第7話 烈斗の瞬き

『さあボスだよ。どうする? 待つ?』

「うーん、待ったほうがいいとは思うけど、いつ来るのかわからないから進んでもいいかもね。実具君の見立てを信じてみようと思う」

 待つというのは次に来るチームのことだ。人数が多いほうがボス攻略も簡単になることは情報として知っている。だが烈斗たちは中村たちのMPKを乗り越えたことで、レベル46平均になっているのだ。これならば自チームだけで倒せるかもしれない。


 慎重になるのは重要だ。しかしだからといって時間をかけてはいられない。行けるときは行くのもゲーマーとしての性だ。

「お兄ちゃん、行くの?」

 茜は烈斗の顔を覗きこみながら訊ねる。不安とかそういった表情ではなく、ただ従順に命令を待っているかのようであった。

「うん。茜は大丈夫?」

「お兄ちゃんが行けるって言うなら絶対大丈夫だよ!」

「おっしゃー、そーこなくっちゃな!」

「チッ、ボスってんだから少しゃあ骨のあるヤツ寄越せよ」

「ううぅ、MPは全快だよぅ」

 全員問題はない。烈斗は5層にある巨大な扉を開けた。



「……こりゃやべーな」

 ボスを見た頑張が無理やり笑顔を作ろうとする。

 四足のモンスター、マンティコア。前足が地に着いた状態にも拘らず、その高さは5メートルほどある。下顎のない獅子の顔の下に悲しげな人の顔。かなり不気味だ。


 全員が部屋へ入り、前衛である烈斗と頑張と茜が先へ進むと扉が閉じ、その瞬間マンティコアの巨体が宙に舞った。

「やばっ」

 マンティコアは烈斗と頑張を飛び越え、後衛に向かい爪を振るう。

「ひいぃっ」

「ちぃっ!」

 マンティコアの攻撃が届く前に、足がすくんで動けなくなった美由紀を永知が押し倒すように飛ぶ。間一髪のところで免れることができた。


「こ……怖……」

「チッ、おめぇはアレを見るな! 恋初だけ見てろ! おう恋初! ベル鳴らすタイミングだけ教えてやれ!」

 そう言って永知は自分の背に美由紀を隠すように立った。


「おっらあー!」

 マンティコアが次の攻撃をする前に頑張が戻り、シールドチャージでバランスを崩させる。マンティコアは一旦下がり、威嚇をする。

 そのとき、マンティコアの周りに4体の小さな影が現れる。小さいといってもマンティコアと比較しての話であり、それは実物サイズのライオンだった。


「茜!」

「わかってるよ! 美由紀さんたちには近寄らせないから!」

 烈斗が言うまでもなく、茜は彼の意を汲み後ろへ下がる。

 彼女がいれば最悪でも止めてくれる。そう信じて烈斗と頑張はマンティコアへ駆け寄る。


「おっるぁー! 邪魔だー!」

 襲いかかるライオンを頑張は盾を横薙ぎに振り殴って吹っ飛ばす。そしてマンティコアの前へ立つ。するとマンティコアはその鋭い爪で頑張に襲いかかり、頑張はそれを盾で止める。力のぶつかり合いだ。

 マンティコアが更に力を込めようとした瞬間、頑張はその力を利用して後ろへ飛ぶ。

 力の行き場を失ったマンティコアはよろけるが、すぐ前足をしっかりと地面につけ踏ん張り体を支える。その一瞬を待っていたとばかりに烈斗は煉覇で横っ腹に斬りかかった。

 打撃や斬撃はバランスを崩した相手だとあまり効果はなく、体に力が入っている相手にはよく効く。だからわざと踏ん張らせ力の逃げ場をなくした。これによって意図的にクリティカルダメージを与えられる。


「どーだぁ烈斗ぉ!」

「思ったよりも固い。予想していたほどのダメージは与えられなかった」

 今のタイミングなら象でも倒せていたのだが、それほど大きなダメージを与えられなかったようだ。

「くそー、デジタルデータにゃ通用しねーか。おう烈斗、戦法変えんぞ!」

「じゃあランリプで。1分、いける?」

「1分半はいけんぞー! カウント任すわ」

 ランダムリプレイスメントは互いのことを熟知していないと行えない超高等テクだ。攻防一体をふたりが入れ代わり立ち代わり行う。しかも順にではなく、完全にランダムで合図なく攻撃も防御も行う。

