第9話 それぞれの想い

 残り1週間。それは全プレイヤーへ衝撃を与えるには充分であった。

 そして様々な憶測が飛び交う。

 チーム毎に3週間か。それだと後発組にも同じアナウンスが流れたことの説明がつかない。

 それに全プレイヤーがクリアしなくてはならないのか。それは流石に不可能で、これがゲームであり勝負をしている以上、不可能なことはさせないだろう。

 というのは人間側の都合であり、AIはそうではないとしているかもしれない。後発組は人間側の都合で加えたのだ。後から勝手に増やしておいて、時間がない不可能だというのは理不尽というものだ。

 あと、当ステージと言っていたが、複数のステージがあるのか、そしてそれが何ステージあるのか……誰もわからない。

 そもそも、このステージの最後がどこにあるかすら不明なのだ。



「……恋初……恋初!」

『えっ、あ、な、なに!?』

 烈斗の言葉で我に返った恋初は、一度ヘッドセットを外し両頬をペチペチと叩き、再びヘッドセットを付けた。

「知っての通り、かなりまずい状況だ。今トップはどうなってる?」

『え……ええと……言歩さんとこが、島の地下道から大迷宮の下層に行ってるとこ』

「大迷宮の地下ってことか。そこで終わりならいいんだけど……」

「ああくっそ!」


 烈斗と恋初が話をしているとき、実具が乱暴に船長室の扉を開けて出てきた。

「どーしたよMIGぅー」

「どうもこうも、これ以上船は速くならねえってよ! 到着は明日の夜! ああくっそ、こっちは急いでるっつーのに!」

 壁に拳を突き立て、苛立ちながら吐き捨てる。こんなところで足踏みしている場合ではないのだ。だからといってNPCがそんなことを汲み取ってくれるはずがない。

 

「おう。そんじゃ会議すっぞ」

「おー、ヨモギ組名物の会議に参加できんのは光栄だなー」

「ふざけてる場合じゃねえぞ。おら座れ座れ」

 皆は車座になる。ヨモギ組の動画ではよく見られる光景だ。

 とはいえ動画での会議とは、会議という名の説教である。主に工期の遅れと納期の遅れだ。工期の遅れに対する遅れはまだマシだが、エディットモードを使わぬヨモギ組の建築は、マップの当たりはずれにより物資調達難度が変わるため納期が遅れることを責めるのは理不尽だ。もちろんネタとしてやっているため、本気で責めているわけではない。


「まあ、話は知っての通りだ。俺らは強制的に動けねえが、この時間を利用して今後のプランを練ろうかと思う」

 時間の有効活用だ。今は動けないだけで進んでいないわけではない。

 そこで烈斗は挙手する。

「あー、なんだっけか。名前なげえからみいちゃんズでいいか?」

「ゔええぇぇ」

 山羊の鳴き声のようなものが聞こえるのは気のせいだ。

「じゃあ暫定としてチーム烈斗でいいよ。それでここはとりあえず寝ることを提案する」

 突拍子もない話に、ヨモギ組、MIGチームから非難の声が上がる。折角のタイミングでふざけるなと。

「チッ、てめえら黙って聞きやがれ!」

 苛立ちを堪えず永知が吼えた。流石にチンピラから叫ばれると全員委縮した。

 それでもそういった連中がある程度出入りするゲーセンでたむろっている実具は戻りが早く、烈斗へ顔を向ける。

「理由を聞こうか」

「今はまだ昼だから、これから寝て夜話し合おう」

「……なるほど。そうすりゃ次に寝るのが明日の昼になって、到着した夜にすぐ行動できるか。一日ありゃ夜型に変われっからな俺たちは。よっしゃ、俺もその案に乗るぜ」

 リーダーの実具が言えばメンバーも従う。そして理由に納得できたヨモギ組もそれに倣う。

 こうして3チームは夜まで寝ることになった。




「──お兄ちゃん、凄いよね」

「突然なに?」

 烈斗たちへあてがわれたキャビンの一室で、茜はちゃっかり烈斗の隣へ陣取り寝転がっていた。

「だってあの場でみんなが納得できるようなことを発言できたんだよ」

「みんな加熱してたから気付かなかっただけだよ。冷静になればわかったはず。それ込みでの提案だったんだけどね」

「どゆこと?」

『つまりクールダウンしてもらいたかったんだよね?』

 会話に割り込んできた恋初の言葉に烈斗は頷く。あんな熱くなっている状態ではまともな議論などできるはずもない。先ほどの烈斗を見ればわかるが、ちょっとした意見なのに皆が噛みつくようにぶつかってきたのだ。それが不和となり、罵り合いなど始まったら見るに耐えられない。

