第10話 疑心暗鬼

「クソがっ! クズの分際でなめやがって! おいテメエ! 早く俺を起こせ!」

 モンスターが何故か・・・存在しないルートを辿り、港へ着いた真暗はスプライツへ向かい叫ぶ。

 その形相は怒りで醜く歪み、鬼と言うよりも深海魚に近いものがあった。

『えっでもそんなことしたら戻れなく……』

「なんでもいいから早くしやがれ! あいつらだけは許さねえ!」

 怒り心頭。誰がどう見ても自業自得なのだが、こういった手合いに正論は通じない。

『わ、わかったよ……』

 スプライツの男はヘッドセットを外し、舌打ちした。もう少しあのままにしていれば、さぞかし愉快なことになっていたはずなのに。

 だからといって今起こさなければ後でひどい目に合わされる。彼のしつこさとねちっこさはよくわかっているのだから。


 思い切って今、殺してしまったほうがいいのではないか。彼の頭にふとよぎる。

 だがこんな男のせいでこの後の人生が狂うというのだけは嫌だった。

 それでもまだ早すぎる。もっと時間をかけなければこの嫌な男に復讐できなかった。それどころか今起こしたせいで自分が復讐される可能性が高い。


 とにかく今はできることをやろうと、男は真暗のカプセルを開けると、口の中に詰めた汚物を取り除き、ミントタブレットを入れる。

 あとは祈るだけだ。カプセルから線を強引に引き抜き、真暗を覚醒させる。



 ★★★★



「くあーっ、きちぃー!」

「チッ、リアルだったらぜってぇに登らねえぞ!」

 後方から男どもの悲鳴が上がる。急斜面というだけではなく、まるで砂山のようなもののため、かなり足を取られる。現実であったら乳酸が溜まり体が動かなくなってくるところだ。

 そんな中で軽快に飛び回る人物がいた。もちろん茜だ。恐らく彼女だけが現在、ここは現実のようなゲーム空間であると脳が認識できている。

 この世界に疲労という概念はないが、疲労感はある。だが茜はそれすらも感じていないかもしれない。


「茜、一旦戻って!」

「うん!」

 烈斗に呼ばれればすぐに戻って来る。忠犬ならぬ忠妹といったところか。もし尻尾がついていたら何本か吹っ飛んでいただろうくらい振っていそうだ。


 まだここはドラゴニアスの外側なため、敵の攻撃は大したことない。せいぜい上空にいる小型の飛竜が発見して襲ってくるだけだから茜ひとりで対処できる。

 だが問題は内側へ入ってからだ。先行している言歩たちの情報によると、飛竜と地竜が群れになって襲ってくるとのことだ。慎重に進まねばならない。

 そして重要なのは、とにかく急いで中央へ行くこと。そこへ行けば竜は入って来ない。とはいえ待ち構えているボスドラゴンがいるのだが。


「もうじき頂上だ。みんな、準備は大丈夫?」

 烈斗の問いに全員が頷く。今回はヒールベルだけに頼らず、それぞれが回復アイテムを所持している。値段が高いうえ使い捨てなため、今まで買うのを躊躇していたが、そうは言っていられないのは実感している。

「前方は俺が切り開く。ガンバは九楼武さんを守って。そしてしんがりは茜、頼む」

「……任せて!」

 茜は力強く頷いた。信用されていなければしんがりなんて任せてもらえない。

 中央まで烈斗は茜を無視するだろう。だがそれはいちいち声をかけたり気にしたりしなくともやり遂げてくれるはずだという信頼があるからだ。茜は自分が試されていると思い込みつつ、期待以上の成果を出してやろうと息巻く。