 相手の動きを感じつつ敵の動きを掴まねばならない。極限まで神経を削るため、短期決戦でしか使えない技だ。


 頑張が攻撃を防いでは烈斗が斬り突き、烈斗が攻撃をいなしては頑張が盾で殴るか短剣で斬りつける。その間にも襲いかかる眷属にも対応し、ふたりはその立場を目まぐるしく入れ替える。よくひとつの意思で動いているようだという例えがあるが、この速度に入り込めるような意思などない。まるでひとつの神経で反射しているかのようだ。


「凄い……」

 茜はそのふたりの動きに見とれてしまう。それと同時に歯を食いしばり、拳を握りしめる。悔しいのだろう。

 自分だって幼いころから烈斗といるのだ。あれくらいできるようになりたい。そう小さな嫉妬が生まれる。



「──くっはぁー! どーよ烈斗ぉ!」

「まだ1分ちょいだよ」

「マジかーっ。1分半いけっと思ったんけどなー!」

 頑張が音を上げた。だが長いことロクに会っていなかったのにこの息の合いようは驚愕としか言い様がない。マンティコアのライフゲージはもう半分も残っていない。

 しかしその一瞬気が抜けたタイミングが悪かった。マンティコアの戦法が変わったのだ。

 サソリのような尾が頑張の背後へ襲いかかる。彼はまだ気付いていない。声をかけるには遅すぎる。


「えっ──」

 刹那、烈斗は頑張の視界から消えた。

 茜たちは見た。マンティコアの尾が頑張に襲いかかった瞬間、烈斗は頑張の背後に現れたことを。

 そしてマンティコアの尾先は断面を滑るように地面へ転げ落ちた。

「へっ? あ?」

 頑張は突然消えた烈斗にパニックを起こし周囲をキョロキョロ見、そして背後でマンティコアの尾を斬り落としていたことに気付いた。


「お、おい、お前、今、なにしたんだ」

「ガンバ!」

「おわっとぉ!」

 烈斗の叫びを聞き、慌ててマンティコアの攻撃をかわす。

 今は遊んでいられる余裕はない。ボス戦の真っ只中なのだ。


「ガンバ、悪いけど20秒耐えてくれ。その後一気に下がって!」

「20秒耐えるってどういう──」

で頼む」

 烈斗の注文に頑張はマジかよと愚痴をこぼす。烈斗の言う釘付けとは一歩も動かすなということだ。


 頑張はやぶれかぶれ気味に盾先をマンティコアの人間の顔へと突き立てる。だがそれは歯で咥え止められてしまう。

「くっ、このー! 離せー!」

 頑張はそれを藻掻くように暴れて離そうとする。その姿が滑稽だったのか、マンティコアは余計に力を込めて逃さぬようにする。

「くそっ、この! やろ!」

 足蹴にして引っ張ろうとするが、顔を左右に振られ体の軸をぶれさせられる。


「……おら20秒だー! 踊れ烈斗ぉ!」

 頑張は盾を放し、後ろへ大きく下がった。

 勿論先ほどまでの間抜けな姿は演技だ。わざと道化て時間を稼いでいた。


 次の瞬間、マンティコアの周囲を烈斗が囲った。いや正しくは囲っていないのだが、残像のように現れていた。アニメで例えるならば1コマずつ別の場所にいる状態だ。それはもはや速いというものではなく、フレーム落ちといった方が近い。

 秒間数十斬撃を受けたマンティコアは、あっという間にゲージを削り取られ呆気なく消滅してしまう。

 眷属も消え、この場には烈斗たちだけが残された。


「ふぅ、なんとか上手くいったね」

「上手くいったじゃねーよ! 一体なんなんだありゃーよ!」

「ただプログラムを直接書き込んで走らせただけだよ」

「ただってお前……」

 頑張は唖然とする。


 VRはデータであり、プログラムによって動く。VRの中で人は体を動かすという脳の情報を発信し、それをデジタルデータに変換してこのVR世界で動いている。つまり無意識にプログラムを書き込んでいるようなものだ。

