第8話 草原を越えて

 一行は山頂に着いて絶句していた。そこではグリフォンとキマイラが喧嘩をしていたのだ。

「なー、あれほっといて漁夫の利狙えねーか?」

『無理だよ。ダメージないもん』

 ダメージを与えていたら必ず数字が表示される。しかしどちらからも出ていないため、ノーダメージだと思われる。


「あれ言歩たち倒したんだよなー?」

『正しくは火水さんとこの混成チームだね。それぞれ一体ずつ戦ったみたい』

「チッ、しゃあねえな。オイ、こっちも分かれてやんぞ!」

『ど、どっちやればいいの?』

 不安そうな声でベルベットが聞いてくる。こういうときの判断力はないようだ。


「そうだね、俺たちがグリフォンをやるから、キマイラを頼むよ」

「お、う……なんかキマイラのほうが強そうだけど」

 烈斗の言葉に中村は腰が引けている。隣の芝生は青く見えるのだろうか。

「だったらグリフォンやんかー? あいつ飛ぶぞー」

「……すまない。キマイラをやらせてくれ」

 中村のダガーは投擲にも向いているが、まだ慣れていない。そして距離があれば茜は無双できることを知っているため潔く引き下がった。

 こうして烈斗たちがグリフォン、中村たちがキマイラと戦うことになった。


「っしゃー行くぞオルァー!」

 奇声を発しながら頑張はグリフォンへ突進し、ヒーターソードで斬りつけようとする。だがグリフォンはそれを飛んでかわす。

「茜っ」

「うん!」

 茜は輪獄を投げ、グリフォンの翼を狙う。激しい回転は翼の羽根を撒き散らす。


「うーん、落ちないなぁ」

「何度もやれば飛べるだけの羽根がなくなるかな」

「そおだね!」

 デジタルデータとしてそれが起こり得るのか不明だが、茜は再び輪獄を投げつける。するとグリフォンはそれを嫌がるように回避した。

「チッ、隙だらけだぜ!」

 輪獄を避けることに集中させていたグリフォンへ、永知の魔法が襲う。魔法陣を乱暴にガンガン叩き、無数の風の刃が飛び交った。

 上空は不利だと感じたのか、グリフォンが降りてくる。しかしそこには烈斗と頑張が待ち構えていた。


「いくぞ、ガンバ!」

「オーゲェー!」

 ランダムリプレイスメントにて一気に畳み掛ける。

 怒涛という言葉がよく合う。特に今回の頑張の盾は攻撃用だ。与えるダメージがマンティコアのときとは桁違いになっている。それでもやはり使いこなせてない点が足を引っ張っている。

「くっそー、盾が重くて遅れ気味だ」

「把握してタイミングずらしてる! ところで何キロくらい?」

「20キロっつってたなー!」


 20キロなんて持ち上げるだけなら大したことないが、振り回すとなったら話が変わる。特に頑張のヒーターソードは全長1.2メートル。遠心力が半端ない。もはや現実では不可能な領域だ。

 それでも頑張の鈍った動きは烈斗が対応すればいい。その程度で連携が崩れるほどふたりのやってきたことは軽くない。


 しかしここでタイムリミット。だが動きが止まるころにはグリフォンのライフが4分の1まで減っていた。

「くぁー、つれぇー! だがもーちょいだ!」

「ああ。茜──」

 茜を呼ぼうと烈斗が一瞬振り向くと、そこには誰もいなかった。

 すぐ顔を戻しグリフォンを確認すると、今度は中村たちを見る。

 するとそこで茜は戦っていた。少し離れたところには、倒れた鈴木と佐藤がおり、美由紀が必死にベルを鳴らしまくっていた。


「くっ、ガンバ! 向こうやばいぞ!」

「マジかー……ゲッ、マジだ!」

 一瞬見ただけでわかるくらい壮絶な状況だ。キマイラはグリフォンよりもずっと強いらしく、守りながらという枷があるとはいえ、茜ですらボロボロだ。

 美由紀がベルを鳴らしていたおかげで佐藤たちは回復したが、とても戦える状態ではない。


 そんな中、ひとりほぼ無傷でキマイラのヘイトを稼いでいるものがいた。山本アコライトだ。超至近距離から繰り出される火炎弾を見切り、連撃を与える。片手持ちで素早い連撃をし、仰け反らせたところへ両手持ちの強い剣撃。茜のような派手さはないが、実力ならトップクラスだ。