「それじゃ行くよ!」

 全員で駆け登り、一気に内側へ乗り込んだ。



 ドラゴニアスはまるで竜の鍋だった。溢れんばかりのドラゴンの群れ。それを力尽くで斬り進み、中央のボスと戦う超連戦だ。立ち止まった瞬間、全方位から雪崩れ込んでくる。

「くっそー! 思った以上にやべー! おい烈斗、ペース速くねーか!?」

「これが限界だよ! これ以上遅くしたらやばい!」

「ううぅ、きつ……うえっ!?」

 美由紀が足をもつれさせ、こける。だがそうなると思って身構えていた永知がしっかりと体を掴む。


「あ、ありがと……」

「チッ、いいからしっかり歩け! 危なくなったら俺かガンバの野郎にぶつかれ!」

「う、うん」


『茜ちゃん! 後方は大丈夫だから右側お願い!』

「おっけだよ!」

 恋初は茜のナビゲートを行う。茜は集中すると視野が狭くなるため、フォローできる人間がいれば戦術の幅はかなり広がる。


「あとちょっとで斜面が終わる! あとは全力で進むよ!」

「待ってたぜー! おい永知、九楼武ちゃんしっかり守ってくれよー!」

「チッ、そりゃお前の仕事だろ!」

「こっちゃーこっちでやらねーといけなさそーだからな」

 頑張の顔を向けている方からは、地竜がこちらへ走って来ている。やり過ごせそうもないのもいくらかいるだろう。

 中心までの距離、凡そ1キロ。正面にいるドラゴンは仕方ないとして、問題は横から来る奴だ。対処しなくては危険な集団が3つほど。

 5人は覚悟を決め、走り出した。




「っかー! なんとか来れたなー!」

 なんとか中央まで来れたが、皆座り込んでいる。呼吸が乱れるということはないが、若干眩みがきている。

『5分後にボス出るから、それまでは休んでて』

「5分ってみじけーな! ああくっそー!」

 頑張は大の字に寝転がった。体に疲れはないはずでも休んだ気になれれば負担は減る。

『さて……あっ、ひとが来た。ちょっと待ってて。はーい』

 ノックの音が聞こえ、恋初はドアへ向かった。ただヘッドセットを外すのを忘れているようで音声が聞こえてしまっている。


『きゃああぁぁ!』

「なっ、なんだ!?」

 突然の悲鳴に頑張は飛び起きた。


『くひゃひゃひゃひゃ! 見つけたぜぇ女ぁ!』

『嫌! 来ないで!』

 マイクを通して恋初のやりとりが聞こえる。

 どう聞いてもただごとではない。狂ったような男の笑い声に、恐怖で怯え叫ぶ恋初。そしてなにが起こっているのか確認できない烈斗たち。

「チッ! まずいぞ! あの声は真暗だ!」

「最悪じゃねーか! げっ、ボスが湧きやがった!」

 周囲にドラゴンの咆哮が響き渡る。本当の最悪はここからだ。



 〇〇〇〇



 ようやく一段落ついたところで恋初は伸びをする。この後すぐボス戦だ。気を引き締め直さねばならない。

 するとドアからドンドンという音が聞こえた。

 (田中さんかな。あまり女の子っぽくないノックだなぁ)

 恋初は少し苦笑した。

 

 今、田中さんたちのチームは船に乗っているころだ。つまり暇である。

 その間に田中さんは恋初の仕事を見学したいと言ってきたのだ。田中さんは仕事のできる女性なので、恋初のやり方を見ればきっと覚えて活かしてくれる。そう思った恋初はOKしていたのだ。

「はーい」

 だが、そ開かれた扉の前に立っていたのは真暗であった。


「きゃあああああっ!」

「くひゃひゃひゃひゃ! 見つけたぜぇ女ぁ!」

 手には包丁、着ている服は血だらけで、口から茶色い液体を流し出していた。

「嫌! 来ないで!」

「うひひ、逃げられねえよ! 監視カメラは全てAIが止めてるからな!」

 恋初は腰を抜かしてしまい、思うように立つことができない。それでもなんとか部屋の奥へ行こうとするが、真暗が出来損ないのロボットのように追いかけてくる。


 ひとは寝ていても寝返りなどをうち、体を動かしている。だがVR世界へ入っている状態であるとそれを行えない。だからカプセルは定期的に傾き床ずれを起こさぬようになっている。