 今ごろは皆冷静になって、烈斗はただ単に昼夜逆転させようとしていたのではなく、頭を冷やさせる意味もあったのだろうと理解しているだろう。

 そして烈斗はそこまでだけではなく、更に先まで織り込み済みだ。あの場で2つの意味をもつ提案を出せたのだ。今後は皆烈斗の言葉に注視するようになる。つまり強い発言権を得ることができたわけだ。なかなかに腹黒い。

 

「だから茜も早く寝たほうがいいよ。俺も……」

 言いながら烈斗の意識は遠のいてしまった。頑張ほどではないが、彼もまたとても寝つきがいい。

 そんな烈斗の更に近くへ茜は身をよじらせるように寄って行く。

『茜ちゃん、烈斗君に寄りすぎてない?』

「そうでもないですよ」

『だってくっついちゃってるじゃん』

「誰か見てるわけじゃないし、問題ないですよ」

 キャビンは宿と同様で、枠は入ってこられない。つまり気兼ねなく色々できるのだ。

『でもね、一応私は立場的に保護者代理なんだから、風紀的に問題がありそうなことは注意しないと』

「大丈夫。なんなら私とお兄ちゃんが結婚しても構わないってお母さんたち思ってるし」

『なっ!?』

 恋初は驚愕した。

 

 烈斗と茜の親はわざわざ近所に住むほど仲がいいのだ。ならば自分たちの子供に対し、そういう話があっても不思議ではない。

 とはいえはとこ同士というのも微妙な線である。法的には問題ないが、血縁である。

 ちなみに双方の親としては、当人たちがしたいなら構わないが、積極的にくっつけようとは思っていないというスタンスだ。茜の言い方だと結婚して欲しそうに思っていると感じそうだが、ものは言いようである。

 

 それに恋初は後ろめたい部分がある。

 小中学と、烈斗の親は恋初に対し、好意的であった。しかし高校にはいり登校拒否を起こし引き篭もっていた彼女に対してはどう思っていたのだろうか。息子に迷惑をかける駄目な女と思われている可能性もある。

 今の恋初は、烈斗がいるおかげでギリギリ普通でいられるのだ。もしこれで彼の両親が会うのを禁止したら、恋初は生きていけないかもしれない。

 そのため恋初は余計な波風を立てぬよう、深く突っ込むことができないでいた。

 だけどせめてとささやかな抵抗として、烈斗にしがみついている。

 

 

 

「────てなわけでひと眠りして脳も落ち着いたところで会議すっぞ」

 一同は再び甲板で車座になり、話を始める。不安や怒りなどの興奮状態で寝付けなかったものもいるようだが、それでも今やらねばいけないことだ。

「つっても俺らにできることは多分2つだ。個々で進むか全員で進むか。正直どっちがいいのか全然わからんが」

 世茂木が話を続けた。

 どちらにもメリットデメリットがあるのだが、問題はどちらのデメリットも致命的なことだ。


 個々で進むメリットは速さだ。遅い連中に構うことなく突き進み、最速を狙える。それを実践しているのが言歩たちだ。

 デメリットは殲滅力が低いこと。ボス戦ではかなり危険だ。

 そして全員で行くメリットは殲滅力だ。ボス戦ではかなり楽になる。そしてデメリットは速度の低下だけでなく、経験値効率が著しく下がることだ。


 このゲームには共闘ボーナスはなく、それどころかペナルティがある。同じ敵を複数のチームで叩くと、それだけ経験値が減る。

 1匹のモンスターを2チームで叩くと経験値はそれぞれ47%、3チームで叩くと29%まで落ちる。4チームなら20%だ。楽をして経験を積めると思ったら大間違いなのだ。

 

「だったら別々に行くのがいいと思うよ」

 烈斗の発言だ。なにかしら深い意味があるのだろうと皆注視する。

「理由を聞いておこうか」

「その方が速いからかな」

「普通の意見だな。殲滅力が足りなくなる場合は?」

「そのときは待てばいいんだよ」

 実具たちは腕を組み考える。どこかに真意があるはずだからだ。

 

「……いいんじゃねえか? つまり、力がありゃそれなりの速度で行けるわけで、なにかあっても合流することができる。遅れているうえに殲滅力が足りないなら足を引っ張るだけだから待つ必要はねぇと」