 それを烈斗は意図的に──一度テキストにプログラムを書き、それをコピペして割り込ませたのだ。


「そ、それってチートじゃねえのか?」

『ううん、チートじゃないよ』

 そこへ恋初が割り込んできた。


 AIはルールも伝えずこれを寄越してきたのだ。そしてバグもなければチート対策もしてある。つまりこの状態で行えることは全て認められているということだ。

 もしこれに普通のネットゲームのような規約があり、ルールが設けられていたらチートとして扱われるだろう。しかしこれはそうじゃない。


 そして自分AIが不利になるからと後出しでルールを作ったり変更することもできない。何故ならAIは立場上運営ではなく対戦者なのだから。勝負の途中でルール変更などできるはずがない。そもそもこれは勝負前の取り決めとして、メインデータは変更できぬようROMになっているのだ。


「んじゃーそのやり方さえわかりゃーオレにも同じことできんじゃねー?」

「それは多分無理だろうなぁ」

 VRは最初、脳自体にメインデータを埋め込むことで、画像や音などをリアルに表現している。通常のゲームで例えるならば、ゲームデータをダウンロードしてドライブに書き込むことを脳にやっているわけだ。ゲーム内からデータに触れることができないのと同様、この世界にいる限りデータへ干渉できない。


 だが烈斗は脳内にメインデータを埋め込まれる段階で、全てを外部データとして扱っていたのだ。だからそのデータを理解しないと歩くこともできなかったため、最初は動くことすらできなかった。


「だ、だけどよー」

『話なら後にしてよ。もうじき次のボスが出ちゃうよ』

「げっ、マジかー!」

 恋初が天井を指差し、頑張は見上げる。そこにはカウントダウンタイマーがあった。ボスのリポップ時間は10分らしい。ゆっくりなんてしていられない。

 皆が慌てて部屋から出ようとしていたところ、烈斗だけ更に奥へ進んでいく。

「おい烈斗、早く出んぞー」

「みんなこっち来て。……っと、ここだ」

 烈斗が奥の壁に手を伸ばすと、触れることなくするりと抜けた。

「なんだそりゃー!」

「偶然だけどさっき見えたんだ。ここから出られるはず」

 また同じ道を通って帰りたくない。あの階段はゴメンだと皆はその壁へ駆け寄った。



「──なるほどなー。ズルはできねーか」

 頑張はすり抜けてきた外壁をコンコンと叩く。逆から入ることはできないようだ。完全に脱出用として用意されていたようだ。

『それで烈斗君。見えたっていうのは?』

「ああうん。データとしてそこに出口があったんだよ。どういうつもりかは知らないけど、ちゃんと用意されていたみたいだ」


 どういうつもりとは、脱出口として存在しているのに何故わかるようにしていなかったのかという問題だ。しかもボス戦の途中で発見しているものであり、つまり倒したから通れるようになったものではないということ。

 ひょっとしたら吹っ飛ばし攻撃にてそこへ追いやり、外へ放り出すつもりでもあったのかもしれない。戻ってくるためにはまた登らなくてはならないため、かなりのロスになるだろう。嫌らしい仕様だ。


「ううぅ、それより早く帰ろうよぅ」

「チッ、同感だ。いつまでもこんなとこ居たくねぇ」

「そうだね……っと、恋初?」

『ちょっとごめんねー。調べものしないと』

 恋初は烈斗の懐に潜り込んだ。烈斗は少し頭を捻り、まあいいかと町へ戻った。



 ●●●●



 ヘッドセットを乱暴に外し、恋初はシートから跳ねるように起きるとベッドへ飛び込み抱きまくらにしがみつくと、足をバタバタさせた。

「くふっ。くふふっ」

 思わず笑いがこぼれる。


 烈斗が動かず今までやっていたのは、データの解析だと思っていた。それは間違いではなかった。だがまさか直接書き込んでぶち込んでくるなんて想像すらしていなかったのだ。予想を遥かに上回ることをしでかした烈斗に、改めて尊敬の念を抱く。


