれ!」

いきなりこちらに話を振られたが、別に戸惑いはしなかった。

こういうタイプはこんな感じなんだろうなと予想はついてたし。

「こいつはですね――」


淡々と、出来るだけ感情を含ませずにこのバイクについて、と言うよりも先ずバイクとは何かというところから説明を始めねばならなかった。

であるが、この幼女。

ところどころわからない単語の解説を求める以外はほぼそのまま、俺があらかた話せる事が無くなるまで余計なことは口を挟まなかったのである。

何という聞き上手か。

俺は普段こんなに話したことなど無かったな、などと内心で苦笑いしていると、幼女はバイクを隅から隅まで見て回り、「なるほどのう」と一人納得していた。

「お方様、お気は済みましたでやんすか?」

「うむ、ハイドリヒ。この者に何か礼を頼む」

礼って。

ただバイク見せただけじゃん。サービスエリアとかでは普通にジロジロ覗き込まれるのなんかよくあることなのに律儀なことで。

「すいやせん、ウチのお方様は我が道を行かれるのが常なので。ああ言っておられますのでこれでもお収めください」

そう言って差し出されたのは、小さな袋に包まれた――恐らくは硬貨だろう――物だった。

金だか銀だか銅だかはわからないが、俺の手の平にちゃらりと音を立てながら置かれたそれは、案外重みのあるものであった。

まあ貰えるものなら貰っておこう。この先どうなるかわからないし。

なお、馬車を引いていた馬はぶち折れた大木とは別の樹に繋がれ、水やら塩やら何やらを与えられてて休息を取っている。

その直ぐ側には馬の外された馬車。

そこに幼女はトコトコと戻っていった。

「で、ハイドリヒさんよ。ちょいと聞きたいんだけど」

「へい、なんでやんすか?」

俺は地面に倒れていた馬――馬だよな?――のを指差した。

「なんで消えたんだ?」

「へい?」

「あの馬の死体はどこに行った?」

「へい?」

俺の質問の意味がわからない、と言った感じで首を撚る御者のハイドリヒさん。

幼女に説明をしている間に、いつの間にやらあの巨体が、跡形もなく消え失せたのだ。

ゲームかよ。

死ぬと消えるのがこの世界の常識なのか?

何なんだ一体。

そう思っていると、得心したと言った風にハイドリヒはポンと手をうちゴソゴソと倒れた木の下やらを周辺を探り始めた。

「あったでやんすよバイク乗り様!」

そう言って手に掲げられた物は、まるでネジか何かに思える小さな、手のひらサイズの本当に小さなのようなものだった。

「展開ッ!……あー、あっしにゃ装備できないでやんすねぇ。バイク乗り様、どうぞ」

何やら呟いたかと思ったら、幾分しょんぼりとした表情を見せつつ、それを俺に手渡してきた。

しかし、どうぞと言われても。

手のひらサイズのそのミニチュア槍を受け取った俺は、首を捻りながらソレをじっと見つめた。

どう見てもお人形さんが手にするサイズのソレは、実に精巧にできていた。

これがそのまま実物大だったら、さぞかし立派な槍なんだろうなぁ、と思えるほどに。

これをするとかなんのこっちゃ、などと考えた次の瞬間。

俺の脳内でピコーンと何かが鳴り響いたのだ。

「……展開」

そう言えと言われたわけでもなんでもないのだが、口からこぼれたその言葉に反応して、ミニチュアの槍は俺の右手の中で輝きを放ち、それはソレは見事な槍、いわゆる馬上槍へと変貌したのである。

長さ5mはあろうかというその槍は、まるで重さを感じさせず。

それでいてしっかりとした存在感を俺の手の中で知らしめていた。

まるで、あの巨馬がそのまま槍に変貌したかのように、力強く。

「おお、やはりバイク乗り様は騎士様でいらしたのでやんスね!」

「いや騎士とか知らんし……」

「でやんすが、それは騎士様でなければ装備できねえシロモンでさぁ。あっしには展開すらできなかったのをご覧になったでやんしょ?」

すなわちアレか。

これは竜探索とかのRPG的な、敵を倒すと出て来るドロップ品なわけか。

そして、どんな物でも装備できるわけじゃないというのは、その適性職でなければ実物大に出来ないという、そういう事なのか。

うん、わからん。

とりあえず邪魔なので戻したいが……。

そう思った途端、脳内に言葉が浮かんできた。

「……収納」

そうつぶやいた途端、手の中にあった長大な槍は何処ともなく消え去ったのである!

そして、脳内の片隅に小さなアイコンのようなものが浮かび上がっていた。

「はぁ~バイク乗り様は収納の魔法をお使いになられるんでやんすねぇ」

いや知らんし。

「よっぽど魔術の鍛錬を積まれた方か、適正のある御方でなければ身につけられないという話でやんすが。ウチのお方様でもまだ身につけておられないはずでやんす」

うん、だいたいわかった。

ゲーム的なシステムが魔法で再現されてると思っておこう。

て言うか、これからどうしよう。

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