「ちょっと厳しい意見だが、間違いじゃないな。遅い奴は戻って実力を付け直してから後続と合流すりゃいいんだし」

 世茂木と実具も納得してくれた。だがここで反論を持ち出すものがいた。MIGチームのナンバー2、メガネ女子の主方囲すほういかおりだった。

「はーい。それだとボス戦だけ途中から協力みたいな甘い汁を吸おうとするチームが出たりするんじゃないのー?」

「チッ、甘いと思ってるだけで実はすっぱいって気付かねえ奴は前線に立てねえよ」

 自チームのことだけを考えていれば甘いかもしれないが、これはチーム戦ではない。プレイヤーとゲームの戦いなのだ。他人の足を引っ張ったところで巡り巡って自分に返ってくる。

 一蓮托生、死なばもろとも……とは少し違うが、とにかく一丸となるべきだ。

 


「とにかく、目標としては火水か言歩に追いつくこと。ただし足を引っ張るようだと自覚した場合、サポートに回ることを視野に入れてくれ。後は?」

『そうだな……げっ、この島に真暗まくらいがいやがる』

「マジか……最悪だな」

 世茂木が顔をしかめた。


 真暗まくらい悦也えつや。とあるMMORPGのPK専門ギルドの奴だ。

 彼には世界などどうでもいいらしく、プレイヤーを平気で襲ってくる。

 危険なプレイヤーであると報告しても、恐らくAIに通報が消されているのであろう、上まで報告が届いておらず、書面で報告するにも、彼らが悪事を働いているときには枠がなく、証拠がない。それどころか向こうからも抗議文が飛ばされており、どちらが正しいか判断しかねている状態らしい。


「チッ、プレイヤー側にも敵がいるっつーことか」

「しかもプレイヤーがやられたらペナルティがあるから倒すわけにもいかねーってか。モンスターのほうがマシだなー」

 初めての情報に、永知と頑張は嫌な顔をする。向こうは手を出せるが、こちらが手を出すわけにはいかない。


「だけど実際になにかあったって話はないだろ。現に全滅したのはまだ1チームだけだし……あっ」

 そこまで言って実具は思い出した。あの場にいたのは全滅したチームを除いて3チーム。2チームは言歩と火水と判明している。だが残り1チームについては不明だった。それは当然のことで、真暗のチームには枠が寄らないからだ。


「全滅したチームになにかしらしたってことかもな」

 今までは功を焦って自分たちがトップへ立つため無茶をしたと思われていたのだが、実際はそうじゃない可能性が出てきた。なにかを聞こうにも、全滅したチームにも枠が表示されず、スプライツチャットにも現れない。手紙で聞こうにもネストナンバーがわからないし、全体で出した場合は真暗のチームにバレる。もし本当にAIと繋がっているのならば、どのネストに誰がいるか知っているかもしれない。迂闊になにかをしようとしたら危険だ。


『ちょっと調べたんだけど、多分この人じゃないかなっていうのを見つけたよ。かなりの粘着質で、一度ターゲットにした相手を引退させるまでつきまとうみたい』

 ここ数週間で、BANされたわけではないのに突然いなくなったPK専門のプレイヤーを恋初が探してみたところ、見事にヒットした。


「チクショウ! じゃあ俺たちを待ち構えている可能性がたけえってことかよ!」

 世茂木が吐き捨てるように言う。どうやら以前トラブルがあったようだ。

 それがわかった今、ヨモギ組を分けるのは危険だ。だからといって全員で行くのも非効率である。


「そうなると……チーム烈斗。お前らは別に行け。俺らがヨモギ組と行く」

 ニーゲ山から実具と世茂木は共に行動している。足並みは大体揃っているため、どちらかが足を引っ張るということはない。しかし烈斗たちのことはよくわからない。切り離す感じになってしまうが、別れて行動したほうが互いのためになるだろうと判断する。真暗たちも倍の人数相手に立ち回るほどアホではないだろうし、これがいいだろうと思われる。



 *****



 日が沈んで間もなく、船が島に着く。実具と世茂木が北側、烈斗たちは南側から島の反対側にあるドラゴニアと呼ばれる場所を目指す。島の周囲は岩が多く、この入江からでなくては上陸できなく、そして中央には高くそびえるテーブルマウンテンのような山があるため、迂回するしかない。

 そんな様子を遠くから眺めている影が。


「クソが。世茂木の野郎、びびって他チームと動くのかよ!」

「おいおいどうすんだよ」

「バーカ。ここはりんきおーへんだろ。まず別れたチームからぶっ潰そうぜ」

「世茂木と関わるとこうなるって見せしめるためだな? んで他のチームがびびって世茂木と組まなくなったところを襲えばいいって感じだな」

 木陰から下卑た笑いが複数聞こえた。



  *****



「──チッ、歩きづれぇったらねぇな」

「もちーっと内陸通れりゃーよなったなー」

 烈斗たちは海沿いの岩場を歩いていた。テーブルマウンテンの崖沿いを通ればもっと歩きやすいのだが、そこかでは木が生い茂っており襲われる可能性があるため、ここを歩かざるを得ない。