 一通り悶たところで大変なことに気付く。あれがもし他所に知られたら面倒なことになる。賛だろうと否だろうと、他のチームから色々言われるに決まっている。

 恋初は知っているのだ。賛否が同数だとしても、賛の声は小さく否の声はでかいことを。言歩たちも同じようなことを言っていたし、これで烈斗が悪く思われるのはどうしても納得がいかない。


 恋初は慌ててシートへ戻り、スプライツのチャットと掲示板を見る。しかしボス戦にも関わらず、あのタイミングでは周囲に枠が1つもなく、誰も見ていなかったようだ。総合スレの同時刻の話題は、何度も倒されているボスの話ではなく、言歩と火水の2チームがニーゲ山を越えモルト平原へ着いたことでもちきりだった。皆やはりトップチーム……このゲームの先が気になるようだ。


 恋初は胸を撫で下ろすと、チームのみんなへの口止めと、今後この話題をすることを禁止させるとともに、言い訳リストの作成を始めた。



 ◯◯◯◯



「おーっし、町だぜー! 寝んぞー!」

 城下町に戻った頑張が叫ぶ。階段で休むのは、例え本物の肉体でなくともきついだろうと考え、ほぼ不休で進んでいたのだ。

「チッ、少しは長めに休みてぇぜ。……ん? なんだぁ?」

 気付くと永知のシャツの裾を美由紀が握っていた。

「ううぅ、その……あり、がとぅ……」

「……チッ、動けねぇ仲間を助けんのは当然だろ」

 永知は照れを隠すかのようにそっぽを向き頭をかく。


「……ねぇね、お兄ちゃん。ひょっとしてあのふたり」

「んー?」

「あ……やっぱなんでもない」

 ちょっといい雰囲気を醸し出すふたりの近くで余計なことを言うのは野暮だろうと茜は口を閉ざす。聞かれていたら折角の仲が戻ってしまうかもしれない。ここは暖かく見守る場面だ。


「おやおやぁー? そこのおふたり──ぐぼぉっ」

 同じようなことに気付いた頑張が茶化しながら近寄ろうとしたところ、茜のソバットが腹へ綺麗に突き刺さった。


「ぐおおぉぉ……なにすっだよ!」

「ガンバさんさぁ、空気読めないの?」

「あー? 空気読んだからだろ。あそこは茶化す場面じゃねー?」

「デリカシーのない悪友ポジションだね。あたしそういう人嫌いだし」

「げっマジ!? オレ愛されキャラだと思ってたんだけど!」

「そういう人って告白しても大抵いいお友達でいましょうって振られるんだよね。あ、ちなみにいいお友達っていうのはウザいって意味だから」


 頑張、マジへこみする。

 茜は恋愛を神聖視する、夢見る少女なのだ。ふざけた人間に踏み込まれたくないと思っている。

 そして頑張は自分がそういった立場のとき周りから茶化され「ち、ちげーよ! そんなんじゃねーから」と言いつつもまんざらじゃないというシチュエーションが好きなのである。

 だが永知と美由紀の性格から考えると、そこへは触れぬよう暖かく見守るといった茜の対応が正しい。


「……なんでお兄ちゃん、こんな人と息が合うんだろ」

「こんな人とかゆーなよ! んで、ランリプのことかー? あんなもん……」

 そこまで言って頑張は口を止めた。あれができるようになるまでは数百時間とかかっているのだ。今言ったところで出来るようになるわけではなく、それどころか無理やりやろうとしたせいで邪魔になることは避けたい。