 しかしそれだけでは体を動かしているということにはならない。たかが2週間といえど、完全に弛緩しきった状態ならば筋肉は恐ろしい速度で衰え、関節は固まってしまう。今の真暗はその状態だ。


 それでも完全に怯えている状態の恋初には必要以上の恐怖を与えることができ、涙を流し動けずにいる。そんな恋初へ真暗は顔を寄せる。

「ふひひ、いい女じゃねえか。たっぷり遊んでやるぜ」

 口から汚物の匂いを発しながら真暗はニタニタ笑う。スプライツからも嫌われていた真暗は、寝ている間にスプライツの義務を果たしてもらえないどころか鬱憤を晴らされていたようだ。彼の服に付いている血は、恐らくスプライツだった男のものだろう。


「やめて!」

 恋初は力の限り抵抗する。小柄とはいえ男の真暗に力で敵うはずはないのだが、この2週間で極度に衰えた体に負けるほどではなく真暗を突き放した。

「てめえ……ああそうだ。お前より先にあの男を殺してやるよ」

 その瞬間、恋初の顔は蒼白になった。手に持った包丁を使えば今の烈斗なら簡単に殺せてしまう。


「やっ、やめて! それだけは!」

「ふひーひひ。嫌だね。あいつ殺して絶望してるお前で楽みたいんでな」

「や……やめてください……なんでもしますから……」

 恋初の言葉を無視し、真暗は隣の部屋へ行く。恋初は完全に腰が抜けていて立ち上がることすらままならない。


「おっと見つけたぜ」

「やめてぇ! 烈斗君! 烈斗君!!」

 真暗は烈斗のカプセルを開け、中にいる烈斗をニタニタと眺める。

 そして包丁を両手で持ち、腕を上げ構えた。

「うひゃひゃひゃひゃ! 死ねえ!」

「いやああぁぁ!!」


「──そうはいかないんだよな」

「なっ!?」

 真暗が包丁を振り下ろした瞬間、烈斗は起き、その腕を掴んで止めていた。


「烈斗君!」

「……思ったよりも体が鈍ってるなぁ」

「くっそおおお! 死ねえええ!」

 真暗は体重をかけ、更に力を入れようとする。烈斗も抵抗するが、体重をかけている相手にはこのままだと力負けしてしまう。


「恋初さん、今凄い叫び声が聞こえ──」

「た、田中さん! 助けて!」

 見学しに来る予定だった田中さんが叫び声で慌ててやって来た。そして恋初を見たあと、カプセルルームを見、駆け出した。

「あんたなにしてんさー!」

「ぶごぁっ」

 田中さんの後ろ回し蹴り──かかとが真暗のこめかみにヒットし、蹴飛ばす。その姿を烈斗と恋初は唖然と見ていた。

「あ、あの、田中さん?」

「あっ気にしないで。今のはただのカラリパヤットだから」

 余計気になる一言を残し、田中さんは恋初のもとへ行った。

「大丈夫なの? 怪我とかない?」

「う、うん。ありがとう」

「急でびっくりしちゃったよ。あ、警備呼ばないとね」

 田中さんは緊急ボタンを押し、恋初に肩を貸して烈斗の傍まで連れて行った。


「えうぅ、烈斗くぅん……」

「恋初、ありがとうな。いつも体動かしてくれてたおかげでなんとかなったよ」

「えっ、そんなことしてたの?」

 田中さんの一言に、恋初は凍り付いたような笑顔を田中さんへ向ける。

「たなっ……ベルちゃん、ちょおっとお話しようねぇ」

「な、なにかなぁ。あっ、ちょっと恋初さんっ」

 このまま暫く待てば警備が駆けつけてくれるだろうし、田中さんがいれば大丈夫だろうと、烈斗はカプセルに横たわり目を瞑った。



