第2話 クラスメイトの名前を覚えてないなんて酷いなあ
時計を見るとそろそろ結構いい時間になっていたので、俺と後輩は帰るための支度を始めた。
文芸部は俗に言う“ゆるい”部活なので特に始まる時間や終わる時間が決められているわけじゃない。まぁ、そこら辺は幽霊部員の数で推して知るべし、である。
少し支度に手間取った後輩を待って、一緒に昇降口へと向かう。
別に付き合ったり恋人関係にあったりするわけじゃない。でも部室に二人しかいないと自然とそうなる。片方が帰ればもう片方も帰る、という具合に。
以前後輩が「可愛い後輩と毎日一緒に帰れて幸せですねっ」なんてのたまったので返事の代わりにデコピンをプレゼントしたものだ。
後輩は目に涙を浮かべて喜んでたっけ。よかったよかった。
校舎の外に出るとまだ思っていたよりも暗くはなっていなかった。
梅雨特有のじめっとした空気で肌がべたついて気持ちが悪い。少し蒸し暑いのがさらにそれに拍車をかけていた。
そろそろ夏だもんなぁ、なんて考えていたら後輩が「コンビニに寄りましょう」と提案してくる。
「何買うんだよ」
「アイスですよ、アイス! 夏の定番です!」
そんな風に嬉しそうにはしゃいでいる後輩を見ていると、今日は月初めだということを思い出す。
それというのもコイツはいつも月の初めに必ずコンビニで買い食いをしたがる、という習性を持っているからだ。月の後半になるといつも金がないと騒ぎ出すという習性も持っている。
要するに金があると使わずにはいられない
先輩としては少々将来が心配になるところだ。
とはいえ別にアイスを買うこと自体は反対ではないので(仮に反対だったとしても強制だっただろうが)俺達二人は帰り道の途中にあるコンビニに立ち寄って、アイス売場へと向かった。
俺はいくらかの種類がある中から少し迷ってモナカタイプのアイスを選ぶ。バニラアイスのモノが至高。中にチョコが入ってるやつもいいがやっぱりこっちがシンプルで良い。
横にいる後輩はというとアイスを二つ持って「うーん、うーん」と唸っていた。
どうやらあずき味とみかん味、どちらの味のアイスキャンディーにするかで迷っているらしい。
待つと長そうなので先にレジに行って清算を済ませてしまうことにする。せっかくのアイスが溶けてもいやだ。
レジにモナカアイスを置く。
118円。
確か財布の中にぴったりあったはず。こういう端数はできるだけぴったり払う性分だ。
そうして財布の中を覗き込み1円玉をかき集める作業をしていると、
「あっ」
という驚いたような、何かに気がついたような、そんな声が聞こえてきた。
なんだろう、と思って前を見る。どうやらその声は目の前にいる女性店員から聞こえてきたらしかった。
身長は155cmくらい、明るめの髪をサイドに流している(サイドダウンなどと言うらしい)。驚いたようにしている顔には、若い時特有の大人っぽさと子供っぽさが両立した不思議な魅力が備わっていた。
……多分、どこかで見たことのある顔だ。クラスメイト。
確か名前は……。
「……浜本?」
「水守《みなもり》です。水守みもり」
呆れた顔をされてしまった。外れらしい。
まぁ、ほとんど話さないから仕方ないな、うん。と心の中で言い訳してみる。
「クラスメイトの名前を覚えてないなんて酷いなあ、
逆坂、とは僕のことだ。
「文字数は合ってた」
「そこだけじゃん」
そう言って彼女はクスリと笑った。
「それで、今日は彼女ちゃんとデートかな?」
そう言う水守の目線の先には後輩。
なるほど、他人から見たら僕たちはカップルのように見えるのかもしれない。
「いや、そんなのじゃない。ただの部活の後輩だよ」
「あぁ、あのウワサの文芸部だ」
「ウワサ?」
「ウワサ」
どうやら我らが文芸部はウワサらしい。
「部員二人だけでそれが男女なら噂にもなるよ」
「そういうものかな」
「高校生は恋愛沙汰には敏感なんだよ?」
実際には他にも来る人いるんだけどな、高塚とか。
でもそんなことは部外の人にはどうでもいいらしい。重要なのは色恋沙汰。
思春期の想像力というのは恐ろしいものだ。現実を容易く歪ませる。
△
そんな軽いやり取りをした後、水守は「私も混ぜてもらっていい? 帰るの」と言ってきた。どうやら丁度バイト上がりらしい。
特に断る理由もないので取り敢えず了承しておく。
……まぁ下心が全く無かったかと言われるとちょっと怪しい。同級生の女子と帰るという事実に少し舞い上がっていたかもしれない。
帰りに水守も一緒になる、という話を彼女が帰りの支度を終えるのを待つ間に後輩に話すと「先輩はデリカシーが無いです」と言われてしまった。
「どこがだよ」
「そうやって聞き返しちゃう所とかです!」
大体ですね、とタメが入る。
どうでもいいけど説教を始める人って大抵始める前にタメを入れるような気がする。僕だけだろうか?
「女の子と二人で帰ってる途中に他の女の子ひっかけるって、人としてどうなんですか」
「ひっかけるってお前……」
「あーあ、私先輩と二人で帰るの楽しみにしてたんだけどなぁー」
ウソつけ、絶対思ってないだろお前。
魔法使いが友達です。 ターンU @turnU
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔法使いが友達です。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます