日帰り異世界ツーリング
でぶでぶ
第1話 俺のバイクは世界一
昔、とある漫画で「俺にはこの銃しか無い、だから他に新しい良い銃があってもそれが何だ、俺にとってはこの銃が最高だ」と言うようなセ リフがあった。
俺にとってのこのバイクは、まさしくそれだろう。
国産市販車ではあるがいわゆる海外専売で逆輸入してきた代物だ。
量産品としては他に類を見ないフロントサスペンション、何しろフロントフォークがないのだ、このバイクには。
そんな奇矯な構造のバイクだが、発売から十年を待たずに生産を終了した。
いわゆる不人気車のレッテルを貼られてしまっているが、俺にとってはこれが最高のバイクだった。
だった、と言うのは。
こいつは俺を乗せて走っている時に、大事故で全損となってしまったのだ。
相手の不注意、信号無視による過失割合100対0の事故。
直進信号しか出ていないにも関わらず右折してきた対向車の横っ腹に突き刺さった俺達は、ものの見事に吹き飛んだ。
目覚めたのは、搬送先の病院で、だった。
幸い幾つかの骨折だけで命には別状はなく、二週間ほどで退院した俺は、松葉杖を使い懇意にしているバイクショップに足を運んだ。
事故現場から回収してくれていたバイクの様子を見るためだ。
いつもの整備担当の人は、開口一番こう俺に告げた。
「全損扱いになります」
車に直接ぶち当たったフロントのホイールは砕け、強固なフロントスイングアームとそれに繋がる強固なはずの異形のフレームは歪んでしまっていた。
素材がアルミだけに、修正は効かないとのことだった。
買い換える車両代金よりも修理費用のほうが高く付く場合、全損の扱いとなるらしい。
先にも言ったように新車はすでになく、不人気車故に流通している中古車は然程値がつかない、と言うよりほぼ中古車市場に出回っていない。
だがそれでも、俺はこのバイクを廃車にする事ができなかったのだ。
そして今、目の前には以前のまま……とは言えないが、真っ当に走れるまでに復活した俺のバイクがある!
まあ、以前のように高速道路を長時間巡航したりと言うのは、いじったのが俺だけに若干心許ないが。
自分で全部バラして修理に必要な部品を確認、メーカーに在庫として残されていたパーツを洗い出してもらった。
幸い傷つきやすい
これの在庫は当然のごとく存在しなかった。
俺は仕方なく、その両方をワンオフで作ることに決めた。
会社の伝手を使い、金属加工業者に一品物として製造をお願いしたのである。
……これだけで、慰謝料の半分が吹き飛んだが。
しかしながら、残念なことにメインフレームを交換すると、別の車両として登録することになる。
なので俺は、古い歪んだフレームに打刻されていた部分を切り取り、溶接して貼り付けるに留めた。
もうこれだと車検は通らない、はずだ。
自分で全バラして組み上げた自分だけの バイク。
公道走行不可になってしまったけれど、まあこのあたりは閉鎖された私道だからいいかと事故の後に買い揃えた装備一式を身に纏い、途中でもし止まっても大丈夫なように後部のパニアケースには工具類一式詰め込んで、バイクのキーを差し込みセルを回すと、周囲の光景が一変した――。
間違いなく、俺は自宅のガレージでバイクに跨ったはずである。
それがどうした事か、目の前に広がるのは一面緑の野原だった。
その中をまっすぐに伸びる、
地面の起伏のせいで途切れ途切れに見えるが、まるで一度行ったことのある北海道のとある道路のような光景であった。
「何だこりゃ……」
そう呆然としていると、背後から何やらけたたましい音が近づいてきた。
俺は視線を上に向け後方を確認した。
というのもこのヘルメット、後方確認モニターが備わっているのだ。
しかもシールドの内側は
こいつのせいで残り少ない慰謝料も吹き飛んだが後悔はしていない。
そんなヘルメット内部のモニターで背後を見たところ、思いもよらないモノが映し出されていた。
「馬車……だと?」
いくら俺の家が田舎だからと言っても、流石に馬車はない。
耕運機がリヤカーを引いてたりはするが、馬車は観光用しか見たことはない。
そんな事を考えながら呆然としていると、それはどんどんと近づいてきて、俺のすぐ側を通り過ぎていった。