 片側は海。背水の陣というわけではなく、そちらから襲われる心配がないという理由でここを歩いている。囲まれるよりはマシである。真暗たちもそれがわかっているから今は手出ししてこない。


 だがそれでも海沿いには襲いやすい場所がある。海側へ突き出した岩場などだ。袋小路とも言えるこの場所では逃げることもできない。



「まー、予想通りだわなー」

 正しくは起こり得る可能性のひとつとして考えていたことだ。烈斗たちは今、出口を塞がれているような状態である。

「だけどこの場はこちらも好都合だ」

「だなー。わざわざご苦労なこった」

 烈斗たちの中で防御が可能なのは烈斗と頑張の2人だけだ。だが側面からの攻撃も心配しなくていいのだから、前方だけを守ればいい。そして防御こそ頑張の分野だ。


「くくっ。強がってんじゃねえよ」

「さあ2組目の全滅で世界がどうなるか見ものだぜ」

「まあおめぇらに恨みはないが、俺らを恨むなら世茂木と一緒にいた自分たちを恨みな。ついでに世茂木も恨んで一緒に殺すか? あはあはは」

 真暗たちは完全に倒せる気できるようだ。烈斗と頑張がかまえる。

 そしてふたりの隙間を縫うようになにかが飛び出した。


「ぬおっ!?」

 突然のことに、真暗の仲間がそれを剣で思わず受け止めようとしてしまう。そして凄まじい音と共に火花が散る。茜の投げた輪獄だ。気付いたときにはもう遅く、剣は削られるように切り落とされ、剣身が地面に刺さった。


「おーっしよくやった茜ちゃん! 愛してんぜー!」

「えっ、ヤダ……」

 本気で嫌そうな顔を茜がする。頑張も別に本気で愛していると言ったわけではないのだが、この反応は傷付く。

「げえっ! なんだそりゃ!」

「部内秘密ってやつだ。素直に教えてやるかよ……っと!」

 烈斗が煉覇で斬り上げる。真暗はギリギリのところで飛び退いた。トップチームに近いだけのことはあり、それなりに動けるようだ。


「同数なら勝てると思ったかー? ばぁかめ! 行くぞ烈斗!」

「おうっ」

 頑張は格闘ゲームでカウンターキャラを使用して全国大会まで行った男だ。対人スキルはとてつもなく高い。いやそれを対人スキルと言うのかは疑問だが、とにかく動ける身体さえあれば相手の心理を瞬時に読み取り対応することが可能だ。


 そして烈斗は相手が反応しようがしまいが、空間座標さえ打ち込めば関係なく攻撃ができる。

 なにせVRこの世界で彼だけが唯一別ゲームを行っているような状況なのだから。

 烈斗の動きは高速移動なんていう生易しいものではない。光速移動に近い。コマンドを書き込んで実行してしまえば回避も防御も全て不可。食らうしかないのだ。


「く、くっそおぉ!」

 一瞬で頑張は2人をシールドチャージで弾き飛ばし、烈斗は他のふたりの剣を切り裂いた。経験値がもらえないから雑魚モンスターのほうが遥かにマシという、虚しい勝利を飾った。


「さーて、こいつらどーすんよ」

「殺すわけにもいかないし、だけど縛り上げて放置したせいでモンスターにやられたらまずいか。とりあえず武器を全部壊して放っておくかな」

 いざとなれば鉱石を使い武器を作れるだろうが、せいぜい3本くらいだろう。


 そんなわけで武器は輪獄で破壊。ギャーギャー喚く真暗たちをその場に残し先へ進むことにした。



「でもよー、あのままにして自殺とかしたらどーすんよー」

「それは多分大丈夫。嫌がらせを目的としてるんだったら、レベルが半分になることはしたくないと思うから」

 今更レベル半分の状態でスタート地点へ戻された場合、世茂木にせよ烈斗にせよ、復讐するために先へ進むのは無理だ。

「チッ。だけど早めに出て来たのは良かったな」

「あーそーだな。おかげで心置きなく島の内側通れっからなー」

 武器を仕入れるためには船で戻り港町へ行かなくてはならない。つまりもう真暗たちに邪魔されることはないのだ。


『おっと枠も戻ってきたね。やっほー』

 恋初は枠に向かい笑顔で手を振り、そして人気ナンバー1の座は譲らんとばかりに新エモーションを披露する。そして烈斗の肩に止まり、皆を進ませた。



 ●●●●



「──んーっ。あう、あぁーっ……くひぃーっ」

 ヘッドセットを外した恋初は、思い切り伸びをする。現在は夜11時であり、引き篭もりネット廃人だったが規則正しい時間の生活をしていた、完全昼型人間の彼女はそろそろおねむの時間である。