 ●●●●



「くっそおぉ、やっべー! そろそろもたねーよ!」

「えうぅ、もう魔力ゼロだよぅ」

「ちいっ、泣き言は泣いてから言え!」


 頑張たちはギリギリ生きている状態であった。理由は急に烈斗が動かなくなったからだ。彼を守りつつ立ち回らねばならない。

 茜も先ほどの恋初から聞こえた真暗の言葉を聞いた後、うずくまってしまい動かない。今は頑張だけで耐えている状態である。


「まじい! またブレスだ! もー耐えられねー!」

「ええん終わりだよぅー!」

 ドラゴンがファイアーブレスを吹きかけようとした瞬間、ドラゴンの周りを囲うように烈斗が出現。一瞬にして残りのライフを奪い消滅させた。


「お……おー、烈斗ぉ! 生きてたかぁー!」

「ごめん、心配かけた」

「チッ、心配かけたじゃねえよ! あっちもこっちもどうにもならなかったんだぞ!」

「ううぅ、よかったよぅ」

 皆が烈斗へ駆け寄ろうとしたとき、小さな塊が烈斗へ襲い掛かり押し倒した。茜だ。

「お兄ちゃん! お兄ちゃあああぁん!」

 現実の体であったら号泣していたであろう。しっかりとしがみついて離さないといった感じだ。烈斗は心配かけすぎたことに申し訳なさそうな顔をし、茜の頭を撫でた。

「んでなにがあったんよー」

「それより先に安全な場所へ避難しないと」

「だなー」

 烈斗は茜を抱え、中心にある像の裏の階段を皆で降りていった。




『こっちも色々終わったよ』

「よぉし恋初の方も済んだし、話聞かせてもらおーじゃねーか」

「うんまあ、言っておきたいところなんだけど……」

 烈斗は周囲の枠を気にしているようだった。あまり聞かれたい話ではないのだろう。

 そんなわけでみんなは顔を寄せ合って話をすることになった。


『私、いないほうがいい?』

『ううん、ベルちゃんのおかげで助かったんだし、信用してるから大丈夫』

 田中さんはベルちゃんに再昇格(?)し、更に説教をされたうえ、気の抜けたタイミングで恐怖が蘇った恋初が泣き出したのをなだめるという忙しい身であった。


「みんなには話していたことだけど、俺は外部からデータとしてこのゲームを見ることができるんだ」

「そーいやそーだったな。んで?」

「つまり外部から見ているときはゲームから意識が切り離されているから、覚醒状態にもなれるってことになるんだ」

『……なるほど。だから起きることができたんだね』

 恋初がうんうんと納得する。

「やっぱずっけーなー。てかよー、今までなんでやんなかったんだー?」

「さっき気付いた……というよりも一か八かだったんだよ。本当にギリギリだったし。あ──」

 烈斗は恋初に向かって頭を下げた。

「改めて田中さんもありがとう。本当に助かったよ」

『えっ? あ、うん。ほんと偶然だったんだけどね、間に合ってよかった』

「なんだー? ベルベットちゃんなんかしたんかー?」

「真暗に回し蹴りしたんだよ」

「マジかー! ベルベットちゃんひょっとして武闘派かー?」

 別に武闘派というわけではなく、お腹の肉が気になりだしたベルベットは、ヨガを習いに行こうと思ったが近所のジムではヨガ教室がなく、同じインドだしいいかと思ってカラリパヤット教室を受講したのだ。まさかこんなところで役に立つだなんて人生というのは数奇なものである。


 それはさておき、烈斗は自分の状態を頑張たちに詳しく説明した。




「……よーするにおめーがプログラム書き込みモードになってっときは起きてる状態ってことなんだな?」

「かいつまんで言うとそういうことだね」

「てか起きてもなにができるっつーわけでもねーけどな」

 結局ケーブルで繋がれているのだ。烈斗も歩き回れるわけではない。カプセル内で軽く動いたり飲食くらいはできるだろうが、それだけだ。


『ねえ、あまり知っちゃいけないような話っぽいけど、いいの?』

『他の人に話さないでくれれば大丈夫だよ。信用してるからね』

 恋初の言葉にベルベットはイエスとしか言えない。完全に立場は元へ戻ったようだ。

 そして皆は先ほどのドラゴン系の連戦で疲労した脳を癒すため、暫し休憩をすることにした。



 ●●●●



「さぁてベルちゃん、お仕事タイムだよ」

「あっうん。宜しく」

 まず恋初が始めたのは、隣のカプセルルームへ入り茜のカプセルを開ける。女性同士だからということで茜からちゃんと許可を取っている。

 そして恋初は茜の手をにぎにぎしたり、腕をいろんな角度から上下させたり肘などを曲げる。

「こうやって筋肉や関節が固まらないようにケアするんだよ」

「なるほどなるほど」

「……一応スプライツの講習で説明していたと思うんだけど」

「えっ、あれって半月に1回くらいでって話じゃなかった?」

「それ最低ラインだよ。ちゃんと毎日やらないと終わったときみんな苦労するんだから」

「さっきよくわかったよ。うん、ちゃんとやるね」

 そして自室に戻り、今度はバイタルサインと酸素濃度のチェック方法を教える。正圧で短時間ならば30%くらいまで上げても問題はない。

 あとはネットで情報収集。このゲームの情報7割、ワールドニュース3割くらいだろうか。他チームの動画も見る。

 そうしながらもみんながなにをしているのか見たり地図を拡大縮小し周囲の確認。全体チャットを見つつ個別チャットでナンパしてくるスプライツをブラックリストへ入れたりする。


「こんな感じかな」

「へー、やることいっぱいあるんだね」

「えーっとね……」

「あ、うん。わかってる! みんなの命を預かってるんだから、これくらいは最低限やらないといけないよね!」

 本当にわかっているかはさておき、ベルベットは言われたことをきっちりやる子だ。彼女のやるを恋初は信用する。


「それじゃそろそろお待ちかねの」

「モーション作成タイムだね!」

 ふたりでハイタッチする。ベルベットは恋初のスプライツの豊富なモーションをとても羨んでいた。自分で作れるようになれば楽しみも増えるだろう。

「じゃあまず基本の表情と回転からだよ」

「はい先生!」

 恋初がモーションを作る様をベルベットは楽しそうに眺めていた。



 ○○○○



「あっち、楽しそーだなー」

 頑張は恋初のスプライツから聞こえるキャッキャウフフな声を聞きながらぼんやりと言う。

「混ざりたい?」

「ちょっと……いやーかなり」

「チッ、んなことよりこれからどうするか考える方が重要だろ」

「そうだね」


 烈斗はこれからのプランを漠然と話す。

 ドラゴニアスへ行く前に話していた通り、今後は小休止のみとする。それで一気に火水や言歩たちのところまで追い付く。

 回復はなるべく温存。とはいえ余らせるのも無駄なため、余裕があるときは使っていく。


「そうだ、さっきボスドラゴンを倒したときに出た鉱石で予定通り新しい回復手段を作るんだけど、なにかいい案ないかな」

 候補は主に3種類で、ひとりを大回復させるのと、全員を中回復。あとは全員が数秒おきに小回復といった感じだ。

「だったら大回復じゃねー? 基本的に俺が引き受けんだしよー」


 烈斗たちは役割がきちんと決まっている。前衛は烈斗と頑張、遊撃に茜、そして後衛が永知と美由紀だ。

 バランスはいいが、大きな欠点もある。ボスが2体以上現れた場合だ。ボス1体に対して雑魚が複数であれば、茜が雑魚を受け持てばいい。しかしボス2体だと烈斗と頑張が分かれねばならない。

 茜は防御に全く向かないため、ひとりで受け持つことができない。かといって頑張と組ませたら茜だけがヘイトを稼ぐ状態になてしまい、敵のコントロールが難しくなる。

 その状態で更に烈斗の体力も気にしなくてはならなくなると、大回復の場合美由紀の負担が大きくなる。

 かといって中回復だと強大な攻撃を連続で繰り出されたら間に合わないかもしれない。


「チッ、使わなくなるヒールベルを俺に寄越しゃいい話だろ」

 解決した。

 今現在美由紀が持っているヒールベルは回復量が固定値で効率悪いのだが、連射できるという強みがある。永知は威力を上げるため魔法攻撃力へ多く振っているから効率としては最悪だが、それでもかなり助かるだろう。


 そんなわけで美由紀はひとりを大回復させられるよう、大きなベルを作成した。


「できたぁ! 今度こそ絶対私が名前付けるんだからぁ」

『はいはい』

「えっとね、シズオカケン!」

『……ヒールリリィっと』

「うええぇぇ」

 美由紀から酷く嫌そうな声が響く。


「なー恋初。あいつ自分で使うんだからいーじゃねーか」

『だって私が荷物預かるんだよ。やだよ私、アイテムボックスから毎回静岡県出すの』

「……だなー」

 言い分が酷い。とはいえ美由紀の付けた名もどうかと思う。



『うーん、じっくり見せてもらったけど、美由紀ちゃんってほんとCG作るの凄いね』

『でしょー。みゅーちゃんならゲーム会社でも重宝されると思うよ』

「ううぅ、私は3DCGアーティスト目指してるんだよぅ」

『でもみゅーちゃんってネーミングセンス壊滅的じゃん』

「名前なんて関係ないよぅ」

『そんなことないよ。みゅーちゃんのCGを気に入った人がいて購入しようとしたらさ、タイトルが這いまわるミミズ乱舞とかだったらきっと買うのやめちゃうから』

「そんな名前付けないよぅ! もぉ」

 美由紀は憤慨する。しかし美由紀の名付け方で考えると、その土地の名物や名所と勘違いする人がいるかもしれない。それはあまり宜しくない気がする。


「よし、じゃあそろそろ行こうか」

 烈斗の言葉に皆頷き立ち上がる。ここからは地下通路を抜けて大迷宮の地下へと向かう。恋初は烈斗たちよりも先に進んでいく。

『なんか先行き過ぎじゃない?』

『私たちスプライツは襲われないからさ、先に行ってなにかあるのを確認すれば楽なんじゃないかなーって』

『なるほど!』


 メモをとるベルベットを見て、恋初は思ったほど共有ができていないなと感じる。こうしたほうがいい、ああしたほうが有利というのは主に最前線を進むひとの動画を見て気付いたことを伝える程度で、その他の便利な情報はあまり共有されていなかった。

 今後はスプライツ同士の連携をもっと密にしようとベルベットから提案してもらうことにする。

 自分から提案しないのは、ブラックリストに入れた男スプライツたちの対処が面倒だからだ。



「なー、人狼ゲームって昔あっただろー」

 地下道を歩いていると、頑張が突然なにかを思い出したように言った。

「ああ、あったね」

「今回は真暗が人狼だったわけだけどよー、ひょっとしたら他にもいんじゃねーかなって思ったんだよ」

「チッ、ありえねえとは言い切れねえな」

 永知も同意する。他のプレイヤーがAIの刺客ではないと言い切れない。今回はわかりやすいほどの悪だったからいいものの、友好的な人間が手先であるという可能性もある。そしてもう既に会っているかもしれない。

 プレイヤーへ与える疑心暗鬼。それこそが真暗を使った理由なのだろう。捨て石とはいえ、その波紋は小さくない。


「しっかしなげーな。どんだけあんだよー」

「特に罠もないし敵が出るわけでもないと。それなら転移できるなにかを設置しておけばいいのに、わざわざ通路を作っているとなると……」

「チッ、完全に時間稼ぎじゃねえか」

 不要だと判断できるものを置く一番納得できる理由だ。とはいえ罠やモンスターを置いたり蛇行させたほうが時間稼ぎはなるのだが、そこまであからさまでないところが嫌らしいとも言える。