「やっべーなアコたん。マジ惚れそう」

「そんなことよりこっちに集中して! 出し惜しみしていられる場合じゃない! 10秒欲しい!」

「おっとわりー。10秒稼ぐぞオルァー!」




「──ふはぁっ! このままなら、いける!」

 アコライトはキマイラの動きを把握しつつあった。3つの頭の動き、火炎弾を撃つタイミング、前足での攻撃、そしてたまに混ざる尾の攻撃。

 VR世界の身体は疲労が溜まらない。集中力さえ途切れなければ今の戦況を維持できる。

 しかし人間の集中力は長くもたない。


 机で勉強しているときの集中であればそれなりに持続できるだろうが、これは命のやりとりに近い。死んでも生き返るゲームとはいえ、もし死んだら世界は滅びに近付く。その緊張が精神を蝕んでいく。

 だがパターンは見切っている。今のテンポで戦っていれば押し切れる。

 そう考えたアコライトは一瞬集中を休ませた。最悪のタイミングで。


「えっ──」

 ライフゲージ半分。それはボスのパターンが変化するときだ。突然の動きの変化。思いもよらぬ方向からの尾の一撃がアコライトを襲う。

「ゆやあぁぁっ」

 先に気付き割って入ったのは茜だ。アコライトが集中を切らすのを察知し、サポートへ向かおうとしていたところだった。

 しかし輪獄も茜のステータスも攻撃特化だ。防御に全く向かないため、アコライト諸共吹っ飛んでしまう。


「あぅ……くっ」

 茜のおかげでダメージは減ったものの、厳しいことには変わりがない。美由紀と高橋が慌ててヒールベルを鳴らそうとするが、先ほどの連続使用でMPが足りない。

 永知が必死にマレットを振るうも、ヘイトは全てアコライトへ向けられているのだ。キマイラは起き上がっていないアコライト目指し突進する。


 アコライトは生粋の剣士だ。敵の攻撃の目前でキャーなんて叫び目を瞑るような真似はしない。例え死んでもその目は相手を睨み続ける。


 そんなアコライトの視界は突然壁のようなもので遮られた。

「アコたん、その顔はいけねーな。折角惚れそうだったのによー」

「……ガンバ君!?」

「ごめん、手間取った!」

 アコライトの前には頑張のカイトソードが地面へ突き立てられていた。

 そしてその横には煉覇を構える烈斗が。


「どーよ烈斗ぉ! 今のオレ、すっげー主人公っぽかっただろー!」

「うん、まあいいんじゃないかな」

「ちゃんと答えろよー! うおっと!」

 頑張はアコライトへ向けられた爪の斬撃を盾で受け止める。足が少し地面を滑らせるが、しっかりと止められた。

「ガンバ、ちょっと頼む!」

「げっ、またかよー!」

 文句を言いながらキマイラの前足を跳ね除ける頑張を尻目に、烈斗は茜のもとへ駆けた。


「茜、茜! 大丈夫!?」

「う……あっ、お兄ちゃん……」

 転がされていた茜を烈斗は抱き起こし、軽く揺さぶって気を取り戻させた。

 輪獄が胸に深々と刺さっている光景に一瞬どきりとしたが、輪獄の刃は彼女をすり抜けるのだから問題はなかった。

「HP残り3割くらいか……よくやってくれた。偉いぞ」

「うー、なんか子供扱いっぽい」

「そんなことないって。それよりもいける?」

「うん、大丈夫。ちょっと意識があっち行ってただけ」

 ある程度ダメージがあっても、茜は離れたところから攻撃が可能なため、重要な戦力として加算できる。

 烈斗は茜を立たせ、無理をせぬよう一言添えて頑張のもとへ向かった。


「悪いガンバ!」

「おーっ! はよせい! もたねー!」

 烈斗はキマイラの前足を斬りつけ、引っ込めさせた。

 そしてキマイラは目の前の烈斗や頑張を無視し、アコライトを睨む。

「これは下手に離れられると厄介だな。ガンバ!」