「あんなもん……なに?」

「なんでもねーって。おう烈斗、先休ませてもらうぜー」

「わかった。じゃあ王様のところへはひとりで行ってくるよ」

「あっ待って! あたしも行くー!」

 こうして城組と宿組に分かれることになった。




『あれ!? ガンバ君じゃん! なんでいるの!?』

 宿へ向かうところ、突然叫ばれた声に頑張は驚き周りを見渡すが、誰もいない──ただ小さくて気付かなかっただけで、そこにはスプライツの少女である田中ベルベットがいた。

「なんだベルベットちゃんかー驚かすなよー」

『驚いたのはこっちだって! なんでうちらより先に戻ってるの!』

「んー……人徳?」

『なるほどね。人徳がないと早く戻れるんだ』

「2度もMPKしてくる奴らよりゃあるわなー」


 この突っ込みをされてはベルベットも言い返せない。2度目は故意でなくともやったことには変わらないし、しかもどちらも助けてもらっているのだ。

「そううちの田中をいじめないでやってくれよ」

「てめーも同罪だからなーシードライブ! むしろお前が戦犯だろー!」

 実際のところ、2度目に関しては茜がひとりで全滅させており、むしろチーム経験値でおいしい思いをしただけだったのだが……。


 中村は顔をしかめ、山本へ耳打ちをする。山本は首を振り全力で拒否しているようだが、それでも尚頼み込む。土下座しそうな勢いだ。

 すると山本が頑張の前に立ち、プルプル震えながら顔の前で軽く握った両手の手首を内側へ曲げ、精いっぱいの笑顔を作る。

「ご……ごめんにゃんっ」

「……オッケー! オールオッケーだ! もう水ん流したよ! はい流したー!」

 頑張は親指を立てて満足そうな笑顔で答えた。

 全くやり慣れていない女の子が恥ずかしそうにやることによって、頑張の心になにかが突き刺さったようだ。なんだかんだで女に甘い男であり、中村に見透かされていたようだ。


『ほ、ほんとに許されたし?』

「許したし! 超許したしー! アコたん超かわいかったぜー! なんか悪かったなー。よく考えればオレ、2度目はなーんもしてなかったしよー」

「ああ、あの子ほんと凄かったな。もう彼女だけでいいんじゃないか?」

 雑魚相手ならば、どれほどの数がかかってきても恐らくは茜だけで完結できる。


「でもよー、一応うちのメイン戦力はあの子じゃねーんだわ」

「は? えっ?」

 あれだけの力を見せつけておいてメインではないという。ならばメインは一体どのレベルにあるのか。

 一瞬ハッタリかと思ってみたものの、チームのメインはあくまでもリーダーである烈斗であり、茜が呼ばれていたわけではないことに気付く。そして烈斗がまともに動いているところを見たわけではない。


『あっ、そうだ! 次ってニーゲ山だよね? 一緒に行かない?』

「イヤに決まってんだろー。なんで……」

『なんで?』

 なんでお前らみたいなMPKプレイヤーと一緒に行かないといけないんだと言いたかったところだが、その件は水に流したのだ。蒸し返すわけにはいかない。


「えーっとだなー……あーそうだ。他のチームと組んでただろー? そいつらはいいのかよー」

「彼らとはここで別れることにしたんだ。流石にこのペースで続けるのは厳しいって」

「身の程わかってるやつらじゃねーか。なんでおめーらはそんな焦ってんだよ」


『ガンバ君、そういうことは聞いちゃダメなんだよっ』

 言いづらそうにしている中村に代わり、ベルベットが苦情申し立てをする。

「別にいいじゃねーか」

『よくないから言ってるんだよ。じゃあガンバ君はなんでここにいるの?』

 片思いのミキちゃんに振り向いてもらいたいから、なんて言えるはずもなく、頑張は苦い顔をする。

「……まーそーゆーモンだよなー。でもよー、わかってんだろー? オレにゃ決定権はねーの」

『まあガンバ君だもんね』

 頑張はベルベットを追い回した。しかし他チームのスプライツに触れることはできないため、捕まえられず壁に激突していた。




「──いいんじゃないの?」

『やった!』

「マジかよー……」

 城から戻り話を聞いた烈斗は中村らの申し出を受け入れ、頑張は納得いかない顔をした。どう考えても足手まといだ。


「なーわかってんのかー?」

「ガンバの言いたいこともわかるけどさ」

『私としてはむしろガンバが烈斗君の言いたいことをわかるべきだと思うな』

 会話の中に恋初が割り込んでくる。


 つまり、例えこれで断ったとしても行くところは一緒なんだし、きっと勝手について来るだろう。それでまたMPKなどをされるくらいだったら最初から同行して管理したほうがいいという判断だ。

 彼らだって好きでやっているわけではないことくらいはわかるが、やらざるを得ない場面というものがあるのだ。なにせ彼らはここにいるのも不思議なくらいレベルが低いのだから。