「ということは」

「だなー」

「チッ、しゃあねえな」

 男たちは今なにをすべきか理解した。いや、理解していないのは美由紀だけだった。なにがやるのか不安でキョロキョロしている。

「全員で走ろう」

「うええぇぇ!?」

 ひとりだけの悲鳴が通路に響いた。




「ううぅ、私走るの苦手なのにぃ」

「チッ、体力無制限だから問題ねえだろ」

「あっそっかぁ」

 ここは肉体疲労という制限がない。疲労というのであれば脳が疲労することくらいだろう。しかしそれは戦闘などで集中したり焦ったりなどがなければ問題ない。つまり歩いても走っても一緒なのだ。


『でも私たちが走ったときはみんな疲れた感じだったけどなぁ』

「そりゃーモンスターから逃げてたからだろー」

 逃げる行為というのはかなり脳に負担がかかる。一瞬の気の緩みもなく敵の動きを警戒しつつ逃走ルートを考え、安全な場所を探さなくてはならない。そして常に恐怖と焦りが纏わりつく。


「それよりもう着いたみたいだよ。扉が見える」

「はえーな。オレ時速何キロ出てたんだー?」

『じゃあ扉まで着いたら小休止だね。そこからまたダッシュかな』

「マジかよー! いーよなスプライツは楽でー」

 コントローラーを握ってスティックを動かすだけだという印象なのだろう。実際にそうなのだが、その他にやることが多いというのもまた事実。


『あんなこと言わせといていいの?』

『いいのいいの。それより……ズズズーっ』

「おーい恋初! 今なにすすりやがったー!」


『あっこれ凄いおいしい! ベルちゃん料理上手いねー』

『そう? 喜んでくれれば嬉しいんだ』

『これならいつ仕事クビになってもラーメン屋になれるよ』

『あまりうれしくない誉め言葉だね』

「てめ、ラーメン食ってんのかよー!」

 頑張が心底悔しそうな声を出す。ここへ来て早2週間ちょっと。ものを食べるという行為は一切なされていない。


「いいな、ラーメン」

「烈斗、おめーもか」

「チッ、これ終わったらラーメン屋はしごしてやる!」

 丁度北海道にいることだし、この際制覇してみるのもいいだろう。

「……ちなみになにラーメンだ?」

『濃厚鶏白湯だよ』

「くっそ美味そうじゃねーか! 材料どっから持ってきた!」

『食材なら呼べば持ってきてくれるよ。スプライツは自炊してる人多いし』

 恋初も自炊しているが、ベルベットには遠く及ばない。次に空いたタイミングで料理を教えてもらおうと恋初は画策する。


「チッ、そんなん羨んでも意味ねえだろ。それより……」

「これからどうするか、だよね」

「んなもん──」

 頑張が言おうとしたところ、恋初が顔の前に出て言葉を止めた。


『はいベルちゃん、質問。どうすればいいでしょう』

『えっ? えーっと、扉の隙間からスプライツが入りこんで中を確認?』

『うん、いい考えだね』

 スプライツのマップ機能では、完全に遮蔽した場所の内側は表示されない。もちろん他チームやモンスターも、中へ入らないとどうなっているのかわからないのだ。

『そんなわけで行って来るよー』

 恋初は扉の隙間からするりと中へ入って行った。


「このまま恋初に言歩たちんとこまで行ってもらやーいーんじゃね? 先の情報も手に入るしよー」

「チッ、どこからその情報を得るつもりだよ」

「そりゃー……あっ」

 恋初がいなければどことも繋がれないのだ。スプライツを離し過ぎるとメリットが打ち消され、デメリットだけが残ってしまう。


『ただいまっと。数チーム見かけたけど特に問題はなさそうだったよ。モンスターはそれなりにいたけどモンハウになってるとこはなかったし』

「そっか。じゃあ進もう」

 烈斗は煉覇を握り、扉を開いた。