「おーおー、オレだけ仕事多くねー?」

 烈斗チームと中村チーム、両方合わせても頑張しかボスの攻撃から守れるものがいないのだ。それどころか全プレイヤー合わせても盾主体で戦うものは彼しかいないし、カイトシールドくらい大きな盾を持っているのも頑張を除くと3人しかいない。


「あまり……なめないでくれる?」

 アコライトは立ち上がり剣を構えた。

「いや、山本さんは下がって!」

「もう平気! 私だって戦える!」

「そーじゃねーよ! アコたん死んだらまじーんだよ!」

 アコライトのHPは半分くらい減っている。先ほどの一撃でこれなのだから、次また受けたらアウトだ。


「九楼武さん! MPは!?」

「うえぇ、2回分は回復したよぅ」

 美由紀のヒールベルでアコライトを全快させるには、6~7回鳴らす必要がある。先ほどの一撃のダメージを茜と分散していたと考えると、全快に近い状態でないと前衛として戦わせたくない。


『────あっ、みんな無事!?』

 急に動き出した恋初は周囲を確認する。

「んだよ恋初ーっ。こんなときに居眠りかー?」

『ベルちゃんと情報集めてたんだよ! 言歩チームから聞けた!』

「マジか! 疑ってわりー! んで!?」

『えっとね、こいつよん────』

 ここで突然恋初が止まってしまった。


「どうした恋初!」

 強制停止のようなデータが割り込んできたのを確認した烈斗は、恋初へ話しかける。

『ん……あー、AIからブロックされたみたい。詳しい情報は伝えられ……そうだ! ガンバのパンダ! あと林間学校の2日目!』

「は? おめーなに言ってんだー?」

 頑張が顔をしかめる。だが今ので烈斗と永知はピンときた。


「チッ、懐かしいモン持ち出して来やがって。オウてめぇら、逃げる準備しとけ!」

 皆混乱しかかったが、永知の指示に従い、いつでも動けるようにした。

「なー、オレのパンダってなんだよ」

「小4のとき学校に置かれた巨大パンダの像だよ」

「あん? ありゃー別にオレんじゃー……あー……あー! わかった!」

 ようやく頑張は気付いた。

「じゃ削るか!」

「だな。行くぜオルァー!」

 烈斗と頑張はランダムリプレイスメントで削りに入った。



 小4のとき、何故か学校の校舎入り口前にパンダ像が置かれることになった。そしてこれまた何故か生徒のみんなで名前を付けるという話になり、そのとき頑張が付けた名前が「ハンハン」だった。

 「半々はんはんって半分みたいだね」と笑う恋初に、頑張は「半分の半分だったら4分の1じゃねー?」と答え、みんなから可哀想なものを見る目を向けられたという事件があった。


 このことから導き出されるのは恐らく4分の1。いま現状でそれに値するのはキマイラのライフゲージ。そして林間学校の2日目にあった事件────



「おっしゃ削ったぞー!」

 烈斗と頑張はキマイラのライフを4分の1まで削ることができた。その瞬間、地響きと共に地面が割れ、溶岩が噴き出してきた。

 周りを溶岩が囲み、じわじわと足下を侵食していく。逃げ場はたった1ヶ所。

「チッ、そうきたか。オウ全員そっから逃げろ!」

 しんがりを烈斗が務め、皆は溶岩の流れていない唯一の場所へ駆け込んだ。




「──ったく。わかりづれーんだよ」

「そう? 俺はすぐわかったよ」

「チッ、おめぇにとっちゃ忘れたい過去だからな」

 山を降りながら3人は話す。

 AIはネットにある情報であれば瞬時にブロックしてくる。しかしそれ以外は憶測しかできないし、そこまでブロックしていたら会話自体が成り立たなくなり、そうなると何故スプライツを存在させているかわからなくなる。