 暫く自分の出番はないのだから寝てしまおうかと思ったが、真暗たちを追い払ったことを伝えないといけないことに気付く。

 だけどはっきり書いてしまうとAIにブロックされてしまう可能性があるし、この時間に手紙を出しても届くのは朝になる。


「あっそうだ」

 恋初はキーボードへ向かった。スプライツチャットで相手を指定せず、オープンチャットに入力する。


 >KMK

 宇土:おk

 張矢:おk

 田中:えっ何の話?


 どうやら伝わったようだ。

 KMK来た見た勝ったは、あるMMORPGで使われていたスラングだ。そこそこ有名なタイトルであり、そこで使われていたスラングは様々なところでも使われることがあった。KMKもそのひとつだ。

 もちろんAIにもその知識はあるだろう。しかしなにに対してかの判断はできない。これは人間の持つ特有の閃きがあって初めて理解できることだ。


 >ベルちゃんには関係ないよ

 田中:私のけもの? いじめ?


 恋初は苦笑する。ベルベットは色々と抜けているところもあるが、ちゃんと言ったことはやるし、自分なりに考えてがんばっている。恋初にとってはかわいい妹みたいな子なのだ。わざわざ嫌われるようなことはしない。


 >ごめんごめん。そういうんじゃないんだよ。ちょっとした連絡。

 田中:そっか。よかった。恋初さんに嫌われたらやだなーって思ってたんだ。

 >まさかー。嫌ったりしないってば。


 ここでベルベットが爆弾を投下する。


 田中:うちの会社でもね、わざとわからないコト言ってのけものにするイジメがあったんだよ。大人になってまでそういうのはやめて欲しかった。


「……えっ?」

 つい声に出してしまう。そしてチャットの文を読み直す。間違いない。


 >会社って、社会人さん?

 田中:うん。22だし普通に働いてるよ。


 恋初は驚愕した。なんてことだ。ベルちゃんはベルさんだったのだ。5つも年上である。


 VRに入れるのは未成年に限定されていたが、スプライツはその限りではない。恋初が皆同じくらいの年代だと勝手に思い込んでいただけなのだ。


 >田中さんも大変ですね。

 田中:えっ、何? 急にどうしたの?

 >いえ、なんとなくそう思いました。

 田中:ちょっと、ほんとどうしたの? やめてよそういう言い方。

 >でも田中さんは年上で社会人ですし

 田中:だからやめてよ! ベルちゃんでいいから! ほんとイヤだから! いつもの恋初さんに戻って!


 田中さんは慌てた。田中さん自身は恋初を年下だと知っていてもそう思わず、頼れるお姉さん的なポジションと考えていたのだ。


 >ですがこういうことをなあなあにしてしまうと将来影響が出てしまいそうで

 田中:私のこと年上だと思わなくていいから! 恋初さんの方が色々知ってるし、私なんて仕事くらいしかできないし!

 >仕事のできる女性ってステキだと思いますよ。

 田中:だーかーらー! もおー!