馬車云々と言う考えよりも、何をそんなに急いでいるのやらと言う思いの方が強くなり首を傾げていると、それはやって来た。
サイズは動物園で見たことのある象ほどで、その見た目はというと。
「馬!?」
ばんえい競馬に使われる重種馬だってそこまででかくないぞ! と思いつつ、俺はアイドリング状態だったバイクのハンドルを握り、クラッチを切ってシフトを一速に放り込んだ。
アレはやばい。
何がやばいって、見た目馬のくせに牙が伸びてるし角も生えてる。
牙はどう見ても肉食獣のそれだし、角だって
絶対捕食者だと、俺の中の全俺がそう叫んだと同時に、俺はアクセルを全開にした――と言うことはなく、割とゆっくりと発進した。
だって地面、アスファルトじゃないし。このバイクのタイヤじゃ絶対空転する。
ロードバイクに未舗装路はアカンのだ。
せめて普段使いの足に使っている古いデュアルパーパスな225ccバイクであったなら、こんなところでも全力を出せただろうに。
などと考えつつも、俺はたいして焦っていなかった。
馬っぽい何かの速度はそう速くなかったからである。
普通の競争馬だと、せいぜい40km~50kmがいいところだったはずだ。世界記録級でも70km半ばだったと記憶しているが、それはごく短距離での事で延々と走れるわけではない。
後から迫る巨馬は、その馬体の巨大さも有ってやたらと迫力があるが、見た感じ恐らくは30km台後半といったところではなかろうか。
先ほど通り過ぎていった馬車にしても、それより若干速い程度だったし。
いくらなんでもその程度の速度であれば、俺だって多少の悪路でも走らせることが出来る。
なにせ自宅の周辺は地道が多いので慣れっこなのだ。田舎だからな。
「ふむ、40kmちょいか。予想よりは速めだな」
シフトを二速、三速と上げつつ、背後の巨馬が追いつけそうで追いつけない速度を維持してバイクの速度メーターを覗くと、予想より若干速い速度であった。
なおこのバイクのメーター、mile表示とkm表示の両方が印字されていて慣れないと見辛い。
俺にとっては慣れ親しんだものだが。
「さあて、これからどうするか」
さっさとぶっちぎってもいいが、ここがどこだかサッパリである。いきなり断崖絶壁とかあったら死ねる。
そう思っていると、前方にさっき俺の横を通り過ぎていった馬車が見えてきた。
ガラガラと、金属で補強された木製?に見える車輪が地面を叩き、全力で疾走している。が、先程よりもいくらか速度が落ちているように思えた。
横につけて並走してみると、もう前で曳いている二頭の馬は泡を吹きながら今にもぶっ倒れそうであった。
俺は馬車にできるだけバイクを寄せてヘルメットのシールドを上げて、御者に向かって叫んだ。
「おい! ここはどこだ! 一体何がどうなってる」
「ああ!? 今それどころじゃねえでやんす! 後のアレが見えねえんでやんすか!」
まあそうなるな、と言う返事だけが帰ってきた。
おそらくあの巨馬はここではいわゆる猛獣のカテゴリなのだろう。
アラスカ辺りでグリズリーに追いかけられているようなもんだ。
「おいアンタ! 見慣れないモンに乗ってるでやんすが、アンタは騎士じゃないんでやんすか!?」
騎士ときたか。
まあ鋼鉄の馬にまたがる騎士、ってなんかカッコイイけど。
バイク仲間が作ったツーリングチームに
お、俺は入ってないけどな。
はあれえ限定チームだったし。
まあ一緒にツーリングに行くことはあったけれど。
そんなことをぼんやり考えていると。
「オイアンタ! あぶねえでやんす!」
目の前に、立木があった。
「……アンタ! 大丈夫でやんすか!?」
大丈夫だ、なんともない。
いや、洒落にならない。正直死んだと思った。
だが、幹周りの直径が2mはあるだろうぶっとい巨木、街道そばの目印的に植えられていただろうそれにぶつかった俺は、不思議と何処も怪我をしていなかった。無論バイクも何ら不調を見せていない。
と言うか、バイクに跨ったまま今も馬車と並走している。
後を見てみると、そこには……。
ゆっくりと倒れ始めた、根本がえぐられた巨木の姿があって。
ちょうどその倒れる方向に、目を真っ赤にしてこちらに向かってくる巨馬が突っ込んでいくのが見えたのである。
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