「但し」

 烈斗が条件をつける。それを中村たちは真剣な目を向けて聞く。頑張相手とは大違いな反応だ。

「今日はもう休んで、明日の朝に行こう」

 それには皆が頷き、明朝出発することになった。




『──でさ、私は阿路井さんがやりすぎだと思うわけ』

「えっ、あたしですか?」

 翌日、共に山を目指し麓まで到着。そこで休憩をしていたところにベルベットがぼやきを入れる。

『そうそ。出てくる敵全部倒しちゃってるじゃん。おかげで楽なんだけど経験値が入らないんだよね』

 茜はモンスター出現と同時に輪獄を放っているのだ。剣士4人でどうにかできるわけがない。


「てかよー、モンスターが出たら早いもの勝ちっつったのベルベットちゃんじゃねーかよー」

『そ、それはそうなんだけど……』

 ベルベットの考えが甘かったのだ。

 永知の魔法は起動に時間がかかるため、烈斗チームの速攻戦力は茜と烈斗だけであり、茜の輪獄は直線軌道しかできないものだと思っていたのだが、まさか円軌道でも投擲可能だと知らなかった。だから剣士4人いる自チームも同じくらいの殲滅力があるのではと高を括っていた。


『と、とにかく阿路井さんには投擲をやめてもらうことを提案します!』

 勝手だなと頑張は呆れる。とはいえ共闘しようという話なのにこれでは護衛しているみたいだ。

「いいんじゃないの?」

「えーっ」

 ムチャクチャな要求だというのに烈斗は受け入れた。頑張は流石に顔をしかめる。

「そんな顔すんなって。これであちらが納得すればいいよ」

「でもよー……」

「茜だってわかってくれるよ。ねっ」

「あ……うん!」

 烈斗が言いたいことをなんとなく理解した茜は元気よく返事する。

 こうして話し合いは終わり、全員立ち上がり山を登ることにした。



 そして暫くして、烈斗は困り顔をしていた。

「……どーよ烈斗」

「いやぁ……こんなはずじゃあ……」

 烈斗は殲滅力が落ちて多少討ち漏らしたところで構わないと思っていた。だが茜は投げなくても殲滅力が変わらないと烈斗が信じてくれていると思いこんでいた。結果、茜は縦横無尽に飛び交い、誰よりも早くモンスターを斬り刻んでいた。


『ぐにににに……』

 ベルベットが悔しそうにしている。茜にとってはただ輪獄を投げるか投げないか程度の違いでしかなかった。ただ単に遠くの敵を倒すのに投げた方が楽だったということでしかない。つまり楽をしなければ問題なく殲滅させられるわけだ。