 田中さんは半ば涙目になりつつも、必死にもとの関係へ戻そうとする。

 しかしタイムアップ。恋初は睡魔に勝てず眠ってしまい、田中さんはモヤモヤしたまま眠りにつけないでいた。



 ◯◯◯◯



『……あっ……あ……あーっ』

「ど、どうしたの恋初」

 突然声を上げた恋初に皆驚く。あれからずっと歩き続けており、時刻はもう昼を回っていた。


『あっごめん。ちょっとね、マップに表示されるキャラクターマークのオンオフ機能があることに気付いたんだよ』

「マジかよー! だからあいつらの接近に気付かなかったんかー。よしはよ切れ!」

『そうもいかないんだよね』

 オフにするメリットはプレイヤーに強襲しやすいことと、その逆に襲われにくくすることだ。真暗のような連中が他にいなければメリットになりえない。

 逆にデメリットとしては、他チームからの救援が望めないことである。今はまた襲われるということがないだろうから、世茂木たちに自分たちの場所を知られていたほうがいい。


「他に情報はない?」

『あとは……あっ、田中さんのチームがこれから船に乗るみたい』

「田中ー? 誰だっけかー?」

「中村さんのとこだよ」

 頭を傾ける頑張に烈斗が教える。しかし中村でもピンとこないようで、少し唸ってから閃いたかのような表情をする。


「おー、ベルベットちゃんか! てか恋初、なんで急にそんな呼び方だ?」

『ガンバちょっと馴れ馴れしいよ。田中さん、社会人で大人なんだから』

「マジで!? ベルベットちゃんあれで大人かよー」

 あれでとは失礼な物言いだが、田中さんは童顔なので若く見える。むしろ頑張のほうが年上な見た目だろう。


 しかしあの年齢の女性はとても難しく、年相応に見られたかったりする。つまりかわいいと言われるよりも綺麗だと思われたいという女性が多い。

 もう大人なのだから子供みたいに扱われたくないのだろう。もちろん自分のかわいいを理解していてそれを上手く利用する人もいる。とても複雑なのだ。


「チッ、ンなことより見えてきたぜ」

 永知の言葉に、皆は顔を前へ向ける。視界を遮る森の木々の隙間から見えたのは、島の中心にあるのとは別の小さなテーブルマウンテン……おかしな丘……のように見えるものだ。


『あそこがドラゴニアス。クレーターみたいになっているっぽくて、内側はカルデラ状になってるよ』

「なるほどなー。んでどーすんよ烈斗ぉ」

「今日は近くまで行ってレベル上げ。内側へは明日朝行こう」

「おいおい、マジ大丈夫なんかー? あと5日しかねーんだぞ」

「わかってる。だからみんなに断っておきたい。今日これがまともに休める最後だと思って欲しい。恋初はいいとして、美由紀さんと茜にはかなり負担──」

「あたしなら大丈夫だよ! こう見えてお兄ちゃんよりたくましいんだし」

「……それは頼もしいよ。でも美由紀さんは厳しいんじゃないかな」


『みゅーちゃんなら大丈夫だよきっと。ねっ』

「うえっ? う、うん……」

「わかった。でももし危険を感じたら言ってね。最悪でも安全な場所で休んでもらうから」

 烈斗は深く突っ込むことはせず、とにかく今重要なレベル上げを始めることにした。




『世茂木さんたちが動き始めたよ』

「もう暗くなって結構経つもんな。じゃあうちらは休もう。そこの岩陰辺りが安地だよ」

 烈斗たちと異なり、夜明けとともに休みを取った世茂木たちと入れ替わるように休む。

「そんなこともわかんのかよー。ずっけーな」

 烈斗はゲーム内をデータとして見ることもできる。だからどこに安全地帯があるかを見ることも可能だ。

 といってもメインデータはROMなため書き換えることは不可能だし、途中で解析できる状態をやめてしまったため、割り込ませられるプログラムは数秒ほどのものしかできない。


 それでも安全地帯がわかるのはチートに近い。大勢ならばローテーションで休めるといっても、2時間交代で8時間休憩だと実質6時間しか休めず、更に途中で起こされると疲れが取れにくい。VRの場合なら肉体的な疲労がないだけマシだが、それでも脳の疲れは蓄積されていくだろう。