 だから今のような、幼馴染として共に過ごしたものだけがわかる情報というものを止めることはできないし、あれでなにを伝えようとしていたか理解できまい。


 そして下山した烈斗たちは平原でひと休みした。

「チッ、城下町と逆側じゃねえか」

「ううぅ、ここどこぉ?」

 溶岩から誘導されるようにここまで来てしまったが、城下町へ戻るには山と溶岩を迂回するしかない。

「とにかく休もう。辺りも暗くなってきたし」

 下山中、徐々に足元が見えなくなっており、現在はもう満天の星空の下だ。月明りだけがうっすらと皆の姿を映している。

 

『ここはモルト平原だね。この先へ進むと港町があるっぽいよ』

 トップチームはそこから船で海を渡り、島へ向かっているようだ。

「チッ、そもそもなんで山なんか登ったんだ?」

「クエストだよ。山頂辺りが不穏だから確認。モンスターなら殲滅して欲しいって」

「てかよー、だったらどう戻れって……あー、だから海か」

 溶岩はどんどん広がっており、山を迂回するにも相当な距離を歩かねばならなくなる。だが海ならばその限りではない。

 烈斗と永知は既に確認していた。海と島の位置を。あれならば城下町へ帰るルートとしては問題ない。


「そんなわけで、ここで夜を明かして朝になったら港町へ向かおう」

「ちょっと待ってくれ!」

 烈斗の提案に異議を唱えたのは中村だった。その表情には悔しさが滲んでいる。

「んだよシードライブぅー」

「……自分たちの都合ばかりで申し訳ないが、俺たちはここで下りさせてもらう」

「えっ?」


 キマイラとの一戦で、自分たちの力不足を痛感したのだ。これから先、無理して進もうとしたところで周りに迷惑をかけるか自分たちが死ぬ。

 だから一度装備を見直し、そのうえでしっかりと戦えるだけの力をつけたいのだそうだ。

 今まではアコライトひとりがなんとかしていたが、流石に彼女だけで大量のモンスターは無理だ。それに大迷宮では武器の貧弱さが足を引っ張り、アコライトですら押される状況。そして武器を手に入れたところで、やはりアコライト頼み。彼女が決壊した瞬間終わりだ。これではもう先に進むという話どころではない。


「でも港町までは一緒に行こう。別れるのはそこで武器を手に入れてからでいいと思うよ」

「そうさせてもらうよ。あと、再び会うことができたら、また武器を作って欲しい」

「うぅ、仕方ないよぅ」


 そんな会話の途中、近くになにかが落ち地響きが。全員立ち上がり武器を持ち構える。

 月明りに照らされて確認できたのは、キマイラの姿だった。

「チッ、休ませちゃあくれねえようだな!」

「山本さん、HPは?」

「まだ7割ちょっとくらいかな」

 それだけだと心許ない。

 そのときリンゴンリンゴンとベルの音が響く。

「うぅ、これでなんとか」

「ありがとう、助かるよ!」

 これでアコライトは前衛として戦える。だがその代わり茜のHPの回復は遅れ、まだ半分ちょっとだ。

 

「じゃあ俺とガンバが動きを止めるから、山本さん攻撃に集中して!」

「らじゃ!」

 こうしてインスタントチームバトルが開始された。

 

「だけど視界が良くないな……中村さん! 茜! あまり遠くに離れないで!」

 ふたりは投擲のため、距離を置こうとしていたのだが、烈斗はそれを止める。

 暗い中では遠くが見えにくい。そして茜の輪獄も中村のダガーも、当然だが投げてすぐ当たるものではない。

 よく見えないけど投げてみて、もしフレンドリーファイアなんてやったら最悪だ。ここは戦闘フィールドなのだから、味方だろうとダメージが入る。だったら最初から攻撃しないでもらったほうがマシだ。

 

「こいつ、まだ私のことだけ狙ってる!」

「それは好都合! ふたりとも、もっと寄って投擲していいよ!」

 アコライトひとりで半分近くライフゲージを削っていたのだ。最後まで彼女だけ狙ってくる可能性がある。

 そうであるならば好都合だ。ようするに彼女を守っていればいいのだから、やりやすいというものだ。それにキマイラのHPは回復していないらしく、ゲージは4分の1以下だ。これなら強引に押し切ることもできる。



 烈斗、頑張、アコライト。それに茜と中村の波状攻撃でキマイラは呆気なく沈んだ。今は全員が大の字に寝転がり夜空を見上げている。

「あー、こんなことリアルじゃぜってーやんねーよな」

「ああやらねぇな」

 頑張と永知が笑いながら話す。

 ドラマやマンガなどではやっているが、実際にやると悲惨なことになる。草の汁は染めに使えるほどで落とせないし、袖などの隙間から虫が入り込んでくる。ひょっとしたら動物から出てきたものが転がっているかもしれない。せめてシートくらいは敷きたいものだ。

 

「お兄ちゃん、星きれーだね」

「ん……。あれは平面なのかな。まさか全部配置していたりしないよね」

 ふたりはちぐはぐな会話をしているが、茜は別段気にしていないようだ。

『茜ちゃん、烈斗君に近くない?』

「そう? 別にいいんじゃない?」

『いやぁ、年ごろの男女なんだし、それにほら』

「あっ……」

 そこらじゅうに枠が浮いている。ここは宿ではないのだから、イチャコラしているのが全世界に見られてしまうのだ。流石にそれは恥ずかしいのか、茜は烈斗と反対側へ転がる。


 すると今度は恋初が烈斗の胸の上に腰を下ろす。

「恋初はいいの?」

『私はスプライツだからいいんだよ』

 そして大の字に寝る。

「なんかモーション増えてない?」

『ちょこちょこ作ってるからね。表現は多いほうがいいでしょ』

 恋初のスプライツは外部アウトサイドキャラなのに、まるでプレイヤーのような動きをする。それもあってか呑気な連中が行っているスプライツ人気投票では断トツだ。

 ちなみに女性プレイヤー人気では茜が上位にランクインしている。きっとパン……健康的な足が見えるからだろう。

 

「それにしてもこの辺はモンスターがいないね」

「そーいやそーだな」

 こんな無防備な姿を晒しているのに襲われる気配すらない。

『だってここボスエリアだし』

「げっ、じゃー時間経ったら出てくんじゃねーか!?」

 それはないと恋初が断言する。ここのボスエリアは山頂で戦い火山を噴火させるというフラグを立ててからボスが現れるのだ。

 もし次のチームがやれば現れるかもしれないが、現在山頂付近に誰もいないし、そもそもこんな暗がりでボス戦をやろうなどと考えるチームもいない。

 という理由でここは安全だと判断できる。

 烈斗や中村たちはここで朝を迎えることにした。

 

 

 

「くっそー! 全っ然見えねー!」

「チッ、止まらねぇと魔法が使えやしねえ!」

「うええぇぇ、うええぇぇ」

「駄目! 草が絡んで輪獄が投げられない!」

 現在、烈斗と中村の両チームは草原を強行突破していた。

 草原といっても草の高さが半端ではなく、ゆうに2メートルを超えている。

 視界は最悪なため、恋初が恋初がモンスター表示が見れる狭域マップを、ベルベットが方向のわかる広域マップを担当して皆に指示を飛ばしている。

 そして足は止められない。周囲はモンスターだらけのため、速度を緩めた瞬間襲われる。

 