「ストップ! ストーップ! 茜、こっちへ」

「うん? なあに?」

 戻ってきた茜は屈託のない笑みを烈斗へ向ける。そんな顔をされたら流石の烈斗も言いたいことを言えずにいる。


「ん……おつかれさん。少し休まない?」

「え? 全然平気だよ。楽しいし!」

 楽しんでいるのなら仕方がない。

 というわけにはいかないだろう、やはり。

「ちょっと話でもしないかなって」

「えっ、でも敵が……」

「彼らに任せておけばいいよ。それより高校での部活はどう?」

「あー、いちお中学では全国行ったんだけど、一年だからって下積みからなんだよね。それが不満ー。お兄ちゃんの学校にバトントワリング部があればよかったのに」


 茜は次々と話を進めていく。その間にもモンスターはわらわらとやって来る。

「くっそ、こいつら強いぞ!」

「あんな簡単そうだったのに!」

「ほらほらおめーらが望んだんだからがんばれよー」

 茜があれだけ簡単に倒していたのだから、ひとり一体くらいいけるだろうと考えていたようだ。


 低いとはいえレベルに大差はない。茜の身体能力は驚異的だが、ここまで差が出るのはおかしい。その考えが焦りとなっていく。それが攻撃を雑にし、無駄が増えていく。

 その様子を見ていたベルベットが困惑する。だが恋初はその原因がわかった。

『ベルベットちゃん、武器作ってないよね?』

『あっ! 武器のせい!?』

 4人とも持っているのは初期に買ったものだ。鉱石から製造した武器でなくとも、せめて店売りの上級武器であればもっと戦えていたはずだ。

 それがわかっても尚慌てた様子のベルベットに恋初は不審がる。


『どうしたの?』

「えっと、私、3Dできない!」

 一応3Dモデリングができなくともある程度作れる親切設計はある。しかし苦手としているものはなにを用意されていても苦手なのだ。

『しょうがないにゃあ』

「おーう、恋初! オレのもまだだぞー!」

 頑張の盾をすっかり忘れていた恋初はテヘペロった。そういえば構想だけしかしていなかった。


『ごめんごめん、忘れてたわけじゃないよ』

「じゃーなんでテヘペロってんだよ!」

 そんな細かいことを言っているからモテないんだと言わぬように恋初はなんとかごまかし、美由紀に催促する。すると美由紀はぶつくさと文句を言いながらも作り始める。そして作業をしている美由紀のことを恋初はじっと眺めた。

 タブレットのような板にペンを使い、美由紀はニコニコしながら線を引く。


『みゅーちゃんてさ、文句言ってる割には楽しそうに作るよね』

「だって楽しいし」

『じゃあなんで文句言うの?』

「折角の機会だし、言っておかないともったいないし……」

 よく意味がわからない。


 かいつまんで説明すると、頼まれた側の方は立場が上なので、普段言うと怒られるようなことも許してもらえるからだそうだ。

『やっぱみゅーちゃんってほんと面白い人だよね』

「そ、そんなことないよぅ」

 恋初の感想に美由紀は憤慨する。

 誰でも心の中では他人のことを罵っているはずだというのが美由紀の持論である。ただそれを表に出すか出さないかの違いだと。

 美由紀の場合、その表への出し方が面白いと言われているのだが。



「で、できたよぅ。今度こそ、今度こそ私に名前付けさせてね」

『だって。どうする?』

「却下だ。おー、恋初。お前付けろ」

 美由紀の願いを頑張は一瞬すら考えずに却下した。いじめにも受け取られそうだが、今までの流れからしてロクな名前ではない。

「うえぇ、まだ言ってもないのにぃ」

「……参考までに聞いといてやるかー」

「えっと、スミダク」

「恋初ー、シンプルでいーからふつーの付けてくれ」

「うえぇ」


『んー、じゃあヒーターソードでいいかな。顕現コマンド!』

 恋初が出現させたのは、まるで巨大な諸刃の剣の剣先のようなヒーターシールドだ。マンティコア戦で頑張が盾の先で殴ったり突いたりしているのを見て思いついたのだ。

 それを頑張が手に取ると、かなりズシリと重かった。

「お……重てーな」

『うん。その方がいいでしょ』

「まーな」


 頑張は力特化でステータスを上げている。今はまだ重く感じるが、そのうち軽くなるはずだ。そして重ければ相手の攻撃にも耐えやすくなるし、盾を使った攻撃で相手に与えるダメージも上がる。