「おらダッシュダッシュ! 全員走れー!」

「うえぇ、きついよぅ」

「チッ、おめーはこけないように気を付けてるだけでいいんだよ!」

 また全員で走っている。あと5日でクリアしないといけないのに、未だゴールが見えないのだ。ある程度危険を覚悟してでも急がねばならない。

『ベルちゃんルート覚えてね』

『うん。帰ったらきっと追い付け……厳しいかな』

 今の烈斗たちはかなりのハイペースだ。ドラゴニアスからは言歩たちよりも早い。


「前方に他チーム……囲まれてるよ」

「おー、助太刀いるかー?」

「不要だ!」

「了解、気を付けて!」

「お前らもなー!」


 後ろからついて来ているモンスターを茜が倒し、なすりつけないようにしてから追い越す。

「んでよートップまであとどれくらい追い抜けばいいんだー?」

『あと3チームだよ。といっても最後の1チームはほとんどトップと差はないけど』

「火水んとこかー」


 火水チームは火水のワンマンチームだが、実のところよくできたチームである。前衛は火水のみだが魔法1補助1回復2で、ダメージの集中する火水をふたりがかりで回復させている形になっている。

 それで最前線に立っているのだから、火水自身が相当のポテンシャルを持っているのだろう。


「また1チームいるよ」

「こいつらも囲まれてんなー。モンハウなかったんじゃねーのかよ。おーい、通り過ぎるぞー」

「ちょっ、待っ、手を貸してくれるとラスカル」

 苦しそうな声が聞こえた。通り過ぎるとは言ったものの、通路を塞がれるようにモンスターがいるのだからある程度倒さねば通れない。

「じゃーちょっくらごめんよぉっとー!」

 頑張がカイトソードをぶん回し、周囲のモンスターをぶった斬る。


 そして烈斗が斬り込み、茜が投擲する。その様子に他チームは唖然とした。

「お、お前らなんでそんなに強いんだよ!」

「逆に聞きてーんだけど、なんでおめーら装備作ってねーんだよ!」

「そ、それはまだ作るべきタイミングじゃないと思って……」

 その返答に烈斗たちは納得した。


 RPGゲーマーは大体2通りいる。レアな消費アイテムをさっさと使ってしまう派と、勿体ないからといっていつまでも持ち続ける派だ。彼らは後者ということだろう。

 そして後者の場合、大抵はクリアしても使わず、いつまでも倉庫を圧迫している。

 もちろん本当に後から使えば有利になる場合もある。彼らはさっさと使ってしまう相手にそれみたことかと笑うのだが、やはりそれでも使わない。結局使ったもの勝ちになる。

 それもまた性格の問題であり、他人がとやかく言うべきではない。だができるだけ皆で協力して進もうという状況ならば、少しは考慮して欲しいと思う気持ちもあるだろう。


「だけど既製品だけでここまで来れるんだ。相応の実力はあるんだろうね」

「まーそーゆーこったな。じゃーがんばれよー」

 烈斗たちは別れを言い、先へと進む。

 恋初が先行し、先に問題ないようなら烈斗たちを招く。そして殲滅。これといって問題はなさそうであった。


『そんな作業しながらエモーション作ってたんだ。凄いね』

『慣れればそんなに大変じゃないよ。──っと完成』

 恋初は早速できたエモーションを使う。くるくるとスパイラル状に飛びあがり、ぴたりとポーズ。


『ねっ、既存のエモーションでも組み方次第で新しく作れるでしょ』

『なるほど! 頑張ってみるよー』

 こちらは楽しげである。今のところは特に問題はない。


 そして5人は階段を登り、大迷宮地下1階の扉の前までやって来た。

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