 だが安全地帯があれば、全員が8時間休める。なんなら休憩時間を6時間にしてもいいくらいだ。

 それでも暗い時間は動きたくない。現在22時で6時間ではまだ4時だから明るくはない。それに今回がまともに休める最後なのだから、きちんと8時間休むことにした。


「よしじゃー入ろーぜ! オレ一番奥ーっ」

「ガンバさんは守るため一番手前に決まってるじゃん。奥はお兄ちゃんで、その次はあたしかな」

「チッ、勝手なこと言ってんじゃねえよ。奥は九楼武だろうが」

「うえぇっ?」

 全員永知を注視した。そしてニヤつく頑張を茜が睨む。


「ち、ちげえからな! こいつが一番弱えからだぞ!」

「はいはい」

「ガンバてめ、殺──」

『まーまー。私もみゅーちゃんが一番奥なのに賛成だよ。んで次が永知君ね』

「なんでそうなんだよ!」

『そりゃ2番目に弱いからだよ』

 防御を見れば頑張がトップなのは当然として、次は烈斗。そして茜だ。魔法系が弱いのは仕方のないことだ。


「……チッ、女の横で寝られっかよ! 俺ぁ烈斗の前に行くからな!」

「うわぁ、BLだぁ」

「てめこのアマぁ!」

「ひいぃぃっ」

 雉も鳴かずば撃たれまい。美由紀はアホの子なのかもしれない。

「だけどいざとなったらすぐ出られるよう、俺はガンバの次がいいな」

「チッ、そう言われちゃな」

 永知は渋々引き下がった。それでも女子ふたりに挟まれるのは抵抗があるらしく、烈斗の後ろになった。



「なんつーか、サザエってこんな気分なんかなー」

 狭い穴に入り込み、入り口を盾で塞いでいる。現実ならば内側は人の熱気が篭もるし息苦しくなる状態だ。

「チッ、いいからとっとと寝やがれ!」

「へいへい」

 頑張は黙ってじっとしていれば、1分もかからず寝ることができる。寝付きが悪い永知にとっては羨ましくも妬ましい。

 そして烈斗も寝付きは悪くなく、男ふたりが寝たため、永知は寝たふりをする。



「美由紀さん、まだ起きてるんですか?」

「う、うん」

「……眠れなさそうですね」

 先ほどからもぞもぞしている。VRでは痛覚が現実と異なっているため、おかしな姿勢でも特に問題なく眠れるのだが、どうも居心地が悪そうだ。


「美由紀さんはなんでここに来たんですか?」

「なんでって?」

「こう言うのもなんですが、断れたと思うんですよ」

「う、うん。断れたと思うよ」

「じゃあどうして」


 茜は別に意地悪で聞いているわけではない。ただ普段から怯えているというか、嫌々ここにいるような印象を受けるからだ。

 これからもっと危険な場所へ踏み込むのだ。そこで動けなくなったりパニックを起こされたら大変なことになる。


「うぅ、それはこーちゃんが……」

「恋初さんが無理やり連れて来たの?」

「そ、そうじゃないよ。……私、こーちゃんしか友達いないし……」

「そこに付け込まれたの?」

「ち……違……」

「あたし、さっきの会話でちょっとムッとしたんですよ。なんで美由紀さんの返事を聞かず恋初さんが勝手に大丈夫だって決めつけたのか。気の弱い人を強引に操ってるみたいで──」

「違うよ! こーちゃんはそんな人じゃないよ! こーちゃんだけが私に気付いてくれた! こーちゃんだけが私を凄いって言ってくれた! そのこーちゃんが私を必要だって言ってくれたの! だから……」

 美由紀は必死に声を出す。そしてひとしきり声を荒げたところで、また普段のようなトーンで話を続ける。

「……それに、こーちゃんは私を助けるために呼んでくれたんだよぅ」



 美由紀はどこにも居場所のない子であった。

 学校では同級生に無視され、部活では先輩に利用されたり嫌がらせを受け、家ではみっともないからせめて高校くらいは出ておけと言われて、居場所どころか逃げ場もなかった。


 今烈斗たちと共にやっているのは国家……いや国際的な仕事のようなものだ。日本だけでなく国連がバックアップしているのだから、ただ学校を休んでやっているのとはわけが違う。

 学校の単位免除どころか、このまま学校へ戻らなくとも卒業扱いにしてもらえる。ちゃんと勉強して学力をつけ卒業し、実力で大学へ進学したいと思っている人は、そもそもここへ来ていないだろうし、特典としては問題ないだろう。

 それにこれだけの貴重な体験をしているのだ。今後様々なVR関連へ手を伸ばそうとしている企業からスカウトされる可能性も高い。


 つまり今の美由紀は学校へ行き嫌な思いをすることがなく、親の言う卒業の証も手に入れ、更に将来発展してくであろう会社から注目されているというとても得難い環境にいるのだ。それにもしものことがあったらきっと恋初が助けてくれると信じている。

 更に付け加えると、恋初は恐らく美由紀を烈斗たちに会わせたかったのだ。

 ここにいるみんなは、誰も美由紀を無視せず、嫌がらせをせず、かといって腫物のように扱ったりしない。普通に接しているのだ。

 だから彼女は今、学校や家にいるときよりもずっと生きているという感じがしている。VRという非現実の場であるのに現実よりも感じられるというのは皮肉な話であるのだが。



「そうだったんですか。恋初さんらしい……のかなぁ。よくわからないですけど」

「む、昔からの知り合いじゃないの?」

「うん。昔から知ってますよ。でも知ってるだけに近いかな」

 烈斗と茜の家が近いといっても学区は違うし、茜には茜の友人がいる。そして恋初も常に烈斗たちと遊んでいたわけではない。だから昔から知っていて何度か一緒に遊んだことがある程度の関係でしかない。


 そもそも茜は恋初のことがあまり好きではなかった。自分はがんばってかわいくなろうと努力しているのに、恋初は放っておいてもどんどんかわいくなるのだ。理不尽極まりない。

