魔法使いが友達です。

ターンU

第1話 先輩、なんで文芸部に入ったんですか?

「先輩ってなんで文芸部にはいったんですか?」


 梅雨もいよいよ終わろうかという頃。

 さっきまでノートに何か書きこんでいた後輩が突然そんなことを言い出した。

 その声によって僕は物語世界から引き戻される。

 読んでいた本の中では丁度主人公が赤シャツに制裁を加えようとしていたところだった。


「なんでって言われてもな。入りたかったからとしか」

「でもでも、文芸部ってまともに出てる部員は先輩と私だけじゃないですか。私が入る前になんていつも部室には先輩一人だったって聞きましたし」


 そんなのつまんなくないですか? と後輩は小首を傾げる。

 小動物のようで結構可愛い。そういえば高橋のヤツが「小倉こぐらちゃんは結構モテるぞ」と言っていた。

 南側の窓から差し込む光も彼女の魅力を大きく引き立てていた。


 俺は後輩の質問に対して、少しの間考えるふりをして答えを言った。


「別につまらなくはないよ。元々文章を書くっていうのは自分と向き合ってするものだから。むしろ人がいなくて助かったくらい」

「ほへー、そうなんですか」


 深いですね、と後輩は神妙な顔をしてうなずいた。

 適当に作った話にそんな事をするものだからおかしくてついクスリと笑ってしまう。

 瞬間、肩に軽い衝撃が。言うまでもなく俺の笑いを見咎めた後輩による犯行だった。


「なんで今私見て笑ったんですか!」

「いや、そんなキャラだったっけと思って」

「……先輩は私のことどう思ってるんですか」

「単純」

「先輩酷いです!」


 そう言って後輩は俺から目を背けてまたノートに何かを書き込む作業に戻った。


 私、拗ねました! という合図。

 こうなると後輩はしばらく俺を無視するようになる。が、放っておけばそれにも飽きてまた普通に話しかけてくる。

 やっぱり単純。


 後輩が喋らなくなったことで静かになる部室。

 別にそれによって気まずくなるということもない。二人しかいないんだからむしろこの状態の方が普通だ。

 後輩のペンは鳴らすカリカリという音と、俺がページをめくる音が申し訳程度のBGMとなって部室に響く。

 俺はそれを聞き流しながら手元の小説に目を向けた。



 ……それにしても文芸部に入った理由か。

 俺の意識が本を離れて思索に移る。昔からマルチタスク、というのは苦手だ。


 そもそもの前提として、俺は文章が好きだ。読むことも、書くことも。

 だから後輩に言った話も別に嘘、というわけでもない。だがそれが文芸部に入った理由なのか、と言われるとそうではなかった。


 じゃあなぜなのか。実のところ俺自身もそれは分かっていなかった。

 確かに後輩の言った通り一人きりの部活というのは寂しいものだ。

 それに文を書く、というだけなら別に部活に入らなくてもいい。別に一人でどこかの投稿サイトにでも作品を投稿すれば多分同じようなものだろう。

 うちの文芸部は部誌なんか発行しない(そもそも発行しろという顧問すらいない)からむしろそっちの方が技量が上がるんじゃないだろうか。

 それでもこの文芸部を選んだのは理由があった。それが何だったのかは思い出せないけど。


 ……いや。

 そもそも自分の行動に理由を付けられる人などいるのだろうか。

 世の中大抵の決めごとは「なんとなく」という枕詞がつく。俺の場合は特にそうだ。

 だから今回のことも思いだせない、なんて言っているけど思いだしたら思いだしただ「なんだ、たかがそんなことか」となるようなどうでもいい理由なんじゃないだろうか。

 それこそ「なんとなく」とか。

 なら別に気にする必要もない。どうだっていい。

 それでもなぜか、俺の頭はそのことについて考えることをやめてはくれなかった。


(本当は?)

(お前は……)

(なぜここにいる?)


 頭が痛い。思考がまとまらない。もう嫌だ。



「……んぱい? 先輩? 大丈夫ですか?」


 俺を思考の海から引き揚げてくれたのは、またしても後輩の言葉だった。

 後輩の顔が心配そうに俺を覗き込んでいる。

 そんなに様子がおかしかったのだろうか。少し反省。

 心配をかけてしまった。


「……ん、ああ。どうした?」

「いえ、なんか恐い顔していたので。それにほら、その小説。ぜんぜんページ進んでませんし」


 言われて手元の文庫本に目を移す。

 確かにページは進められていなくて主人公は、まだ、赤シャツが出てくるのを待っていた。

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