『ベルちゃんあと何キロ!?』

『およそ4キロ! だけどこの草原を抜けるだけなら3キロちょっと!』

 この辺のアクティブモンスターは特殊で、移動が時速3キロ以下になると一斉に襲い掛かって来る。

 人間の歩行速度は大体4~6キロほどと言われているが、それは普通の道を歩く場合。これだけ深い草むらをかき分けながら時速3キロはとても厳しい。


「なんか……なんかねーのか? 永知の魔法は駄目、茜ちゃんも草には弱い。オレの盾も使えねーし、烈斗も駄目。アコたんやシードライブも使い道がねー」

「チッ、わかってんだったら黙ってろ!」

 できないことを確認し、周囲が苛立っただけだった。今は黙々と進むしかない。

 とはいえなんだかんだで1時間もかからず脱出することができた。

 

 

 

「町だぁーっ!」

 港町に着くなり茜が叫ぶ。よほど嬉しかったのだろう。


「オレさー、町に着くのがこんな嬉しいと思ったの生まれて初めてだわー」

「俺もだ。……さて色々迷惑をかけてすまなかったな」

「そーゆーなって。まー互いにがんばろーぜ」

 頑張と中村は悪手をする。麓で言っていた通り、ここで2チームは別々に動く。

 

『ここでお別れだね』

『少しの間だけだよ。必ず追い付くから!』

『無理しないよう、いいスプライツになってね』

『私、このゲームをクリアしたらスプライツやめるんだ』

『あはは、私も。じゃあ元気でね!』

 ベルベットは初期設定のエモーションで頭を下げる。恋初はくるりと回り、ウインクしながら可愛らしく敬礼した。

 

『そ、それ! それどうやってやるの!?』

『あはは、詳しくはチャットでね』

 このふたりはいつでもチャットで会話できるのだ。エモーションの作成は攻略と関係ないため妨害もされず教えることができる。

 

「羽賀根くぅん」

「どうしたの、山本さん」

「アコでいいよ。うん、色々ありがとうね」

「んだよーアコたん。助けたのはオレじゃねーの?」

「え? だってガンバ君、私らと一緒に行くの反対してたじゃん」

「それとこれとは話違くねー?」

「細かいこと気にしてるとハゲるしモテないよ」

「は、ハゲてねーし! モテなくもねーよ!」

「へー。んじゃ彼女とかいるの?」

「い……今はいねーけど……」

 今はいないというか今もいないだが、嘘ではない。ものは言いようだ。

 

「んなこと言ったら烈斗だっていねーし!」

「それ、言ってて虚しくならない?」

「ぐっ……」

 烈斗がアコライトに声をかけられた瞬間、茜と恋初はさりげなくいつでも割り込める位置へ移動していたのだ。聞き耳をたて、いつでも入り込もうと狙っている。どう見てもモテモテだ。これにはアコライトも笑うしかない。

 