 もちろんそれは恋初のせいではないのだが、こういうものは理屈ではない。

 でもようやく最近、自分なりのかわいさを手に入れられるようになったため、恋初を変に意識せず接することができるようになったのだ。


「ううぅ、人間関係難しいよぅ」

「慣れですよ。それで話を戻しますけど、今後もっと大変になりますが本当に大丈夫ですか? ほとんど休めないんですよ」

「うぅ、休めない分には問題ないんだよ。私、作業入ると4日以上は普通に寝ないから」

「……はぃ?」

「現実だと体力の制限とかあるけど、ここだとなさそうだから1週間くらいいけるかもしれないよぅ」

 茜は驚愕した。作業、つまり3DCG作成だ。ほぼ集中しっぱなしだろう。それを4日も続けられるとは思えない。だが美由紀は嘘や大げさで言っているわけではなく、普通だと言いたげな表情だ。

 ようするに恋初が言ったことは、単に口下手な彼女の代弁だったのだ。茜は深く反省する。

 

「それじゃもひとつ聞いてもいいですか?」

「う、うん。なんでも聞いてよぅ」

「美由紀さんって好きな人、いるんですか?」

「えひっ!?」

 突然の質問内容に美由紀は酷い声を出した。先ほどからの流れとは全く関係がない。


「最近永知さんとなんとなーくいい雰囲気な気がしたんで」

「そ、そんなことないよぅ!」

 美由紀は必死に説明を始めた。

 あれは臆病でとろくさい自分に苛立った永知が、少しでも自らのストレスを軽減させるために行っていただけ。もしくは美由紀だけでも死なれたらどんなペナルティを受けるかわからないため、仕方なくだろうということをくどくど言う。恥ずかしいのか、それとも永知をそういう人物だと思っているのか不明だ。


「うーん、よくわからないんですが、つまり嫌いなんですか?」

「き、嫌いじゃないよぅ! ちゃんと聞いてよぅ!」

「すみませんわかりやすくお願いします」

「つ、つまりだよぅ。普段素行の悪い不良が、雨の日に捨てられていた子猫を拾ったところを見てしまったみたいな」

「古典ですね」

「お、王道だよぅ。それでね、そんな手には乗らないぞと思う反面、くやしい、でも……っていう点も否めないっていうかぁ……」

 つまりなんだというのか。

 全く要領が掴めぬ茜に対し、美由紀はしっかりと説明できたぞと言わんばかりの満足顔をした。あれで伝わるわけがない。

 

 そして寝たふりをしていたため全て聞いてしまった永知は、何度もツッコミを入れたくなるのをグッと堪え、余計眠れないでいた。

 

 

 

「ガンバ、起きろ」

「……んー? あ、ああ……もう朝かー?」

 頑張は盾をどけて岩陰から出ると伸びをする。しかし現実のような凝り固まった肉がほぐれるような感覚はない。ただの癖というか習慣的な動作としてついやってしまう。


「さてどうするか……」

 烈斗は斜面を見上げる。斜度で言うと30度以上あるだろう。登れないほどではないが、足を滑らせたらほぼ確実に下まで転げ落ちる。落下ではないから肉体的ダメージは大したことなくとも、精神的ダメージは結構でかい。

 ロープもなければピックもなく、そもそもここは岩ではなく土だ。全員這い蹲って登るしかない。


「よし、決まった。ガンバ、悪いけど最後に来てくれ」

「おー。オレの盾でストッパーになりゃーいいんだろ? でもお前ひとりで大丈夫かー?」

 敵は恐らく上から襲ってくるだろう。それでも前は烈斗ひとりで守らねばならない。負担はかなり大きい。

「大丈夫。茜がいるんだし」

「えっ!? あ、うん! 任せて!」

 茜はとても嬉しそうだ。


 代理とはいえ頑張ではなく自分が烈斗の隣に立てる。まるで認めてもらえた気分だ。

 だが格闘ゲームで数百時間戦い、互いの手の内どころか思考すら読み合えるふたりの仲には届かない。下手に手を貸そうとすると邪魔にしかならないこともわかっている。

 それでも烈斗はどうして欲しいという指示は出さない。任せてくれているのだ。これで行かねば少女がすたる。


 茜は斜面に足をかけ、一瞬止まりなにかを考え、足を戻すと恋初に預けていたものを2つ受け取り、ひとつを美由紀に差し出した。

「美由紀さん、これ」

「これ、なにぃ?」

「洗濯ばさみです。これでスカートを挟んでください」

「う、うん。でもなんで?」

「これを付けることで、ガンバさんから見られなくなります」


 美由紀は慌てるように洗濯ばさみをスカートにつけ、頑張はこっそりと舌打ちした。

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