『さてそれじゃ茜ちゃん、そろそろ仕事だよ』

「えっ、今お兄ちゃんと話してるんだけど」

 嫌そうな返事だ。烈斗と話すことが仕事をしない理由になると本気で思っている少女に恋初は戦慄した。こいつは手強いと。


「茜、行ってやってくれ」

「うー……。じゃあチャチャっと終わらせてくる!」

 そう言って茜は飛び出した。

 戦闘を茜に任すと、恋初は中村たちを呼ぶ。


『ベルベットちゃん、鉱石いくつある?』

『ま、また取るの!?』

 それだけはイヤといった感じにベルベットは言う。どちらにせよ作れないのなら宝の持ち腐れである。

『取らないって。んで、いくつ?』

『うー……9個』

『そっか。じゃあ1こ返すから、これで武器2こ作れるね。まずはリーダーから?』

『えっ!? いいの!?』

『だって武器ないと正直役に立たないから。死なれても困るし』


 そう、死なれるわけにはいかないのだ。

 最初に全滅したチームは仕方ない。ペナルティが開示されていなかったのだから。

 しかし今は違う。下手をしたらイギリスと戦争になってしまう。一般市民、一個人の失敗では済まされないのだ。


 というわけでまずは中村の武器を作る。彼は短剣とバックラーという組み合わせだから短剣を作るつもりだ

『ところでシードライブさんはなにが得意なの?』

「俺はパズトワだよ。全国で2位なんだ」

 パズル&トワイライトという、同色の石を3つ以上並べて消すパズルゲームだ。プレイ人口の多いこのゲームで全国2位はかなり凄い。

『なるほどね。じゃあこんな感じで……』

「うえぇ、また頭おかしそうなものだよぅ」

 美由紀は文句を言いながら作り始めた。


『できたよ』

『えっ! もう!?』

 ベルベットが驚くのも無理はない。なにせまだ2分も経っていないのだから。

『シンプルにダガーを作ったよ。名前は──』

「シナガワクだよぅ!」

『えーっと、シャッフルストーンダガーだよ』

「うえぇ」

 刃渡り35センチほどの、少し大きめのダガーだ。手持ちで戦ってもよし、投げてもよし。手から離れると3秒ほどで鞘に戻る。そして最大の特徴は、鞘にずれて並べられている4色の石だ。この石をスライドさせて3つ同色で並べるとその色の属性を付与することができる。


 それを装備し、中村は早速戦って──みようとしたが、茜の間に割り込む勇気はなかった。

「んで、次は誰の作んだよー。バルキリーかー?」

「私だよっ」

「アコたんかよー。つえーのかー?」

「私がこのチームの要だからね。てかガンバ君ってさ、なんで私を馴れ馴れしく呼ぶわけ? ホレたの?」

「アホぬかせー。女アコライトは総じてアコたんなんだよ。んでー武器はメイスか?」

「見ての通りバッソだよ」

「バッ……まーたごっつい武器持ってんなー」

「一応剣道二段だからね」


 彼女は名前と異なり武闘派なのだ。ちゃんとした武器さえ持てば一線級として戦うことも可能である。

『じゃあ日本刀みたいなのがいいのかな』

「ううん、日本刀って斬るか突くだけだからね。趣味武器だよ。だからバッソのほうがいいかな」

 バスタードソードは長剣だが扱いやすく、片手持ちでも両手持ちでも戦える。

 反りがないため日本刀ほど斬るのに適していないが、その代わり打撃特性がある。


『んじゃアコライトちゃん、ステ振り教えて』

「力と攻撃のバランスかな。やや攻撃寄り」

『なるほどね。じゃあこんな感じで……』

「うえぇ? なんかまともな注文だぁ」

 予想外のまともな注文に美由紀は驚く。そして作っている表情も何故か寂しげだ。きっと文句が言えないからだろう。



『そんなわけで出来たよ。名前は──』

「オウメシだよぅ」

『バスタードブレードだよ』

「うえぇ……」

 受け取ったバスタードブレードをアコライトはブンブンと振り回す。

「うん、重量バランスもいいし、長さも。前のはちょっと長いなって思ってたんだ」

 自分に合った武器が手に入り、嬉しそうだ。しかし急にピタッと止まると顔をしかめ、ライフルを撃つときのように剣を構える。

「これ、わずかだけど刃がカーブしてる?」

『よく気付いたね。さすが』


 刃が途中から先端にかけて、ほんの少しだが緩やかにカーブしている。40センチくらいの長さでわずか5ミリほどの差に気付くとは思いもよらなかった。

 山本アコライト。500年前に生まれ、且つ男であれば剣豪と呼ばれるのに値する才を持つ少女であった。


「じゃあちょっと試し斬りしてみようかな」

『辻斬りみたいだね。じゃあ烈斗君、茜ちゃん呼んで』

 こうして親に酷い名を付けられた面々の試斬りが始まった。


「うわっ、この剣、使いやすい!」

「こっちもだ! 短いようで丁度いい!」

 アコライトと中村はどんどん敵を倒していく。それを羨ましそうに見る鈴木と佐藤。そして渋い顔で様子を見ているベルベット。

『ベルちゃんどうしたの?』

『うえっ? う、ううん。なんでもないよ』

 恋初はふーんと受け流す。あとは向こうのチームの問題だ。

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