「とにかく、いつかまた会おう。今度は俺たちが助ける番だ」

「ああ。待ってるよ」

 烈斗と中村が握手をし、解散することになった。

 まず最初に烈斗たちがやるのは船の情報を得ることだ。とはいえそれほど大きな町ではないため、すぐにわかった。

 そこそこ大きな商船で、島にある荷を受け取ってからならば陸へ寄せてくれるという話だ。

 ただし、出発はおよそ20分後。のんびり買い物もできない。一か所に絞るしかないだろう。ここで重要なものを洗い出す。金銭的にも2つ買うという選択肢はない。


「チッ、そこは攻撃魔法だろ」

「えうぅ、ヒールベルの上のやつ欲しいよぅ」

 ふたりが互いに主張する。

「オレはヒールベル推すなー。前んとき回復でてこずったんだしよー」

 ヒールベルは回復量固定の回復魔法だ。

 MPの低い序盤であればかなり重宝するが、レベルが上がるにつれ足を引っ張る。今の美由紀の魔力ならばもっと上の回復を見込めるはずだ。


「うーん……。うん、攻撃魔法にしよう」

「うえぇー」

 烈斗の答えを聞き永知は満足そうに頷き、美由紀は情けない顔をした。

「なー。次またボス2体とか出たらマジで回復きつくなんじゃねー? なんで攻撃魔法を選んだんだよー」

 頑張も愚痴る。それほど回復は重要なのだ。

「永知」

「チッ、面倒くせぇな。俺の装備を買うっつうことはな、俺の装備は後回しにするってことなんだよ」

「なんだそれ意味わかんねーよ」


 頑張はわからない様子だが、恋初はピンときた。

『ようするに次の鉱石で回復魔法を作るってことだね』

「……そーゆーことか! 確かにそれならしょーがねーな!」

 今までの感じからすると、鉱石から作った装備は店売りのものを遥かに凌ぐ。だからここで中途半端な回復装備を買うくらいなら、暫くヒールベルで耐えて良い回復魔法を手に入れようということだ。だから今回復装備を買ったうえで製造なんてしたら攻撃魔法が疎かになってしまう。


「それにもしボスが2体出たらおめぇらが分かれればいいだろ」

「おお? あー、そりゃそうだよなー」

 烈斗と頑張は別にセットではない。烈斗と茜が組み、頑張と永知が組めばいいだけの話だ。美由紀は両方へ回復を向けなくてはならないが、そこは恋初が管理してくれるだろう。

 そんな感じで烈斗たちは新しい攻撃魔法装備を購入し、船へ向かった。



「よーガンバじゃねぇか!」

「おーMIGじゃんよー! それに組長まで!」

「組長って呼ぶなよ」

 船には他に2組いた。MIGと愉快な仲間たちとヨモギ組だ。

「でもよー、ヨモギ組だろー? だったらリーダーは組長になるじゃんよー」

「ヤ◯ザみてえに聞えるからやめろって。だったらおめえらのチーム名だって大概じゃねえか? みいちゃんウィズ幼馴染みズだっけ?」

「うええぇぇ!?」

 美由紀が素っ頓狂な声をあげた。まさかあれが世間に浸透しているとは思っていなかったようだ。そしてもちろん恋初へ抗議する。改名運動だ。


『でもなぁー』

「でもじゃないよぅ。私、目立つの好きじゃないの知ってるでしょぅー」

『だけどみゅーちゃん自分の作品見られるの好きじゃん』

「だって作品は私じゃないし……」

『作品露出狂ってこと?』

「ゔええぇぇ」


 美由紀は年ごろの少女が出したらいけない類の声を出した。あまりに酷い有様に、恋初はこれ以上引っ張るのをやめようと思った。あんな声を出して許されるのはケン・シムーラか山羊だけである。


『え、えっと……烈斗君がリーダーなんだし、烈斗君を前面に出そうっ。ねっ』

 そう言って美由紀をなだめ、なんとか鳴き止ませた。あのままだと彼女はお嫁に行けなくなってしまう。


 ということをしている最中、突然皆の前にスクリーンのようなものが表示された。

 それはプレイヤーだけではなく、スプライツや枠から見ている人々全てだ。

 戦闘中のプレイヤーもいたが、モンスターの動きは止まっており、ダメージも与えられない状態。そしてそのスクリーンへ全員が注目する。


 “プレイ開始より2週間が経過しました”


 そう表示された。これを見たプレイヤーたちは、もうそんなに経つのか、早いな、みたいなことを話していた。

 だが次に出た文を読み、凍りつく。


 “残日数が1週間を切りました。あと6日23時間57分以内に当ステージをクリアできない場合、ペナルティが加わります”


 破滅へとまた一歩、近付きつつあった。

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